冬が恋しくて真夏にシチューを作る

@akaimachi

冬が恋しくて真夏にシチューを作る

「……なんで?」

背中から声が飛んできた。振り返らなくても分かる。呆れてる顔だ。


鍋の中ではぐつぐつと泡が立っていて、真夏の台所はすでにサウナ状態だ。

私の額から流れる汗が、シチューの湯気と同じ温度で混ざりそうになる。


「冬が恋しくなったから」

自分で言って、我ながら意味が分からない。

でも、それが一番近い。


「真夏にシチューはないでしょ」

彼がわざと大きなため息をつく。

私は木べらで鍋をかき混ぜながら答える。

「冬が食べたいんだよ」

「食べるもんじゃないし」

「でも、シチューなら食べられる」


彼が黙る。

多分また呆れてる。でも、それ以上に少しだけ笑ってる気がする。


やがて二人でスプーンを手に取った。

口に入れた瞬間、確かに冬が舌の上に広がる。

雪がしんしんと降る音が、蝉の声をかき消すみたいに。


「……ほんとだ。冬だ」

彼がぽつりと言った。

「でしょ?」


ふたりで食べるシチューは、真夏にあってもちゃんと冬の味がした。

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