3刻
初めて見る場所だった。
はるか遠くの漆黒を倒れて見上げている。
ただ10の命を奪った程度で勝った気でいたか?
否だ。ただ人の身であればそれが限界であった。
誰かが嗤った。
甘い考えを捨てろ。
俺を使えと。
「・・・」
「起きたか?」
彼女の声でない者が挨拶をくれた。こいつは寝ないのだろう。
「あぁ。」
日が昇る前の時刻、目を覚ました男に眼が聞いた。
「どうかしたか。」
「夢を見た。」
「その身分で怖い夢でも見たか。」
まるでうなされていたかのような口聞きである。
「そうかもな。同じような夢だ。」
「また、正夢か。お前、魔法使いだよな?あの女みたくハーフだったてことは。」
「悪魔とのか?それはない。もっとも俺は父親をあまり知らないが、」
「他に当てがある。」
顔が変わる。憎しみのある鋭い目が遠くを見る。
「ふ、私情か。」
「・・・レヴァレル・・・?」
「あぁ、おはよう。」
起こしたか?と聞くと別にと帰ってくる。
「・・・・・・うん、おはよう。良く寝れたから。」
少女は男の腕に抱き着く。
眼を閉ざしても感じ取れる温もりと匂いを感じ取る。
「レルー、ご飯・・・」
部屋を開ける音がする。
「このドロボウ猫!」
それなりに広い部屋に響く大きな声。
「・・・」
そしてその声量に負けずとぎゅっと腕をつかみなおす彼女。
「そしたらお前は野良猫だろ!」
「ひどーい!」
「さブラン。行くぞ。」
茶番は適当に終わらせて部屋から出ようとする。
ベッドから降りようとするが少女がそのままくっついており引っ張りながら立ち上げさせるとくっついたまま歩き始める。
ご飯を食べ終わり最後の支度をする。
「よ、レル。」
勝手に先輩が上がっていた。ガリスが横に居るから開けて入れてくれたのだと思うが。
「先輩、来たか。」
「そいつが言ってた子か。」
男がブランを呼ぶと2歩くらい歩いて男の横に来る。
「ブランだ。」
「・・・こんにちは。」
互いに頭を下ろす程度のあいさつをする。
「さて、あたいが見たところ朝はあいつら動いてなかったからちゃっちゃと向こうに行って襲う!」
「その前にどうやって行くんだ?」
全探索で見つけたとして魔法がない世界にどうやってマナを使った移動をすればいいのか。
「そこはまぁ、魔法が使えなければあたいが先に行ってマナを置いたりして何とかするから。」
「ごり押しかよ。」
「しょうがないでしょ。」
「こいつには弱点あるか試したのか?」
同じ影である彼女を指す。傭兵として呼ばれている身であれば不死身であれど敵の弱点の一つくらい知りたいが。
「シーファが調べれない以上やる気にはならん。」
「それもそうか。」
いくら死なないとはいえ動く身(特に女の子)に実験行為をしない男なのは確かだ。
「最初は話し合いだからな。」
「その間に来たらどうする?」
「のしとけ。決裂するまでは不殺だ。」
「死なないんじゃないのか・・・変わらず一方的なのにな。」
「いつも言うが向こうも一方的だからだ。だが形は取れってことだ。」
つまり捕縛しておけという話である。
「よく言うぜ。相手がヤバってのは分かってるだろうに。報酬は?」
「桁くらい増やしてやる。」
「本気か。」
死に慣れているが桁が増えるとくればそのレベルよりも高い。長期戦も否定していればなおさらだ。
「そりゃ勿論。そうだブラン、向こうについたら俺から離れるなよ。」
「・・・わかった。」
「あぁ、でも俺にまとわりつくなよ危ないから。だから横に居てくれ。」
「・・・むぅ。」
くっつく気満々だったのか。
「それじゃ行くとするか。」
「はいはい。テレポートは使わないわよ。」
連続でテレポートの魔法を使うのは良くない。ましてやブランの構成が分かっていない以上複数回は危険である。
「ガリスー、近くまで車頼めるか?」
「勿論です。」
アンドロイドに運転手を頼み車の手配をさせる。
少ししてガリスが小さな車を止めて戻ってくる。そのまま全員で玄関先にある車に向かった。
ぎゅむ
「狭いな。」
4人用の小さな車に5人が乗る。子供ならともかく成人の体格が5人である。
「小型の車を選んだのはレヴァレル様ですよ。」
走らせますからね。とそのままエンジンを入れる。
「街の道は狭いんだよ。あとデカくすると注目を浴びる。路地に入るのに。」
何かあった時路駐させると街は狭すぎる。そういって説明するが後部座席の真ん中に女二人に挟まれている絵はわざとそうしたとしか思えない。
「我慢するのはあなたよレル。」
「両手に花だな。」
「なんで先輩が助手席なんだよ!いいから行け!」
それが嫌だと言って前の席にさりげなく座ってるのが先輩である。
「かしこまりました。」
「いえーい!」
そこから走ること数十分、街の中に入り前回通った路地裏前に車が止まる。
「着きました。」
運転手が周囲の安全確認をするとそのまま扉が開く。
「おう、しばらく帰らないから戻っていいぞ。」
「はい。行ってらっしゃいませ。」
シーファが下りた後そのままブランに手を添えて車から降ろす。
「さて、奥に行くか。」
最初に少女に会った場所へ。ここは日が昇っていても光の届かない場所。ゴミの数は減っており人の活動開始時間を居なくとも感じる。
先人に少量の硬貨を渡してどかしながら奥へ進む。
人は居たが道中に影が出ることはなく安全に進んで行く。
「ここね。」
反射による僅かな明りに照らされたゴミ箱に見覚えがある。まるで祭壇のように置かれているこそに、
「ブラン、ちょっとそこの上で横たわって貰えるかしら。」
「・・・、ん。」
恐る恐る祭壇の上に上がると横たわる。それに対してシーファがポーズを指定させる。
「さーて、どこの世界と繋がっていたのかしら。」
シーファがその付近で座禅を組むと目を閉じて感覚を尖らせる。
「どれくらい時間が掛かるかだな。」
「さぁ、ただほぼ2日前の話だしな。見つけるのに時間が掛かるのは確かだ。」
探索開始から3分。あたりの警戒をしながら見守っているとシーファが反応を示す。
「あったわ。」
その声に反応して男が少女に近づく。
「意外と早かったな。どこだ?」
集中したままシーファは口を再度開く。
「ここよ。」
地面を指さす。
「どこだ。」
「ここ。」
それを上下に動かして強調する。
こことはここだろう。
「なんだ、じゃあ相手はこの付近に居るっつうわけか?」
どう見ても居ない。それとも地下に基地があるとでもいうのか。
「表面上はそうかもね。」
「は?」
「見た目上は重なってるように見える。だけど同じ場所に世界があったとしたらどうする?」
「んな不思議なことがあるのかよ。」
平行世界があることは身をもって知っているがあれは同じ場所にある訳ではない。
「絶対値で考えれば可能でしょ。あなただって研究したじゃない。」
「-属性・・・か。」
「そう、あなたが見つけた魔法の属性。いや物質の状態。あたい達の世界全てが+と例えてその逆に放出される力が-ってあなたが定義した仮想物質。」
「仮想って言うなよ。魔法として発動されないだけで存在してるし何よりシスタとガリスの動力として使ってるだろ。」
シスタには+の物質を、ガリスには-の物質を。ゼロから分割することで生み出したエネルギーをその2人に分配している。現状-の事象を唯一確認できるものだ。
「どうやって飛ぶんだよ。」
「座標はわかったわ。だからあとは-の位置にあたい達を移せる動力源になりうる存在が、」
ブランを見る。
「あたいが触っても解明できないからさ、ガリス呼んでくれる?」
そのままレルの方を見る。
「わかった。」
携帯電話を取り出し帰ったばかりのガリスを再度呼び出す。
十数分後ガリスが合流する。
「お待たせしました。」
「悪いがお前の動力を利用してテレポートを行いたい。」
「承知しました。どちらまで?」
外出用の身体を隠すためのシャツを脱ぎ始める。
「仮として裏世界としとくか。そんな感じの場所に行く。そのために動力部外していいか?」
「はい。ただ業務に支障があるので連絡だけ先にさせていただきます。」
びびっと頭のアンテナで通信を行い始める。他の手伝い用ロボット(とシスタ)に連絡を入れる。
「完了しました。それでは何なりとお使いください。」
そう言うとガリスは胸元をガパリと開け動力部を露出させる。
男が動力部に魔法を使うとロックが外れ箱型の動力機を取り出す。
それを持ってシーファに渡す。
「よしよし、あたいの付近に近づいてもらえるかしら。」
全員がシーファと横たわっているブランの元に近づく。
「ブランも、もう立っていいわよ。」
頷いてレルの横に戻ってくる。
「やることは簡単、普通にテレポートでここに飛ぶ。その魔法で使用するマナの結び先をガリスの動力元にすると、」「多分飛べる。」
男がため息を放つ。ここまで断定できない少女は珍しい。彼女にとって常識外というのがどれだけ弱点になるかがよくわかる。
「多分かよ。」
「だってやったことないもの!理論上は。よ!おおっとってなっても許してね!」
「ってと俺の理論は間違ってなかったか。やっぱ不発してるように見えて別世界に影響していたとか。それなら納得できるかもしれん。」
流石にブランをこちらに呼び込んだ訳ではないが何かは起こしていたのだろう。
今そんなこと考えている暇か?と先輩が注意を示す。
「もうちょっと待ってね。人数多いから。」
正確なテレポートを行うほどその後の行動に支障をきたすことが減る。今回は周りに敵が見えないことも有り安全に行える。
「帰りは大丈夫か?シスタ連れて来たりとか。」
行きにガリスが要るのであれば帰りはその逆が必要に・・・
「向こうがやってることだしその魔法を盗ってくれば大丈夫よ。」
それもそうかもしれない。
「よしじゃあ行くか。」
「いざ本丸へ。」
展開。
降り立つとそこは外だった。明かりもあり空気も同じ。少し遠くにある壁は四方に広がっておりレンガに囲まれていることからここが城の中庭だろうことが分かる。
「う、浮いてる・・・」
「・・・いや、身体と魂が別けられた者だ。」
少し変な点と言えば、最初に彼女と出会ったのと同じような彼女達が高さにして5mはある山のように積みあがっている。その頂点に少女たちは立っていた。
「ひぃ。」
周りの情報を読み取ったシーファが小さく悲鳴を上げる。
「あぁぁ・・・」
男の横に居る彼女も眼下の光景に正気を失う。
取り乱している者よりも早く男と先輩は周囲の警戒を行う。
眼下の山以外、周囲に人影・・・影の姿はない。
「こ、これみんなブランみたいになってるってこと・・・?」
「多分な。踏むのも申し訳ない。とっとと降りるぞ。」
正気を削っている少女を抱えて空気の床を詠唱するとそれを階段にしてゆっくりと降りる。
「やぅ、な!えぅ」
言語にもならない声を上げながらその場から離れようと腕の中でもがく。
「落ち着け。」
シーファに目配せをする。
「はいはい。自分で付けさせて。座標が読み取れないから。」
召喚した手枷と口輪を渡される。
「ごめんな。」
ぎゅっと身体を抑え込むと手を輪にはめ込み口も拘束する。
空気の階段を降り切ると同時にシーファは三点着地のフォームを取る。
高台から着地したためではなく地面伝いに索敵するため接地面を増やしているのだろう。
「おっけ。ここは城の裏庭。玉座があるのはこっち。」
彼女が大扉を指さす。
「じゃあ透明化魔法を使うぞ。」
男がポケットから細いピアノ線のような紐を各人の指に繋げていく。透明化の魔法で互いの姿が見えなく声も出さない方がいい状態であれば距離と意思の疎通手段として優れたものだ。
「衛兵は歩いてる。あたいが先導するわ。」
「たのんだ。ブラン、ここは後だ。すぐに戻る。」
抱かれたままの気が立っている彼女に言い聞かせる。
扉を人が入れる程度に開け一気に入る。巡回する黒い影を横目に壁際に一人二人と移動する。シーファの引っ張る紐の動きを頼りに付いていき城の中央であろう位置から吹き抜けの広い階段を駆け上がりそのまま3階に。そしてそのまま玉座があるであろう扉の左右にいる門番を無視して扉を蹴り開ける。
「よお王様!話があるぜ!」
糸を千切り魔法を解除する。
抱えたままの彼女を床に下ろす。そして部屋の向こう、権威を示す段差の先を睨みつけると同じくこちらを睨む者が歯を見せるように不適に笑う。
刹那男の近くに居た少女が足を踏み出し、先輩は鞄から薬品を取り出す。
背後には薬瓶をカーペットに叩き割った音が響き、水晶壁が現れ、正面を切った少女は同じく足を踏んだ影の黒い刃に銀の剣を噛ませる。
高い位置から見上げる王がその口を開いた。
「ようこそ。」「そして死ね。」
展開。刹那その首に空気の斬撃が加わった。
レルの魔法を通すために男の正面に低姿勢で構えた少女が互いに咬ませた剣を雑な位置へ弾き、空間に召喚した剣をそのまま首元に押し刺す。
「話があると言っただろ。」
男が声のトーンを下げて静止を提案させる。
それに対しわざとらしく相手は声を上げる。
「コソ泥かと思ってなぁ。話を聞くまでもないと思ったがやるじゃないかレル。」
その声は妖々としていて、王が女であると分かるに十分な情報だった。
座っている姿より背の高い王笏。右目を隠した黒髪、全身に夜を象ったようなドレスと同色のマント。全身を権威で包んだかのような佇まいがそこに居た。
「俺の名はこっちも届いてるのか。ありがたいな。」
女王はこの部屋に居る兵にその場から捌けるように手首を動かす。
先輩が耳打ちしてくる。
「効いてねぇな。」
「挨拶代わりだ。殺そうなんて思ってねぇよ。」
女王の種族は不明だったが首元に斬撃魔法を撃って分かった。
影であれば斬れた後身体が戻る動作があったが奴は喰らっているかも怪しい。
つまり影の種族ではない・・・?
「そもそも隠密魔法が効いてたかすら怪しい。」
突入してからの反応を考えるにここに降り立ったことから知っていて最初から構えていたのだろう。
「聞こえておるぞ。無論だ。」
男は舌打ちをする。
「本気か。魔法をぶつけて効かないならともかく視覚をごまかすのも無理なのか。」
手に添えている王笏を床に小突く。
「貴様が来たということは何か用事があるということだろう。申せ。」
「こっちの世界に彼女が来た。」
そういってブランの方に手のひらを向ける。
「我の用を言おうか。」
「クロノを返してもらおうか。」
「・・・クロノ?」
「クロノ・・・彼女の名か。」
「そうだ。この前災が起きてな。その時にそちらに流れてしまったらしく、捜索していたのだ。」
覚えているか?と男の横に居る彼女に聞いてみるが首を横に振られる。
「物騒な兵を出してか。」
わざわざ全身武装した兵が出てくる時点でおかしなことだ。
「私兵だ。クロノに害成す者から守るためにな。」
まるで男みたいなやつがいるとでも言いたいそうな。それほど大切なのか。
「なぜ彼女を探す。」
「手元になければ戻す他あるまい。」
答えをはぐらかしている。どうでもいい理由があるのであろう。
「他の娘も同じか。」
庭に居た彼女たちを思い出す。しっかりと見ていないが男女合わせて様々な姿の者が居たはずだ。
「あぁ。残念なことに管理に十分な部屋が無くてな。」
ため息を放つ。
「そうか。・・・一つ忘れていた。お前の名前は何という。」
「ほぉ。レルが我の名前を聞くか。そうだな、人間の世界でわかりやすく言うなら”原初の人間”が一人、フィグと名乗ろうか。」
「フィグ・・・!」
「思い出したか?」
「実在するとはね。」
目の前に居る筈がない名前に緊張が走る。
原初の人間、神話に存在する神と精霊が作った初めての人間。あくまで空想上の話である。その話によれば精霊と神が戦争を起こした時に駒として用意した兵器、それを殺すために生み出した魔法で3分割した存在こそがアダム、イブ、そしてフィグを指している。
「多分本物。」
シーファが近くに居る2人に聞こえるよう呟く。彼女がその意味を偽る必要がないと指している。
ならば自分はとんでもないものと対峙しているか?
いや、この程度で怯んで何になる。むしろ神を殺す前座に丁度いい。
「悪いがこんな扱いをして管理などのたまう奴に渡す気はない。」
「天使の力を使ってまで動かす者の台詞か?」
「何のことか知らんが使えるものは使わないと届かねぇんでな。」
「「やはり殺るか。」」
レル達の足元に現れる大きな魔法陣。
そして詠唱の宣言すらされない秘匿レルからの魔法。
先ほどの答弁は時間稼ぎではない。殺ると決めた時点で放った魔法。
フィグの腹から下にかけて巨大な岩石を召喚する。避けてはいない。
「言ったであろう。”原初の人間”であると。それとも貴様は我のことを忘れたか?地上にも我のことが書かれた本はあるだろうに。」
あいつの体内のマナも利用できた筈である。ならば召喚魔法による原子組み換えで身体は石に変えられることが出来ている。
死なないのはなぜか。もう一度女王が誰か説明しなければならない。
精霊と神の兵器を分けた存在、それがアダムとイブ、そしてフィグである。
ここで指す兵器とは道具や戦車ではなく兵として数を集めるため精霊と神と同等の存在として作られたものである。
その無尽蔵かつ無限の力をどうにか無力化するために+と-の力で彼女らは分割された。アダムには+の力、そイブには-の力で。一つの存在の力をかき消すために複数の存在を作り出したとされている。
レルのシスタとガリスはその事象を元に研究のために作られた存在だ。だから女王が言うことを知らないわけではない。
しかしそこで完結するわけではなくもう一人存在している。なぜならアダムとイブはそれだけでは死なないからだ。彼らからしたら死こそが非常識だった。だからこそ死という存在を付与する必要があった。
アダムとイブに与えた死という概念の反転事象。それがフィグの正体である。不死ではない。死の反転事象だからこそ目の前の彼女は不死なのだ。
それを知っているのであれば殺す術を見つけるまでである。
故に女王の体は前へ歩み出るや否や石が幻影であったかのように現れたのだ。
女王は手に持った杖を鳴らす。それを合図に地面から染み出した影が人の形となり入口にいる男達に襲い掛かる。部屋中に隠れていた影は優に10を超えていた。
「てめぇらも同じだ!」
再度、向かってくる内の一方向に岩を召喚する。
次の瞬間シーファから援護の剣が男の目前に召喚される。
即座にそれを取り、構えるや否や正面の影の攻撃を受け止め腹に蹴りを加える。
斜めから飛び込む敵に対処は出来ない。芯にあたらない様身体を逸らすがローブに刃が入るのが分かる。
詠唱を加え相手の顎に空気の拳を打ち上げる。
「シーファ!」
「死なないわよ!こいつら!」
知っている。
少女は両手に一刀ずつ剣を持ち、1対5の状態でもいなし、切り払い、眼外の敵に牽制の剣を召喚し飛ばしている。現状優勢のように見えるが死なないとすれば魔力切れの問題がある。
後ろの先輩も魔法の発声が聞こえない。どうせ死んではないが近接に持ち込まれていると考えるのが正解か。
「毒効いてるか?」
「あ゛ぁ゛?」
打てる手が極端に減っているのだろう。毒が効かない以上足止め程度の魔法しかない先輩では壁すらすり抜けられる影には分が悪い。
一瞬の隙を見て弓を召喚する。そのまま上下の弦を分割させ2対の曲刀に変える。
目配せをするとそれを見たかシーファも獲物を双剣に変える。思ったより余裕そうだ。
「ほぉ、どこまで戦えるか見ものだな。」
「余裕そうね。」
「!?」
次の瞬間シーファの位置は瞬間移動をしたかのように低姿勢で詰めて女王の目前まで駆けだしていた。
女王に防御の必要はないがテイとしての動きは必要。しかしその反応より早くシーファは一撃をのど元に差し込む。
「あら、死にはしないけどちゃんと効くのね。」
相手の動きに合わせ剣を抜かせない様身体を動かす。
それを見てか影の何人かが向かうが詠唱の声で発動した風に飛ばされる。
「何なら効くんだ。」
「不意打ち。」
丁度今のように。ダメージを与えられはしないが吹き飛ばし足りなどの妨害なら効く。
男二人が互いに背を向け、彼女を挟むように守る形になる。
「効かねぇって意味じゃねぇか!」
そうともいう。
「先輩はサポートを頼む。シーファの援護は俺がする。」
「了解。いや待てよ。」
「どした先輩。」
相手の刺突を回避するとそのまま腕をつかみ、流れで幾多に重なった布の隙間から縄を引っ張り取り出すとそのまま腕に巻き取り引っ張り上げる。
見事に影が転ぶ。
切ったりしなければいいのか?
そういうことならと男も魔法を詠唱し、光輪を空間に出すとそれで振り上げられている腕に収束させつなぎ合わせる。腕を振り下ろす力が両手に分散されそのまま大幹を崩したところに同じく足も輪で縛る。
「シーファ!」
対処に光明が見え少し離れたところを見るとすでに2,3人が背面で手足を纏めて縛り上げられている状態、かつ女王と対峙したままになっている。
「はえーよ。」
「なぜ亀甲縛り・・・」
カツンと杖の音が発つ。
「まずっ!」
シーファが声を上げると武器を持つ手を離し即座に相手を地に伏せるため腕をつかもうと空を切る。
魔法の反応はない。一度この杖から招集のために魔法を操る音を鳴らされていた。
この反応を読まれている。見れば分かるが杖自体に魔法を詠唱する効果はない筈。だからこそ少女がどの動作で魔法を乗せているのか判らないのだ。
組み手と飛翔物の応酬を取ったが。それに対し攻撃せず後ろに引く女王。
そして再度杖を鳴らす。
「しまッ!」
魔法の効果が掛かった音、1回目と違う。再招集だ。
辺りの影が崩れ、そして今生成されている影の横に新しく影が戻る。
一回の音でそれほど高度な魔法を使うことが出来るなど理外である。
最悪だ。増えるだけであれば拘束するだけでよいが融解、再構築されてしまえばその手が無力になる。
しかし少女がこいつの魔法を止めさせていればいいのだからここから引く選択肢はない。
「あんたが捕まれば早いのにね。」
勿論拘束魔法の類やチェーンを使った攻撃も試みている。当たるには当たるが当然の如く魔法で当て返される。そこまで余裕であれば舐められているとしか考えられない。
「血の気が多いと困るものだ。」
掴みかかる手を躱され身体を回転させながら次の一手には刃物を構え、槍、銃、背後にかける斬撃、地面の融解、天井の生成、右手方向への瞬間移動からの掴み。
それを見て手を下げ、回避、左に逸れて杖を咬ます、その場に踏みとどまり、低空の浮遊、再度手の動きだけで躱す。
「防戦じゃつまんないじゃない。」
「それに躱されては届かぬ言葉よ。」
突如女王は地面に叩きつけられる。
体制を崩した瞬間に合わせ蹴りを入れ杖をひっかけ落とす。
「油断して足を掬われる方がダサいんじゃない?」
レルの仕業か。
奴はその片手間ながら再召喚された影を端から魔法で縛り上げている。
もう一人の仲間に声をかけるとそのままこちらに数歩近づいて喋りかける。
「なぁフィグ。ブランとこいつらのことを教えてくれねぇか。」
「ふ、よかろう。」
地面に伏せた状態でシーファに剣を突きつけられている。斬られても問題ないがそのままの状態で答える。
「原初の人間は知っておるだろ。我らはあくまで失敗作。貴様ら人間・・・」
ちらりと少女の方に眼を向ける。
「天使には関係ないが、貴様ら人間は別の分割方法で生まれている。」
「それがクロノや彼らだ。」
「種族名は無いのか?」
「消した。人間に伝えられると厄介なのだ。もう一度兵器になってはな。」
「俺らが認識した以上、この場では影って名称にしてくれ。」
「ふん。我らは1つの兵器に対して3人に分割したが貴様らは万を超える兵器を一気に分割したのだ。」
「人類と影その両方を精霊や神に勝てぬよう、影に人類に対する縛りを打ち込んだのだ。」
「縛り・・・?」
「クロノで言うのであれば彼女は人類を時間に縛るための楔だ。」
刻拍刀と命名していたのはあながち間違えではなかったのだろう。
当の名付け親もそこまでとは思っていなかった顔をしている。
「貴様らは時間と言うものが一定間隔で一方的に流れていくものと思っているだろう。」
「風属性の魔法以外ではな。」
「あれは精霊も使うものだ。無論人間が使うものには限界があるがな。」
「貴様らから見れば奴らは常に瞬間移動しているようなものだ。」
「中庭に居た彼女たちもそうか。」
「あぁ、それだけではない。城の大部分で奴らを管理している。」
「なぜこんなことをした!」
声を張り上げる男の袖にブランがぐっと手で掴む。
「・・・」
女王は答えない。
「言え。貴様を殺す。」
「・・・たとえ貴様が人間になろうと教えることは出来ない。」
「そうか。」
少女を首で使う。
「その剣、刺したところで我は死なぬぞ。」
「何言ってんだフィグ?」
「お前を殺す術があるんだぜ。」
シーファが後方に跳躍してレルの元に来る。
「先輩、30秒こいつら全員相手出来る?」
「んな無茶な。」
そう言いながらもしっかり構える。
「やはりペテンかクソ野郎。」
ゆっくりと立ち上がりドレスの前面を手で掃う。そのまま杖による号令を行おうとしたときその腕が切り落とされる。
「・・・させない。」
忘れ去られているようだが彼女だって剣を持っている。その腕を振り下ろし腕を切り落とす程度なら出来るのだ。勿論その程度ならそう見えるだけで実際は振り切った傍から腕は繋がっているが。
「クロノ・・・レル貴様、後悔するなよ。」
「おっかないなー。」
「あたいの手に重ねて。教えてる暇無いから。」
「よし。じゃあやるぞ。」
「「起動。」」
シーファに重ねた左人差し指が精密機械のように高速に揺れ動く。
「「具現。」」
「ッ!貴様らその魔法は!」
「えぇ、教えてくれてありがと。」
止めに掛かりたいが素人の剣戟が襲い掛かる。そんなものであれば無視してもよいが襲い掛かる殺意となにより横槍で足止めをしてくる魔法使いが居る。
20は居る兵をたった一人に止められるなどあるものか。
しかしそれを容易く行っている者が居る。
魔法の詠唱とポーションによる代理詠唱や化学反応による暴風、凍結、水晶壁による妨害。いつ設置されていたか不明な罠に影達が翻弄されている。
「お、この形ならこれはどうだ?」
「へぇ。あと10秒!8時方向に10m、2m内に出来るだけぶち込める?」
「集中!」
「急に言うんじゃねぇ!数人と本体だけだぞ!」
「十分だ!」
地点を確認すると即座に詠唱している魔法を中断、新しく辺り一面を巻き込む暴風とベクトルを引き起こす魔法を発動させる。
「ちぃ!」
たった30秒、3人と1人に足止めされるとは、奴は井の中の蛙だったか。
「展開!!!」
大気のマナが一気に収束され視界が歪む。
死の反転事象を殺す策。それはブランを閉じ込めた魂と肉体を分離して隔離する魔法である。
誰がこの魔法を使えたのか。それは紛れもなく女王本人だ。
シーファがその記憶を盗んで使えばいい。ただそれだけのことだ。
「急に、マナを使い過ぎたか・・・」
「あ~!レル~!まだ残ってる~!」
魔法の効果範囲内に居た影はレルと同時に倒れる。
「すまん、入れれなかった。」
「あいつが無理やり残ったのよ。」
飛ばされて魔法の範囲内に収まる前、中に居た影を踏んづけていた。
女王は振り向き臣下に詫びを呟く。
再び表に向き直すと女王は杖を鳴らす。
「唯一兵器を、いや、神すら殺せる封印魔法。確かにそれなら我を殺せる。だが精霊が使う魔法だ。魔法使いごときの体内マナで間に合うわけがなかったな。」
その通りだ。速度のために魔力石の使用を減らしていたため魔法を発動するために体内のマナを大量に消費している。彼だけでは足りず少女のマナも多量に消費してこの状態である。
「しかし一人しか殺せなかったその魔法を範囲魔法に仕立てるとは。やはり奴であることに間違えは無い。」
「言っておくけどあなたが言っている精霊と彼は関係ないわ。この魔法はあなたが使用した記憶をあたいが今盗って教えただけだもの。」
「なれば称賛に値する。」
鳴らした杖は新たな影を呼んだ。
「一国の主がこの程度の兵しか保有していないと思ったか?」
「どーしようかしら。マナ切れだから暫くレルは戦えないわよ?」
「俺だってほとんどねぇよ。」
「あたいも。」
「・・・」
ブランが男の元に歩いてくる。一時的なものだから大丈夫よと聞かせるがとても心配そうにしている。
その間にも影が周りを囲んでいる。シーファ曰く先ほどの倍、この周りを囲んでいるそうだ。
「ズラかれ、ないわな。」
それぞれ得意な獲物を構えた。
「よおレル。」
ここは夢の中だ。今の俺はマナを使い過ぎたから気絶している筈だ。
「聞いてんのか?」
「今回は映像じゃないな。」
「その通り。」
夢を通して話しかけてくる者が居る。
「趣味の悪い。何様のつもりだ精霊ごときが。」
人類を作った上位存在。男はこいつを知っている。予知夢を送り込んできた張本人だ。
「お前らもあいつも編み出したのは俺なんだがなぁ。フィグごときに苦戦しやがって。精霊も神よりも上に行くんじゃねぇのか?」
「てめぇが仕組んだんだろ。」
「そろそろ俺の力を使わないか?」
断る。即答だ。
「今マナ切れで倒れてて戦力外。そんなお前が戻ったところでね。」
「俺がてめぇらを嫌いなだけだ。」
「そもそも何のために夢を見させたと思ってんだ。」
「てめぇの思惑なんか知ったことか。」
「来ておきながら何を言う。」
「今てめぇと喋れてることが収穫だ。」
対象がどう出てくるか見たかった。クソジジイの二の舞はお断りだからだ。
「あいつに用があるからやったんだぞ。とっとと身体を貸せって。」
「断る。」
「そうかい。親子変わらず愚かなものだ。」
「まだやれるぜ・・・」
視界が少し戻ると先ほどの場所とは打って変わって城の外へ出ている。
「レル!っても今度は先輩が使い物にならないからね!」
中庭と違って城が少し遠く見えることから脱出したのだろう。
マナの回復を優先して多少新鮮なマナのある方に移ったのか。
「頭いってぇ。」
視界がぐわんぐわんと揺れている。
「ただ逃げてただけよ!?」
今、少女に担がれて揺れているだけだった。マナ切れと合わせて余計気持ちが悪い。
「あぁそう。」
軍勢は100を超え、囲まれながらもそれを無理やり突破して走り回っている。
あの魔法で巻き込んだもののその比にならない兵数を出してきたわけだ。
それに肝心の女王も残っていやがる。
「流石に死に戻りするしかないかしら。」
「断る。ブランを連れて帰る。」
この状況でも表の世界に逃げていないのはたとえ戻ったところでこいつらが捜索してくるからだ。ブランを連れて帰るには相手に諦めさせる必要がある。
ただ現状、打破できる能力は男に見当たっていないのだが。
一先ずまた封印魔法を撃とうにもその時間を稼ぐのも難しい。先輩を見たら鞄を逆さにした。ポーションの無い先輩は正直戦力になるか怪しい。
「もう少し走ってから降ろしてくれ。」
「え~もう限界なのに~」
そう言いながら10秒ほど走り回ってから降ろしてもらう。
その横にブランが寄ってくる。
「さて、どうしたものか。」
「わかってると思うが俺は何もできんぞ。」
自己評価が低いがこの人数差なら実質役に立たない戦力だ。
「・・・レヴァレル、よかった。」
「生きてるぞ。」
間が悪くてあまり構ってやれないが。
「堪忍したか?」
追ってきた女王が喋りかけてくる。
「全く。そこまでされるとむしろ渡したくなくなるな。」
肩に担いでいた弓を分割して構える。
決着が付くのに長くはかからなかった。しかし彼らにとっては1日経っていると思うほど長かった。
2度目の起点が来ることはなくリソースは消え、大群に飲まれた。
先輩が最初に落ちた。防衛と継戦のために陣地を張っていても不死の敵を追い返せなければ当然である。
そこから粘ったもののブランを守りながらは難しくシーファの首が跳んだ。
それとほぼ同じくしてレルとブランが拘束された。
「してみればあっけないものよな。」
「くそが・・・」
「まぁ、もう貴様に喋ることはない。お前ら、クロノに付いている天使を外せ。目を潰せば消える。」
「憎きレルの入った器を殺せるとは何たる幸運。」
膝で立たされている男の前に女王自らが杖を振り上げる。魔法を使用するための左手が切り落とされている以上大した反撃は出来ない。
「さらばだ。」
杖が男の頭を砕き割る。
・・・筈だった。
辺りに影が舞い散る。振り下ろされた腕ではなく本体は彼方へ吹き飛ばされる。
精霊の仕業か、揺らめ戻る影の隙間から彼女が見えた。
「・・・レヴァレルは、・・・殺させない。」
彼女に与えられたのはまさしく無限の時間だった。
人間が一つ数えるその全ての間に彼女は何をすることもできる。形を戻し少しでも抗おうと動いた影はその動きとともに身体が散る。
「縛っているものを・・・自分で扱えるのか・・・?」
男が口を開くのを見てか彼女はそれを一つも漏らさず聞き取る。
「・・・周りが、遅くなるの。」
どうやらそうらしい。安全な内に切断された左腕を縛って圧迫する。魔法が使えないままだが魔法が使えない以上回復のしようがない。
それにせっかくのチャンスに対して封印魔法が使えないのも痛手だ。
「もう少しどうにか出来るか。」
「・・・うん。」
彼女は時間の狭間に消えていった。
失敗した。彼女が目覚めてしまった。ただ起きているだけであれば奴も来なかったがあの力まで戻っては不味い。
認識できない連撃により飛ばされはしたなく小走りで戻ってくるが、彼女の力はどうにも戻っているようでこれを止めるのは骨が折れる。なにより近づくことがまず不可能だ。魔法の詠唱をすれば近づかなくともだろう。
しかし早くあの天使を外さなければならない。ではなくば、
「やぁ。」
「貴様、なぜ生きている。」
首を跳ねられた筈の天使がそこに居た。
裸であることについてはいささか疑問であるが。
「本当はあなたを騙して後ろから拘束しようとしたんだけどね。」
少女は指を混沌を表すかのように伸ばし絡めている。変身能力で首から姿を戻したということか。人の記憶を盗むだけでなくこのような能力まで持っているなんて何者だ。
「あなた、隠してることがあるわよね。」
「それがどうした。」
「レルがあの魔法を使う時、あたいはあなたの記憶を見たの。でもあなたが彼らを封印するには動機足りない。いや、その記憶が落ちている。」
今回の件で多少慣れたが情報が存在していないことが連続で起きているとは。
「よかったら教えてくれないかしら?」
「表の世界に居る貴様らに教えてやる義理はない。」
え~とわざとらしく肩を落とされる。
「とんでもないことしてるのじゃないかしら。レルはああだけどあたいがどうにかすればあなたの親を彼から呼び出せれるけど。」
「・・・貴様、天使の癖に精霊に加担するのか。」
少女は首を横に振る。
「あたいは魔法使いと悪魔のハーフよ。そんなに気にしていないわ。」
「ただ彼の意思もあるからギリギリまで待つわよ。必要な時はあたいを呼んで。」
そういうと目の前から少女が消えている。
今はクロノを止めなくてはならない。
「シーファ、生きてたか。」
「死ぬってわかってたからね。」
レルの元に突如少女が出現する。そのまま少女は男からの指示を得るため肩に触れる。
「あの女王、ブランを捕まえるまで止まる気無いわよ。」
「見りゃわかる。それより回復できるか?」
「さっきまで首だけだったからマナなんてないわよ。」
特に悪魔の血筋を引いているためマナの回復量は遅いのだ。
「とりあえず、フィグの元まで行く。」
「ブランは・・・?」
男の目線は女王の方のみを見ていた。
「・・・そ。」
黒い柱が彼らの後ろから勢いよく生えてきた。
1,2,3,4と無意味な方向から現れて見えないほど上空まで伸びる。
女王が杖を鳴らしている。見たことのない魔法だが隆起魔法だろうか。
「急ぐぞ、何しでかすかわからん。」
男はローブから短剣を一本取りだすと女王の元へ急いでいく。
そのまま杖を握っている手首に向けて差し込むが、無視して魔法の詠唱を継続される。
何本も伸びる黒曜を鬱陶しく思ったかブランがこちらに降り立つと女王を八つ裂きにするがそれすら無反応にひたすらに黒曜を出し続ける。
「それが出来るなら最初からやれってんだ!」
こいつは魔法を殆ど使っていない。見るにこれは杖に仕込んだ魔法ではなく本人が杖を媒介として詠唱させているだけである。ぱっと見で理解するには微妙にずれた魔法から、この裏の世界では別の形態で魔法が組まれているのだろう。
それは置いておいて、こいつが手を抜いたという事実に変わりはない。杖に左手があった切断面をぶつけ、こちらのマナを流してやる。
が、余計なマナを加えても何の変化もない。
「離れていろ。」
それだけだった。
黒い柱の伸び方に気が付く。今既に彼女を囲むように出現している。彼女は時間を自由に扱えても時を戻ることは出来ない。つまりこいつは彼女の行動範囲を徐々に狭めてから封印魔法を使う気だ。
それを阻止するにはシーファから腕を回復させてもらって・・・男が魔法で対策を、
撃つにはマナが溜まらない。いくら止血しているとはいえ魔力を空にした後だ。この後から立て直そうとしたところで魔法が何回も使われている大気から補充できるマナが多いとも考えられない。
つまり詰みである。
黒曜の柱で覆い、クロノが意図に気が付いたころには遅い。
無論女王に向かって解除でもせよと悠久の時間を使い襲い掛かるがその手に意味がないことを悟り壁に剣で穴をあけようとする。
その程度で壊せる壁ではない。隆起魔法ではなくマナ連鎖式生成によって作られた城壁魔法である。
だがそれと同時に女王も一点から既に囲まれていることに気が付いていた。
「「シーファ!」」
時間としてギリギリであった。男と女王の声が同時に響き渡る。
それに対しシーファは女王の言葉を優先した。
半ば無詠唱で召喚魔法を唱える。
それは一般的ではない他人が自分のスペースに収納したものを取り出す召喚魔法だった。
瞬き一つ、何が起きているか理解が出来ない男は刹那自分の頭上に現れた不思議な帽子を被される。
扇状の本体にとんがり帽子のような装飾が前後左右と中央の5方向に伸びた、その帽子は魔法使いの中でも優秀な者として贈られた賢者の帽子であった。
「シーファ!」
罵声を上げるように少女の名前を呼びあげると男の中に居た力が帽子を被ったことにより解放される。
「よぉフィグ、元気そうだなァ。」
姿は変わらないものの明らか口調が変わる。
「レル、我が呼んだとしてもやはり気に食わん。」
辺りの空気が変わったことでブランも手を止める。
「お前が☐☐☐☐を管理すると言いながらこの体たらく。」
「今は貴様の力すら借りたいのだ。」
「お前ごときがこの俺にだ?」
「ちょっとレル!なにあ」
「ミ゜」
シーファが何の前触れもなく頭から倒れる。
直前少女が指をさした方を見ると空間が湾曲し崩壊したその奥からなにかが現れる。
「おや、見ない顔。それになんだこの状態は。」
成人(12歳)前後の女の子がそのまま降りて地面に付かず空中で静止する。白く長い髪、シーファと同じように短い履物、下着は見せ、上着は透けて意味をなしていない・・・痴女が現れる。
フィグが拳を握りながらもまるで礼儀を見せるかのように頭を下げている。
「誰だ。」
フィグが頭を下げるに精霊・・・は無いであろう。このような神も見たことはないが・・・
「私はデウスエクスマキナって呼んで。君の居る世界を管理してるんだよ。」
「俺らが誕生を見つけたこの土地に対して俺ら以外が所有権を主張するだと?」
「レル、こいつは違う。」
「君から見たらそうだよね。でもそこの子は良く知ってるよ。」
男は目で女王を睨みつける。
「彼女はこの宇宙をも操作できる存在だ。」
「創生者って呼んでもいいよ。」ニコニコと笑っている。
その顔の横に原子崩壊の魔法を打ち込む。
「うちの土地でデカい顔されたら困る。今のは威嚇射撃だ。」
気にもせず浮いている。それどころは女の子は何かを見つけるとゆっくりふよふよと移動を始める。
「ね、そこの影の子動いたんだって?貰いに来たんだけどいいかな。おっと。」
今度は本体に打ち込むが反応がない。
「いっけない接触判定消えてる。掴んで持って帰れないじゃん。」
「レル、あいつを止めてくれないか。」
「なぜお前の事を聞かないといけない。」
「あいつはこの世界を滅ぼす。モンスターと同じような存在だ。」
モンスターとは地上に居る全てを食べつくす出所不明のゲル状存在だ。人類でも対処できるから脅威度は低いが放置すれば星すら食べつくしてしまう。
「何故あれを捕まえようとするかは後で聞く。」
封印魔法を仕込み発動させる。が、効かない。モンスターみたいな単細胞生物であろうと捕らえられる対生物の魔法だ。
「よしゲット~。あぁ、君たち邪魔しないでよ。」
フィグが転移魔法で彼女を手元から外す。
よくわからないが現状有力手である魔法が効かないとなればあの影を再封印するまでだ。
しかし再封印したところで男の憑依元が即座に解除するだろう。
ならばと物体化の魔法を詠唱する。
ブランの身体に水晶がまとわり付きそれが大きくなり彼女を囲う。
「・・・レヴァレル・・・どうして」
それは即座に大きな一つのかたまりになる。
対兵器用の初期に考え付いた魔法だ。対象を水晶で完全固定させ生命活動を完全に停止させる魔法。空間に固定させているため動かせず邪魔になるため最終的に封印魔法を使用していたが。
「ちょっと何してるの!背景化したら持って帰れないじゃん!」
何を言っているか知らないがこの対処で問題ないようだ。
女の子が水晶を触るが諦めて手を離す。
「あなた達を殺しちゃいけないのが面倒だよねぇ。まあいいよ。戻したらまた来るからね。」
そういうと女の子は消え去っていた。
「一体何だったんだ。」
男の隣に女王が近づく。
「詳しくは分かってない。ただ我はあいつのせいで彼らの多くを封印した。」
「彼ら、影の力は人類に縛りを与えているけどあいつに攫われたと仮定して。」
もしその先で力を失ったらどうなるか。その場合人類が兵器の力を取り戻すことになる。そうなれば混沌の世界に戻ってしまう。
「我の下に居るのは言い方は悪いが兵器に必要のない縛りだけだ。彼らを残してもあいつが来ないことからおおよその線でわかるだろう。」
しかし意図が不明だ。モンスターは単細胞生物なりの動きで世界を滅ぼすがそんなことして意味があるのか。
「貴様も気を付けるんだな。」
鼻で笑い返す。そのまま周囲にある黒曜を使い魔法で塔を作り、別の封印魔法を仕込む。
「これでこっちの用事が済むまであいつは解けないだろ。」
その頃にはこの身体の男もこの事実に気が付いてくれれば、それはそれで面白い。
「俺を殺さなくていいのかフィグ。」
「今日のところは許してやろう。今回は我の不届きだ。」
「相変わらず面白くない奴だ。じゃあな。」
頭の帽子を外して亜空間に収納すると元のとんがり帽を召喚して被り直す。
そこから一間置いて脱力したかのように首が下がると身体の持ち主が意識を取り戻す。
そこはさっきよりも狭い、黒曜の柱の中で青白い炎が辺りを照らしている。
何が起きたかと辺りを見渡すとシーファが倒れている。少し遠くにはフィグが背を向けて、
そしてこの黒曜に囲まれた空間の中央には水晶の中に囚われた彼女が居た。
「おい、なんだよこれ。」
・・・
「てめぇか!」
背を向けたまま首を振られる。
「・・・精霊か。」
返事はない。
近づいて触れるが材質不明の透明な水晶だ。左手がないままのため調べることが出来ないが普通には壊せそうにない。それに表には魔法で封印がされている。
「レルよ。外に帰還用の魔法陣を用意した。帰るがよい。」
女王に身体を向ける。しかし敵意は感じない。仲間になったとかそういうわけではなく今この場で起きた事の解決は後回しと言う訳だ。
「先ずはお前からだ。」
「いつでも待っていよう。」
一瞥して後ろを通ると倒れたままでいる少女と、影が運んできた先輩を両肩に携える。
彼女を一刻も早く取り返さなければならない。
「絶対に許さなねぇからな。」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
その世界に色はなく
その世界に形はなく
匂いも
音も
感覚すらなかった。
その世界には何もない。
筈だった。
「やぁ、封印されちゃったようだね。」
その世界に唯一形を持ったものが居た。
「急にまた閉じ込められちゃったか。」
「でも大丈夫、君のためにいいもの持ってきたから。」
この世界で有耶無耶な私には返答することが出来なかった。
「それじゃあね。」
そう言って与えられたものは、何もない空間を欲望で満たした。
塔計時 @lelesk
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます