塔計時
@lelesk
1刻
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
その世界に色はなく
その世界に形はなく
匂いも
音も
感覚すらなかった。
その世界には何もない。
そしてその世界に私はいた。
「おいレル、部活中に寝るとはいい度胸だな。」
「あ?いいだろ。俺は手が空いてるんだ。」
地球よりはるか遠く、地球型惑星レイズの月型衛星、その月にある東都市一の魔法学園。
月と言っても惑星と変わらず大気に太陽も機能している人が生活できる衛星である。
科学と魔法が交差するこの世界で月には魔法使いという種族が中心として生活している。月には魔法の源であるマナが作られる妖精の国に繋がる門が存在しているからだ。
そんな魔法学園の離れにある部室棟の最端。いかにもなとんがり帽をかぶった男二人が研究を行っていた。
片方はモノトーン衣装でローブと言った一般的な服装をしており部室の中央にある大きな机に頬を付け座ったままうたた寝をしていた。この男がレル・レヴァレルである。
片や帽子から結われたドレッドヘアーと民族的な布を何枚も重ねているカラフルな衣装を纏ったメビューと言う男。壁際に並んだ実験台でポーションの調合を行っていた。
「てか先輩、シーファは?」
壁に掛かった時計を見つめ自分が半時ほど寝ていたことに気が付く。静かな部室を見まわたすとさっきまでいた右腕の少女がこの部屋に居ないことに気が付いた。
「お前と違って手伝いで西の森に行ってる。」
「いつ行った?」
「お前が寝た後だが。」
こちらを見るまでもなく作業をしながら答えられる。
「そうか、あいつが居ない内に帰るか。」
「用事でもあるのか?」
首だけをこちらに向け聞いてくる。
「捕まると面倒だからな。」
苦笑いをされる。日頃くっついてくる面倒な女が帰ってくる前に立ち去りたいだけだ。そうして席から立ち、忘れ物が無いかだけ確認するとそのまま扉の方へ向かった。
扉のノブを捻ると自分の力とは関係なくノブが回った。
「しまっ」
レルは同年代(魔法使いは寿命は人間の約10倍とされている。現代日本の寿命で換算すると高校1年に相当する)の魔法使いと比べ身長は高い方ではあるのだがそれよりも目の高さが一つ上にある少女が現れる。紫髪ロングの露出が高い、上着も上下服も丈どころかまともに閉めず女性的部分を下着とともに露出した破廉恥な着方をしている、魔法使いのアイデンティティのない女性がシーファ・アストレイティアだ。季節としては肌寒い秋にあたる時期だから普通の人間なら着ないだろう。
「あらレル。今先輩の手伝いで素材取りに行った帰りだけどもしかしてあたいの手伝い?」
「そんな感じだ。」
適当に話を流そうとする。この時点で帰宅は諦めているが。
「シーファに嘘が通じないのはお前が一番知ってるだろ。」
顔も見ないで試験管を揺らしている。
「へぇ~。嘘ついてたのか~。どこが嘘かなぁ~?手伝いじゃなくてあたいと二人っきりになるためとか?」
嘘が通じないというのは彼女自身の種族的能力であり、彼女は魔法使いと悪魔のハーフである。悪魔というは普通人類では持ちえない物理法則を無視できる特殊な能力を持った種族でそれがメビューが言っていた嘘が通じない力と言う訳だ。
彼女の能力を正確に説明するのであれば触れたモノの過去の記録や情報を見ることが出来るという、チートとしか言えない能力を持ち合わせている。
もう一つ説明するとメビューも魔法使いと悪魔のハーフである。こちらは目を合わせた人の動きを任意で奪うことが出来るといった能力を持っている。
悪魔の名称理由は科学や魔法では未だ解明できていない能力を持った、言い換えれば魔法に悪するものという意味である。そのため惑星レイズですら良い印象がない、特に魔法を重要視する魔法使いが住まう月であれば尚更な種族なのだがこの部室メンバーの3人中、悪魔と関係ない純血の魔法使いはレルだけである。
そんな彼女が外から入ってきてドアを引き閉じた後、目の前に居るレルに対して額に手を置いた。
「ふんふん。そうね、あたいが居なくてさみしかったからぎゅっとしてほしかったのか。」
ワザとらしく声を出す。そうして手を横に広げる。
「んなことどこにも思ってな どわ、」
そのままゼロ距離で勢いのある踏み込みのハグをされる。熱い抱擁というか逃げ場を消すかのような抱え込みというか。
「・・・あー、すまんシーファ。頼んだ素材を早くだな。」
呆れた顔で入口の方向に片手だけを伸ばす。
「あ、はい。」
ひょいと薬草と竜の角が刺さった小袋を抱き着いたままメビューに投げ渡す。
「投げるなっていつも言ってる・・・まあいい。お前らも手伝え。薬が出来る瞬間、ワクワクするだろ?」
「いや?」
男は顔を半分向けて否定する。
「媚薬なら。」
この女は何を言っているんだ。
「、いいから手伝え。」
入口先でハグをしていた二人は渋々中央の机に戻る。その時少女はレルに耳打ちした。
「ねぇレル、さっき見た夢はどんな夢だった?」
「・・・後でな。」
そこから二刻ほどポーションを作るメビューと雑用しながら各々の研究分野を進める二人。
「お疲れ。結局は既存の薬と同等だったが。」
あれから二時間。薬の調合が続き、外が暗くなった頃。ようやく終わりを告げる声が上がる。
「素材が違うからアレルギー症状に合わせて変えることは出来そうだな。」
薬の成分を見ながら中央の机に置かれた薬瓶を見つめる三人。
「さ、とっとと片づけて帰りましょ。」
メビューを除いた二人は完成品に一声を上げるや否や立ち上がり調合器具の片付けより帰り支度を優先するため、自分の荷物を魔法で異空間に仕舞い始める。
「おい、まだレポートの制作が出来てねぇぞ。」
それに対しレルは時計を指さす。
「こんなしょうもないことで時間外労働をするか?」
「あー・・・そうだな。」
それは仕方がないなという顔をする。
レルとメビューは互いに金銭による契約によって関係を結んでいる。この世界の悪魔はよく契約を用いる。悪魔が使う契約は単に書類によるものでなく互いが認めることで世界に結び付かれ絶対的な効果を有するようになる。レル側が雇用側として傭兵仕事のように依頼を回すことが多いが、薬関係で手伝いが欲しい時は逆にメビューの方から手を借りに来る。このような場所であろうともしっかりと(サボりも許容した)契約を交わしたうえで行っているのである。
なお、レルとシーファの間でそのような細かい契約はされていない。
帰り支度が済むと男は扉の方に向かう。
それに合わせて少女が後ろにくっつくように出ていこうとする。
「レルー。晩御飯なにー?」
「また家に来る気か。」
その動きに対してメビューは片肘を机に着けながらどっか行けと手をひらひらさせる。
「帰れ帰れ。あと、しばらくこれを纏めていたいから俺は休みでいいか?」
「有事に対応できるよう予定は開けといてくれ。」
「そんときゃ連絡してくれ。暫くこいつの実用準備で家に籠る。」
あいよ。と返事を返すとそのまま二人は部室から出ていった。
「・・・本当に手伝わねぇのかよ!」
声はむなしく部屋に響いた。
帰路にて。
月の街は活発だ。夜になれど暮らしの光だけではなく暮らしを支える光と娯楽の光が道を昼と間違えるほど照らしている。3階ほどの箱型の建物が連立しているメインストリートでは人の賑わいが声をかき消してくれる。
「で、昼に観た夢の内容は?」
そんな道を過ぎ始め音が背に行き始めたころになり適当な雑談から本題に入られた。
「もうわかってるだろ。」
先ほど見た夢だ。何もなかった夢。
それが果たして夢なのか、ただの眠りなのか区別が難しいほどの『無』。
「ただ、それは確かに夢だった。」
「にわかに信じがたいけどねぇ。」
少女も男から記憶を取り出した時にそれが夢だと区分している。故にそれが正だとわかる。
だからこそ『無』を見たことが信じられないのだ。
過去に同じような人が居なかったか少女に確認する。
「何も見ない夢とか、」
「流石のあたいも知らないわよ。むしろ初めてだから聞いてるんだし。」
質問の途中で即座に否定される。
「でもそれって最近の夢と関係があるんでしょ?」
「あぁ・・・しょうもない予知夢だ。」
こっちよ。と歩みを止めて建物と建物の間、街灯の無い裏路地のほうを少女が指さす。
今日は人が少ない。いや、この道は目ぼしいものがないだけだろうか。
彼女に目配せをするとレルは先行して道を踏み鳴らす。
その後ろで付いてくる少女がレルが過去に観た記憶の場所を空間から読み取った形と照らし合わせた場所に向かわせる。
「うぇぇ。生臭くなりそう。」
誰かが近くから散らかしたのか掃除されていないのかゴミのカーペットが広がる路地裏で足場を広げながら進む。こんなところでいちいち魔法で足場を片付けるほど悠長な時間もなく、気を付けようとも音が鳴る場所を何とか歩く。
「シーファどうだ?以前観た夢から合わせると何が起きてもおかしくないが。」
「あそこでしょ?もう少しで付くけど何の変哲もな」
右腕を横に突き出し後ろに付いていたシーファを静止させる。目視出来る直線上の距離。レイズから漏れている日の明かりと生活の明かりも建物で遮られたわずかな明かりから確かな人影があるのが見える。
・・・シーファが見逃した?歩いていれば見えているはずだ。瞬間移動か?
警戒しながら歩いている少女の能力なら自分がいる地面が続く限りの踏まれた位置や、人間が居る分の空気の形を読み取って索敵できるのだ。死角は目視より無い筈である。
「いくつだ。」
珍しく焦り困った顔をしながら少女は思考を巡らせる。
「・・・10、16?人影。今回のと関係は?」
言われて即座に人数を取れる。のであれば少女の能力は正常に働いている。
「あるだろうな。情報は取れそうか?」
「難しいかも。数人でまとまって動いてるからリスクは高いかなぁ。」
「そうか。避けるぞ。」
「りょーかい。ついてきて。」
とはいえ冷静に読み取り直して普段通りの崩れた口調に戻る。
そうして一番近い道を外して見つからない様ルートを組みなおす。その後の指示も少女に任せる。
「気が付かなかったか?」
迂回路に引き返しながらさっきの反応遅れについて確認する。
「いや。ただ。なんか変というか。」
「そうか。」
知らない種族の可能性はある。こういう、時間が欲しい時に当たりたくないものだ。
暫く隠れやり過ごしながら進んだのち、身体一つ分の道など細い道を使いながら目的があるであろう道にたどり着いた。
「夢の見た目と壁が一致するのはここだけど。」
「そうだな。」
路地裏のさらに裏、トの字の先端。ゴミ置き場。大型のゴミ箱の上に人影が仰向けで安置されているのが僅かに分かる。
近づいてみると反応がない。胸部の動きを確認してみるが
・・・死んでいる。
「シーファ、多分彼女だ。見れるか?」
「ん?まあ。」
脈を確認するため細い腕をつかむ。ひんやりとしていている。細い物のその柔らかさから直近のモノか。その記憶と死亡時期はシーファから聞き出せばいい。
「それね。はいはい。」
シーファが近づいてきて恐る恐る触る。
「・・・ッ!?」
シーファが人に手を触れると声にならない音を上げながら即座に手を跳ね上げる。
「なにこれ」
普段のお気楽な声から一転。恐怖を纏った焦りを感じる。
「情報がないッ!!」
「忘却魔法か?」
少女は五感と、能力による情報の差からの違和感がこれまでにないほど不快に感じた。
「違う!記憶を消したとか、掛けた魔法とか、いつ生まれて、どう物質が構成されているか。それ以前!消せない情報まで消えているの!」
少女の声が焦りから大きく早口になる。
「おかしいでしょう!だってあたいが触れるまでこれがあったことすらわからないだもの!」
「落ち着け。確実に人だ。」
見れば裸の少女であることは暗いここでも分かる。身長から見るに歳は成人前だろうか。
それに四肢は細いものの女性的な膨らみはハッキリとしている身体、亜人のように羽と短い髪の前頭からは角が1対生えている。
「じゃあ何よ!生きてるとか死んでるとかそういうレベルを・・・!」
少女にテンションを押さえろと手を下げる動作をする。これ以上叫ばれては困る。
「一先ず連れて帰るのが先だ。んなもん後でじっくり見ていけばいい。」
「だから!」
なにか必要な情報があるのかと思ったが今度はシーフが口を人差し指で抑えた。
「失礼・・・あ、あたいが取り乱したからバレてしまったわ、ね。」
シーファが少女を掴んで即座に両肩でおぶせるとそのままトの字の道を駆けだした。
合わせて男も飛び出すが分厚いローブとほぼ露出している服、さらに彼女の方が力も速度も速いため遅れて出る。
シーファが先行して言葉でのコンタクト無く敵が居ない方へ走り出す。
「シーファ。せっかくだからあいつらの情報とか取れるか?」
この娘と正体不明の徘徊者は何らかの関係があり彼女を持ち帰るのなら今後も対応しなければならないだろう。とすればその相手を調べることは当たり前のことであり、
「何言ってんの!モノ担いでんのよ!?」
「じゃあその娘をこっちによこせ!」
「前方接敵出来る!周りを考えると10秒で離脱するわ!」
背に乗せた少女をお姫様抱っこのように一度抱え直すと勢い付け、少し後ろに並走する男に振り子のように腕を振って投げ渡す。
重、いや軽い。
急いで片手で持てるよう右肩で俵持ちして左手を空ける。
即座に魔法の詠唱を入れなければならない。
「敵影確認!」
暗闇で見えないが今出た道の直線状に居るらしい。
「詠唱、展開。」
指揮者のように手を揺らすと即座、少女は白銀の剣を手元に召喚し前方の敵へ突っ込んだ。
「スタニング!」
援護のために魔法を唱える。暗かった路地で一瞬の閃光とともに当たれば気絶程度の電撃で敵の動きを止めに掛かる。
位置不明である以上射出魔法で敵の位置を確認するように稲妻を突き刺す。
先に飛び出した少女は背後から伸びる稲妻を見ずとも跳び躱しそのまま脳天一撃をカマす。
が、
「やるじゃん?」
高い金属音が響く。互いの武器がかみ合った音。
「おねぇさんと遊ばない?」
「ダメ?」
相手からの応答無く少女は振るわれた二刀目を後ろに跳ね避けた。
双剣装備なのだろうか。
そして少女の攻撃に反応されているならば魔法は躱されたか。
詠唱、次に使用する魔法の合図を口に出す。
構想、その魔法をくみ上げる式を記憶から取り出す。
残り8秒。次の攻撃を止めない。
見えた敵は3体。左手を前方に突き出し次の魔法を頭に描く。
「おわっ!アブな!」
彼女も敵に合わせて二刀目を召喚し歯向かう。
3体の攻撃を躱しいなしその動きでそのまま横の敵へ流し斬る。
いつも通り、不真面目な声を上げている。調子は良いようだ。
具現、魔法陣をくみ上げる位置を想定。先ほどの閃光と合わせてマナが流れていそうな位置を考える。
手を前方に下ろし思い描いた魔法陣を空に描く。
収束、頭に描いた魔法陣を左手を揺らし転写させる。
最後に展開で体内のマナを流し、くみ上げた魔法陣のマナを呼応させる。
「展開。シーファ!離れろ!」
「離れるわよ!」
「ヴォルリオン!」
地面を盛り上げ溶岩が吹きあがる。地に熱を宿し溶岩池を作り出す魔法だ。
中範囲の敵の脚を止め、焼き殺すには打って付けの魔法だ。
「やったか?」
残り4秒。
引き上げに走って帰ってきたシーファが左の手先を忙しく動かしている。
「いいや。見事なフラグ回収。」
「おいおい嘘だろ。」
シーファの右手引っ張られ別の路地へ急いで引き込まれる。
溶岩がまったく効いていないのである。
効かないといえば身体自体がマグマの魔物か溶岩竜くらいの生物しか聞いたことないが、
溶岩による鈍い明かりで長時間晒されることで効いていない理由が薄ら感じ取れた。
「なんだあの影!」
「逃げるったら逃げる!作戦自体は完了したから!左行って、右に曲がった先で!・・・具現!」
とにかく後ろから追ってくる奴らから逃げる。
「詠唱、展開!」
一瞬で出来上がる土壁。3mも盛り上げれば突破には数手分の隙が出来る。本来は。
「これ逃げて大丈夫かよ!?」
飛翔して躱した動きじゃない。明らかに地面に潜って直線で追ってきている。
「収束!ついてきて!」
いくら軽くても抱えている少女のせいでバランスが崩れる。身体強化の魔法をかける時間がない弊害だ。
いや実ってるたわわが揺れるせいでバランスが取れてないな?
「展開!余裕ね!あの先まで走って!」
「全然、そうでもないんだが?」
「———テレポート完了。尾行はされないはずよ。」
「なんなんだあいつら・・・」
テレポート先はレルの家前。2階までしかないが、とにかく広い敷地と家。このあたりの森も含めて私有地になっている。ここは月の4都どこにも属さないレル家が持つ土地。
この広さを上手く使い侵入者や魔力探知もに対して即座に対応できるよう管理されている。
そう。レルは金持ちである。それどころかこの月で最も偉いレベルに。
レル。それは魔法使いの種族を指す言葉。魔法使いはこの名を姓名の間に挟んでいるが唯一、姓として使用できるのが彼の一家。その先祖こそ魔法使いの種族を作り上げたレル・エスカ。原初の名を持った魔法使いである。
(先輩は魔法使い名乗りをしないため苗字と合わせて付けておらず、シーファはニックネームで呼んでいるため省略しているが本名には付いている)
そんなこんなで息切れして膝に手を付いている男と連れの女性2名が正面入り口に帰還した。
「あいつらの話は後で。それより、ご飯にしない?」
「ちょっとは休ませてくれよ・・・」
「体力無いわね~。いつもはもっとケダモノなのに。」
「うるせぇ。体力使った後にテレポートするから気持ち悪いんだよ・・・」
転移魔法。行き先に本人情報をマナで生成した後自分の体を分解、死と肉体の蘇生を同時に行うことで魂の情報を無理やり新しい身体に紐づける魔法だ。問題はこのように前の肉体≠新しい肉体であり魂の状態と身体の状態が合わさらず不快感を覚えたり肉体の情報損失が有り得ることだ。シーファに限りそんなことはないが詠唱速度を重視するため今回は不快感の方を許容された形である。
両開きの大きなドアをくぐり広い玄関に入る。
「ママは?」
人の親をママと呼ぶな。
「レイズの方で研究してる。」
「そ。手はいくらあっても足りないのに。」
人の親を巻き込むな。
「じゃ、あたいは情報を纏めてくるからご飯よろしく~。」
帰るや否やツッコむ暇もなくシーファが自分の部屋としている元ゲストルームに向かっていった。
「おい、彼女の回復が先・・・まぁ、落ち着いてからでいいか。」
どうせ死んでいるのだ。
今更になり光が当たる所に来たことで分かったが、少女には外傷が見えない。あそこで野垂れ死ぬならそれはそれで足元やらが薄汚れてそうだがそういうこともなく、不気味である。
男は入って一番近いリビングまでのそのそと歩くとのソファに少女を寝かせるとソファに掛けられていた毛布を被せた。
呼吸を整えてから簡単なサンドイッチでも用意しよう。
「で、とりあえず纏めた結果なんだけど。」
夕食を用意し終えシーファを呼んだ。ダイニングの晩餐会でも開けるかのような長い机の端に座り、休憩したとはいえこの短時間でさっき出会った奴らの情報が纏められた紙を何枚も貰う。
「斬撃が効かないで苦戦したから全部の情報を手に入れれたわけじゃないけど、何というか生き物として不思議。モンスターみたいなのとも違うだろうしでも形は人型だし、組織とかも組まれてそう。一応記憶から上司との会話ログも取ってみたけど、あたいも知らない言語だから翻訳はあんまり当てにしないでね。」
当てにしないでと言い放つも現状の情報はそれしかない以上信用しなければならない。
彼女が戦った時、何度か肌で接触して手に入れた情報を集め書き上げたもの。
人間と同じような感情や物体に結び付く記憶にある言語を照らし合わせて、知らない言語だろうが過去の会話を翻訳している。
資料を見るとそこには全身が黒で人型。おおよそ生き物に必要であろう臓器すらないのに人類であることが判る知性と見た目。
モンスターのような緑色のゼリー物体であれば、生き物ではないにせよ原始的な生物の模倣をする異形程度で済むが、別の生命体であろうか。
「一言で言えば影だな。無論俺が判りそうな範疇の他種族ではないのは確かだぞ。文献にこいつみたいなヤツが載ってることもない。」
「そーよねぇ。あたいもただ黒いだけだと思ったけどそういう肌?の奴とも思わなかったし。」
それからあの二刀は武器ではなく身体の一部らしい。
「で、上司からの命令であの娘を連れて帰る任務を与えられてた、か。そりゃうろついてるわけだ。」
「異世界からあの子がテレポートしてきたのかしらね?」
「触ってもそのあたりわからんか。」
「あいつらの世界が?触っただけだとどこにあるかまでは分かってないのよねぇ。現地にテレポート跡があればいいのだけど。」
「くまなく見てみるべきか。」
「向こうに行って何する気?」
男が口角を上げる。
「なぁに、挨拶だ。さ、食ったなら治療してあげないとな。」
「気合入ってるわねぇ。」
見慣れた悪い顔だ、と少女は苦笑いした。
「おーい。シスタ、ガリスー」
手伝いアンドロイドを呼ぶ。帰ってから見てはいないがこの時間であればリビングの付近には居るだろう。
「はい。どうなさいましたか?」
白色をベースとした人型ロボットのシスタ。同じく黒色をベースとしたガリスが歩いてやってくる。どちらも男が作り上げたアンドロイドである。
「あぁ来た来た。シスタ、ガリス。地下の治療室を使うから準備をしてくれ。」
それに対しアンドロイドは辺りを見まわたした後互いに顔を見合わせる。
「?。治療の所望ですか?しかしレヴァレル様とシーファ様に外傷は見受けられませんが。」
「俺らじゃなくてあそこの、」
そう言って遠くのソファに寝かせた少女を指さすがアンドロイドはその意図を掴めずに首を傾げている。
「いえ、帰ってきたのはレヴァレル様とシーファ様だけですが、地下の別の子に対してでしょうか?」
地下の娘とは身柄が無かったり重傷を負ったりして保護している亜人の娘達のことだ。
「・・・?あー。」
シーファも少女と出会った時に情報が無いとかで困ってたか。アンドロイド達は生体感知とマナ感知で人を認知しているのだが同じような理由で認知できていないのだろう。
「とりあえず準備だけしてくれるか?」
「わかりました。」
アンドロイド達はお辞儀をするとその場を去っていく。
(シーファ含めここまでのイレギュラーならあいつらを修正する必要もないか。)
「食ったら行くぞ。」
「おかわり。」
「・・・俺も紅茶くらい淹れるか。」
無数にある地下室の一つ。本格的な治療室ではなく魔法による治療のための中規模な一室であり心電図やカメラなどのモニタリング用の機械や様態安定用の薬はあれど治療道具は魔法によるものだけのため部屋自体は準備室含めさしたりて大きくない部屋である。その部屋の中心にある手術台に少女を安置させる。
男は念のため確認だと言って周りに集まった者の確認を取る。
「治療していきたいところだけど。」
「あなたのお手伝いロボはこの子を認識しないからだめ。」
少女はシスタとガリスを指さす。
「では入口の方で待機しています。御用でしたらお呼びください。」
アンドロイド達は入口のある壁面の方へ直立で待機しに行った。
「お前の能力もこいつには反応されないから駄目だな。」
続いて男がシーファに指さす。
普段は損傷箇所や治療内容なんかは触れれば即分かるのだが。
「あたいはここで手伝いするけど。」
「しなかったら困る。」
少女がニコと笑顔を作る。その後すぐに本題に入るため顔を真顔に戻す。
「どうしようかしら。」
「目立った外傷はねぇからな。とりあえず回復魔法で成長を促進しながら考えるしか。」
手術台のボタンを押して回復魔法を動かす。
「魔力とか細胞の動きとか分かるか??」
シーファが腕を取り脈を確認するように能力で確認する。触れた瞬間から渋い顔をしているので結果は分かるが。
「ダメ。でも回復魔法は問題なく動いてるから物体ではあるのよ。あたいの能力で見れないだけで。」
少女の中に確かにマナが流れて魔法自体は発動してるらしいが、肝心の魔法が発動する動きの行方が分からないのだという。なんてことを言われてもマナは目視出来ないから言われても不明なのだが。
「無理やり情報を消されているとかそんな魔法もあるけどここまで消せるか?」
「あんたが知らなかったらあたいも知らないわよ。」
それもそうだ。現状存在する9割8分の魔法はこの家に魔導書として保管されているし男だってその全てを覚えている。
「こんな大規模な魔法なら裏だけで出回るのも難しいと思うしなぁ。」
うぅんと二人で唸る。
「CT取ったり血液検査から始めない?」
「お前が出来ないのにCT撮れるのか・・・?」
「あたいを過信しすぎじゃない?でも血液も身体から出せればあたいが舐めて調べれるかもだし。」
「そうするか。」
こういう時シーファの能力がどれだけ便利かを思い出せる。
「機械あったっけ。」
「自分の家のものくらい覚えておきなさいよ。こっちの家にもちゃんとあるわよ。」
そう言って入口と別方向にある準備室へ消えて浮き輪よりちょっと大きい程度の機械を持ってくる。
「血液検査もついでにやるから血抜いておいて。」
結果としてCTの内容は理解できない体組織。というか身体の中身は謎の物質で埋まっており血液も同じく抽出できなかった。
皮膚の一部を切り取りシーファに物体として調査してもらおうとしたがその欠片も切った時にチリのように消えてしまったのだ。
「まぁ、あそこで出会った影と同じ種族って考えるのが妥当じゃないかしら。」
「あれ?でもこっちは普通に可愛い子の見た目してるだろ。」
可愛いに対して男はシーファにジト目で見られる。
出会った影は名づけの通り真っ黒い存在だったと記憶している。
「種族差なのかもね。亜人だって羽生えたりケモノだったりするわけだし。」
「この娘は羽生えてるもんな。出会ったのはこうカマキリみたいな刃を持った種類ってことか?」
かもね。と相槌を返される。
「でも知らない種族の蘇生となると難しいわよ。」
それもそうである。
「そういえばあいつら魔法すら効いてなかったよな。」
「そうそう。この子の切ったところもそうだけど傷がすぐに再生するみたい。」
「おぉほんとだ。」
先ほど検査のために切った一部がすでに治っている。回復魔法でもここまで早い効果は無い為シーファの言うことであっているだろう。
「そうすると身体的な蘇生は不要かもしれないと。時戻しのほうの蘇生魔法でどうにかなるか?」
「いつ死んだかわからないからどこまで戻せばいいか分からないわよ。」
例えば1日前に死んでいたとしたらマナの使用量がとてつもない量必要になる。確実かもしれないが推定死亡日時すらわからない存在に大量のマナをつぎ込みたくない。
「じゃあ身体に関係ない魂戻しの蘇生魔法。」
「あたいに聞かれても解らないってば・・・」
今回ばっかしはとため息を吐く。シーファにしては珍しく本当に困っているようだ。
「とりあえずやってみるってことだ。失敗したら次の魔法考えるから魔力石を使うぞ。」
「じゃ隣から魔力石持ってくるね。」
そのまま生返事答え、すすすと入口と別方向にある準備室へ消えて1m四方の木箱に入った魔力石を持ってくる。
魔力石とは大気に存在するマナが結晶化した有色半透明の水晶で色があればそれに対応した属性、色が無い魔力原石であればマナとして大気のマナの代わりに使用できる代物である。例えば親指の第一関節くらいの純度の高い火の魔力石であれば現代日本で売っている使い切りライターと同等の火力を3倍時間くらい点火できるエネルギーを保有している。市販品であればそのサイズのものを着火剤として加工して売っている。
そのサイズの石が仕切りごとに分かれ11に分かれて両手に抱え2箱分である。
「はい、置いてあった分適当に持ってきたから必要な色言って。」
そう言って男の方に手を乗せる。
「助かる。・・・じゃあこの魔法陣に置いてくれ。」
「あぁ、それ。わかったわ。」
シーファは魔力石を床に置いていく。
体内のマナで大気のマナを操ったところで大掛かりな魔法を唱えるには体内のマナも大気にあるマナも足りないことが多い。そこで足りない大気のマナを補うために魔力石を魔法陣で組む場所と同じ位置に置くことで代用することが出来るのだ。
それを気にせず男は少し後ろに引いて部屋の中央に鎮座している娘に向けて魔法を唱えるため左手をかざす。
詠唱。
脳に魔法をイメージする。対象を、その内容を。
魔法を編み出すその回路を間違えなく作り出す。
起動。
左手に力を加え魔力を呼び出す。
イメージに合わせた動きに呼応して大気のマナを整列させる。
収束。
整列させたマナの力を呼び起こし、それぞれに属性を与える。
集中。
引き続き収束を続ける。
展開——
「っー。どうだ?」
肩で息をする。目を開きその先にいる少女の情報を取っているシーファに目配せをする。
首を横に振った。
「・・・駄目か。」
その場で胡坐を掻き深呼吸する。
その動きに反応してシスタが近づく。
「レヴァレル様。大丈夫ですか?」
「これぐらいの魔法なんざちょっと休憩すればマシになるさ。」
「左様ですか。」
「それにしてもあちらどうしますか?」
「あ?あちら?」
シスタの向く先を見ると安置されたままの少女とその少女の短い髪をいじりながら解決策を考えているシーファが居る。
「何がだ?」
「はい?いえ。レヴァレル様のことですからゴーストの少女でも引き取って来たのかと。」
さっきと見て特に変わった点はない。
「彼女が?」
「?。はい?」
話のかみ合わなさにシーファも首を斜めにする。
もう一度確認する。
「まて、彼女が、ゴースト。」
「はい。」
「・・・蘇生は成功している。」
「え、あたいわかんないんだけど。」
だが依然その身体に情報は戻っていない。
「ちょっと考えさせろ。シャワー浴びてくる。」
「あ!あたいも!」
少女から手を離すとシーファはレルの肩を無理やり組んでそのまま進んで行く。
ただひたすらの闇。
闇。
それは存在しなかった物。
存在しない筈の私を象る闇。
これが存在。
初めて襲う存在という恐怖。
そこに別の感覚。
怖くも、触れてみたく思う。
一瞬のうちに消え去ったもの。
それがなんなのか。
誰かそこに居るの?
もし居るのなら私を。
私を照らして。
レルの家1階浴室にて。二人で湯を浴びながら休むことなく思考を巡らせている。
二人で浴びれている点についてはシーファがいつの間にか改造していたため背中合わせにした状態でも二人にシャワーが当たるよう2口設けられている謎の構造になっている。現に二人で背中合わせに喋りながら身体の汗を落としている。
「とりあえず。蘇生は成功してる。」
あの後脈が動いていないためシスタが心肺蘇生を行ったが特に変わりないと連絡を受けた。この場合は脳が死んでいると取るべきか。
「えぇ。私にはわからないけどね。」
シーファがこちらを向き、手で優しくレルの背中を撫でる。
「俺もわからん。魂戻ししたところで身体に変化が起こることはない。」
「でも機械が判別できるからなにか変化があるんじゃない?」
「解剖するにしても身体が再生されるなら中を見れるかどうか。」
「あたいも見れればいいんだけどねぇ。」
シーファが指先で背中をつつく。珍しく真面目にしているため構って欲しいのだろうかそれを無視する。
「そしたらお前が見れるように解呪か。種類が判らない以上なかなか手が出ねぇけど。」
何度も言うがシーファが触れば即座に見れるが、人間が見る場合の肌に魔法陣が掘られているわけでも体内に巡るマナが動いているわけでもないため呪いが判別できず施術の仕様がない。
「魂があるなら身体と繋げてみたら?」
「傀儡魔法か。さっき見えた魂と身体を直に結んでみるか。」
一息入れるとシャワーを止める。
「魂の場所はどう見つけるっての?」
「見えてるあいつらに聞けばいい。」
「あぁ、まって!」
そのまま浴室から出る男に急いで少女が付いていく。
一旦実行しにいく。それでダメなら別の案を考え、いくらでもある手を使うだけだ。
「ちょっと~」
傀儡魔法。
神経と筋肉を魔法で生成し、外部からの信号で他人を操ることが出来る魔法。これを医療転用する際に生まれた方法で魂と脳にも直接つなげば本人の意思で動かすことが出来る。
変わらず地下室の治療台で安置されている少女の元に戻るとシーファに切開道具を言い渡す。それに対してメスを召喚して渡すと即座に少女の腹を掻っ捌き急いで魔力原石を流し込む。
それを腹、胸、腕、足と五体全てに行う。その後でシスタに魂の位置を教えてもらい魔法の詠唱を始める。
「・・・、・・・詠唱。具現、展開。」
反応はない。
魔法の詠唱が終わるのを見ると少女の頭をポンポンと撫でる。その後に首を振るのに時間はかからない。
「どうだシーファ。」
「あたいが見てもわからないわよ。」
「中に魔力が伝わってるか?」
さっき入れた魔力原石とその発動について再度確認するが、
「それもダメ。」
「ちゃんと調べないと駄目か。」
もう一度魔法を詠唱し、魂ではなく外部信号で動くようにする。そしてそこに魔法で信号を送ると、
少女は右手を上げた。
「動くな。」
「魂の接続が出来てないのかしらね?」
魂の位置は特定している。その位置で魔法を使用してもダメなら種族が違うから起こる信号の種類か身体の神経構造の違いか。
見つかるわけの無い正解を探しながら何度も少女の頭を裂きそこに石を詰める。
「そういえばさ、」
「どうした。」
突然開かれた口にそのまま反応する。
「いや、確かどっかの本で悪魔に疑似神経を作るやつが居なかったかしら?」
「あ?んー。」
「第三眼の悪魔ってやつ。」
本のページが記憶の奥から引き出される。
「あー。ああ、あぁ!」
思い出した。あの悪魔なら確かにこの状況で使えるかもしれない。
手術台の端を手のひらで叩くとそのまま待機しているアンドロイド達に指先を向ける。
「シスタ!ガリス!あれ題名何だっけ。」
「医術召喚式の本持ってきてくれるかしら。」
二人とも光が見えたことに口が笑う。
「わかりました。」
そうと決まれば。素材ならシーファが記憶しているだろう。
「シーファ。足りなさそうな素材はあるか?」
「ん~。ドリアードの茨に龍の眼。あとはあるもので何とかなるんじゃない?取ってくればいい?」
「あぁ。早急にな!」
少女は下唇に人差し指を当て何か一間考えたようにすると、
「見返りが欲しいわねぇ。しっぽりと。」
「仕方ねぇな。」
契約を取るわけではない半ばジョークの口約束だ。
「じゃ、取ってくるから。この紙で契約書書いといて。」
「わかった。」
魔力の籠った紙を渡されるとシーファはテレポート魔法を詠唱して分解される。
男が一人残され手術台にもたれかかるように床に座っている。
「お待たせしました。」
ガリスがその男に立ったまま安い革表紙の分厚い本を差し出す。
それを男が取り上げるとそのまま大雑把に紙をめくる。
「何ページだ?」
「第三眼の悪魔でしたら150あたりで」
「確かにこれだな。」
第三眼の悪魔。ただ一つの目から茨の触手を伸ばした悪魔の一つ。
シーファ達悪魔と同じく物理法則を無視した能力を持っている人型ではない悪魔。
その能力は目で見ること。契約者は悪魔の目を通して物を見ることが出来る。
代償として悪魔の触手が契約者の神経となり精神に直接的に痛みを与えるという。
言っている事は悪いが過去身体が動かせなくなった人間がこの悪魔の力で自由に動くことが出来ることは文献にも載っている。
試したことはないが悪魔の力である。この世の法則を無視して実行されるのであれば魂という概念に直接根を伸ばしているのだろう。そもそも悪魔の契約は魂と世界を結びつけるものだ。蘇生が成功しているならあとはこいつが全部どうにかしてくれる・・・ハズだ。
「もう一度魔法陣を描くか。」
動かない少女に一瞥して魔法で悪魔を呼び出すための残りの道具を召喚する。
床に導線となる、動物の鮮血を吸った布を敷いて頂点に対応した魔力石を置く。
肝心の本体である素材は後で来るから残りは契約書の文言である。
紙への記載は自由だ。それだけに呼び出す悪魔を納得させる内容を記載する必要がある。
記載内容に問題が無ければ紙はこの世の摂理に取り込まれ契約者と悪魔にそれぞれ結び付かれる。
契約代理人が男で、理由と報酬。
準備室の方に行き、荷物ばかりの部屋にかろうじてあるスペースの角にある簡素な机と椅子に近寄り椅子に座る。持ってきた医術召喚式を開きそこに書かれた内容を再度読む。
第三眼の悪魔は対象に苦痛を与えることに長けている。
というよりそれを生き甲斐として呼ばれる。そういう態度を取るやつらだそうだ。
道具として召喚する悪魔はシーファやメビューのようなその辺を歩き回る奴らと違い、カネを欲しがらないのが面倒である。釣るには経験などの彼らの楽しみで呼ぶ必要がある。
それから契約書の筆跡を焦ったような書き方にすればよりやつらは食いつく。縋る場所が自分しかないと高を括ってくれるからだ。
適当に契約書面を描き上げ息を吐く。
隣の部屋にいる部屋中央に鎮座した少女を見る。
「帰ったわよ。」
少女が魔法でテレポートされてくる。
目をつぶって手術台にもたれた男を見つけるとため息を吐き、その顔を見つめる。
・・・
「お~い。」
「あぁ、持ってきたか。」
いつの間に目の前に現れた少女に焦点が合う。
「こっちの準備は出来てる。」
龍を狩ったにしては血の一つも付いていないのは流石というか、
「どうやって龍を狩った?」
「寝かせて取っただけだから何もしてないわよ。義眼作るのに時間かかったけど。」
「ドリアードはレイズのあなたの家に居る保護してた娘から協力してもらったわ。」
「ありがとな。」
環境への配慮を含め礼を伝える。
「うん、契約書も書いたね。じゃ、この眼と蔦を~」
そういって中央に鎮座した少女にひょひょいと蔓を巻き始める。
くるくると巻いて編んで、
「あ、おい、その縛り方で外出すのはどうなんだ。」
召喚した悪魔が蔦と同じ場所に伸びていればの位置である。
「・・・知ってるわよ。」
ふざけてる時間は・・・まあいいか。
最後に少女の両手を掬うように合わせその上に龍の眼を乗させる。
「はい、かんりょ。」
シーファがサムズアップするとこちらに近づく。流石に変な縛り方はやめて全身を軽く周回する程度に蔓が掛けられていることを確認していよいよ召喚を行う。
「よし。痛いかもしれないが、我慢しろよ。」
聞こえていない、感じていないだろうが少女に向けて言葉を放つ。
詠唱、
起動、
収束、
集中、
展開。
「我召喚しは第三眼の悪魔、此の契約を守りしば、其の魂我が用意し物に入れば如何なるものの完了せし。」
ガタリガタリと頂点に置いた魔力石が動き光る。
それに合わせ少女を囲んだ血も共鳴し光る。
その光が強くなるとともに彼女を縛った素材は形を変え、
その瞬間を見逃さずシーファは自分の手首を銀の剣で傷つけた。
切れ味のいい剣が血管を切断すると切口を敷いた布に当て鮮血を染み渡たらせる。
「その身表したのなら、我の契約を基にお前の魂拘束したり。」
シーファがにこりと笑う。魔法陣に血と魔力を流し、魔法陣の書き換えを行う。
この魔法陣は召喚のためだけではなく、召喚した存在に契約を強制的に仕掛けるものだ。
シーファはハーフの悪魔ではあるが母方から継いだ悪魔の力は高位の存在らしく多くの場合契約の優先権利を奪い取れるらしい。
ちょっとした仕掛けを増やし、召喚の途中でシーファの血を流し込むことでその仕掛けを作動させる仕組みである。
呼び出した悪魔が姿を現した。
身体に巻いた蔦は血管のように肉々しく姿を変え、その脈をどぐりと走らせる。
「ようこそ、世界に。」
よお小娘。
それは突如存在した。
お前は俺の生贄だそうじゃないか。
と、言いたいところだがどうやら俺の方が従者の関係を取られてしまってな。
おいおい、返事もなしか。
まあいい。本題といこう。どうやらお前は目が見えないらしいな。
突如として現れたのは理解の範疇にないことだった。
まて、無視し続けるのはないだろ。
おい、お前もしかして見えない以前の問題か?
しゃーない奴だ。この俺がお前の眼となり手と足に苦痛を与えるつもりだったが、赤子以下の子守りをさせられるとはな。
おらよ、身体を貸せ。
第三眼の悪魔はその蔓のような血管を世界に現わせる。
何もない世界に形が浸食し、そしてそれが蠢き絡み合う。
やがてそれが形取り、何もないものに輪郭が生まれた。
「さて、見せてやるよ。最低な世界を。」
世界に一筋の光が入り黒色になり、一瞬にして虹色の景色が映った。
「ようこそ、世界に。」
灰色のローブが眼前に広がる。
私は意味もなく目から涙を流した。
「あ・・・ぅ・・・な・・・」
空気の振動を受け取り、空気の振動を起こし。
彼は手を伸ばし、伝う水を拭った。
肌が刺激を貰い、そして自らの意志で同じように刺激を受ける。
「おい小僧。」
身体に纏わりついた第三眼の悪魔が二人の顔の間を遮るようにぎょろりと覗き込んだ。
「なんだ?」
「現状、身体の動かし方と言葉は俺が居ればこいつに教えてやれるが言葉の選択と教養はそっちから教えてもらう必要がある。」
「そうか。シーファ、はやれなさそうだな。」
魔法で直接脳に記憶を入れれば早いが、どうやら動くことが出来そうな現状でも本人を触ったところで情報が得られないようだ。少女の後ろから頭頂部を撫でて首を振っている。
「それはお前が覚えて教えることは出来るか?悪いが急いでいてな。時短したい。」
「出来るが教える時間は変わらないんじゃないのか?」
男が指さす。その先に寄生先の少女を触る女を見る。
にっこり。
「おいまてそこの悪魔。何をするつもりだ。」
その手元が少女を絡める蔦に移る。
「いや、直接記憶をいじって。」
「やめろ!おい!本当になにを!」
眼だけでは対処できず宿主の身体を利用しようとするが男に手を掴まれる。
その血管をうごめかせ宿主の身体を縛り上げたりしてなんとか芋虫のように動いて見せようとするが努力むなしく。
「慣れてるから安心して。詠唱。」
「お、おいまて。」
ぐわああああああ!
・・・
「案外何ともないな。」
記憶領域の改変。脳のシナプス回路を魔法で弄る理論上可能だとしても常人では不可能な領域。それにより今の世界の常識を教えたり。この家の仕来り・・・押しかかりの女が教えるのもどうかと思うが。
「慣れてるからね。」
「あと困ったことがあったらシスタとガリスに聞いてくれ。」
「仕方ない。」
その言葉から暫くは身体調査を始めた。
シーファの能力が機能しないため問診と触診で。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます