第8話 撤退

角笛の音が街を震わせた。

城壁の外から、無数の足音が押し寄せてくる。


「くそっ、数が多すぎる!」

「このままじゃ街が持たねぇ!」


冒険者たちがざわめき、武器を構える。

ギルドマスターが怒号を飛ばした。


「全員、持ち場につけ!こっちからは攻めなくていい!とにかく守れ!」


その声に応じ、冒険者たちは一斉に動き出す。

だが俺の心は凪いでいた。


(これ勝機あるか?この数、この規模。正面からやりあったら……下手したら全滅だろ)


俺は剣を収め、振り返った。


「撤退だ。今は勝てない」


「なんだと……?」


隣に陣取った大柄な戦士が、目を剥いた。


「ふざけるな!ここで踏ん張らなきゃ街が滅ぶかもしれんのだぞ!」


「だからだ。ここで全員死んだら街を守る者がいなくなる。生き残って、次に備える。それが一番の勝ち筋だろ?」


俺の声は落ち着いていた。

だが、その冷静さが逆に戦士の怒りを煽った。


「てめぇ……仲間を見捨てて逃げるってのか!」


「違う。生き残るために退くんだ」


「言い訳するな!俺は最後まで戦う!」


戦士の目は炎のように燃えていた。

その姿に、周囲の冒険者たちも呼応する。


「そうだ!ここで逃げたら冒険者の名折れだ!」

「街を守るために剣を取ったんだろ!」


俺は能天気に笑った。


「立派だけど……でも、死んだら終わりだぞ?」


エリシアが不安げに俺を見つめる。


「俺の選択は“生き残る”こと。嬢ちゃんも一緒に逃げればいいのさ」

(まあ、この街に目的の嬢ちゃんがいないってわかれば、そこまで無体なこともされないとは思うんだが……)


その時、城壁の上から悲鳴が上がった。

黒衣の軍勢が梯子をかけ、次々と登ってくる。

矢が飛び交い、火矢が屋根に突き刺さり、炎が上がった。


(いや、そうでもないか……傭兵かなんか知らんが報酬は略奪ありきってところか?)


「くそっ、もう来やがった!」

「押し返せ!押し返せぇ!」


冒険者たちは必死に応戦する。

俺も剣を抜き、迫る敵を斬り伏せた。

だが、数は減らない。

押し寄せる波に、じりじりと押し込まれていく。


「リオ!まだ退くつもりか!」


大柄な戦士が怒鳴る。

その顔は血に濡れ、必死の形相だった。


「当たり前だ。勝てない戦いはしない」


俺は冷徹に答えた。


「臆病者が!」


戦士が吐き捨てる。

だがその瞬間、彼の背後から黒衣の兵が迫った。


「危ねぇ!」


俺は体勢を崩しながらも踏み込み、兵の喉を斬り裂いた。

血飛沫が舞い、戦士が呆然と振り返る。


「恩に着なくていいぞ!敵だから斬った。それだけだ」


俺は能天気に笑った。


「味方がやられそうなら助ける。敵なら殺す。勝てなさそうなら逃げる。単純だろ?」


戦士は言葉を失い、ただ俺を見つめた。


戦況は悪化の一途を辿っていた。

炎が街を包み、悲鳴が響く。


ギルドマスターが叫んだ。「退け!一時撤退だ!」


その声に、冒険者たちが動揺する。

だが俺は即座に叫んだ。


「ほらっ聞いたかっ!退くぞ!」


「……っ!」


戦士が悔しげに歯を食いしばる。だが、ついに頷いた。


「覚えてろよ、リオ……次は負けねぇ」


「楽しみにしてる。でも俺、覚えてられっかな」


――そこからは、ぐちゃぐちゃのどろどろ……。

切り伏せ切り伏せられ、命を削りながらも、

どうにかこうにか脱出できた俺たちは夜の森へと逃げ込んだ。


炎に包まれる街を振り返り、エリシアが涙を流す。


「私のせいで……街が……」


俺は凪いだ声で言った。


「街はまだ終わっちゃいない。生き残った俺たちがいる限り、取り返せる」


能天気な笑顔の男……目だけは冷たく光っていた。

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無能と呼ばれ追放された俺、前向きに生きて世界と自分を変えてしまうことにした 茶電子素 @unitarte

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