第2話 令嬢


「……あなたが無能?」


金髪の少女が目を見開いた。

その隣では、黒髪の護衛が剣を構えたまま、俺を値踏みするように睨んでいる。


「そうそう。村から追い出されたばかりの、どこにでもいる剣士さ」


俺は、にこりと愛想よく笑った。

血に濡れた剣を軽く振り、地面に滴る赤を払う。

少女たちは一瞬息を呑んだが、

俺の顔があまりに能天気だったせいか緊張を緩めたようだ。


「……でも、あなたがいなければ私たちは今頃……」


「死んでたな。でも気にすんな。俺は困ってる人を見たら放っておけない性分。そんな奴がたまたま通りかかっただけ」


そう言って笑いかけると金髪の少女は頬を赤らめ、

黒髪の護衛はますます警戒を強めた。


まあ、どっちの反応も慣れてる。

村でも「信用できない笑顔」ってよく言われてたからな。


「ところで嬢ちゃんたち、どこへ向かってるんだ?」


「……私はエリシア・フォン・グランツ。グランツ公爵家の娘です。今は辺境の街”バルン”へ向かっているところです」


(お、おいおい……)


思わずヒューと口笛を吹きそうになる。

それなりの家のお嬢さんとは思っていたが、まさか公爵家とはな。


「助けていただいたついでと言っては何ですが……もしよろしければ、街までご一緒していただけませんか?」


エリシアが伏し目がちに見つめてきた。

あざとい!!でも嘘や打算は感じない。俺は少し考えてから、にかっと笑った。


「いいね!俺もちょうど街に行くつもりだったんだ。美女二人と一緒なら最高だ!」


能天気に笑う俺の言葉に、お嬢様の頬がわずかに赤くなる。

一方で護衛の少女は、じっと俺を見つめ――静かに呟いた。


「……お嬢様、本当にこの男を信用なさるのですか?」


「信用します。だって、私たちを救ってくれたのですから」


……能天気なのは俺だけじゃないらしい。

まあ、こういう縁は大事にしたほうが面白いことになる。

俺の勘がそう告げていた。


街道を進む途中、俺は二人と軽口を交わしながら歩いた。

エリシアは育ちの良さが滲み出ていて、何を話しても素直に笑う。

一方、護衛の少女は名前を明かさず、終始無言で俺を監視していた。

その視線が妙に鋭くて、逆に面白かった。


「そういや、黒髪の美しいあんた。名前は?」


「……カレンです」


ようやく口を開いた護衛の少女は、短く名乗っただけでまた黙り込んだ。

だがその頬がわずかに赤く染まっていたのを、俺は見逃さなかったぞ!


やがて森を抜け、遠くに石造りの城壁が見えてきた。

辺境の交易都市”バルン”。

王都まではまだ何日もかかるが、この街は冒険者ギルドもあり、旅人や商人で賑わう拠点だ。


俺の胸は自然と高鳴った。

ここから俺の人生が始まる。そう確信できた。


「さあ、着いたぞ!まずは冒険者ギルドに行ってみるか!」


「えっ!ギルドに?」


エリシアは興味津々のようで目を輝かせている。

それを見たカレンは、呆れたように溜息をついた。


「お嬢様、これ以上こんな男に関わる必要は――」


その瞬間、街の門前で数人の男が、俺たちの前に立ちはだかった。

鎧を着込み、紋章を掲げた兵士たちだ。

その目は俺ではなく、エリシアを舐めるように見つめている。


「エリシア様。お迎えに上がりました」


「……あなたたちは?」


「グランツ公爵家の命により、あなたを連れ戻しに参りました」


兵士の一人が冷たく告げる。

だがその口元には、いやらしい笑みが浮かんでいた。

どう見ても正規の迎えじゃない。俺は剣の柄に手をかけ、にやりと笑った。


「へぇ……なんかまた面白い連中が出てきたな」


次の瞬間、兵士たちが一斉に剣を抜いた。

エリシアが悲鳴を上げると、カレンは庇うように前に出る。

俺は、さらに一歩踏み出して剣を抜いた。


「俺、物の道理はよくわからないが、刃を向ける相手には容赦しないって決めてるんだ」


血の匂いを孕んだ風が吹き抜けるが、俺の笑顔はいつも通り能天気なままだった。


――辺境の街の門前で新たな戦いが始まろうとしていた。

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