人面疽の声が聞こえない

下降現状

人面疽の声が聞こえない

 俺の左手甲には人面疽が有る。しかもそいつは話しかけてくる。

 ベッドに腰掛けた俺に向かって、その人面疽が声をかけてくる。

「なぁ、お前さぁ、俺に冷たくない?」

「居ないだろ、人面疽に温かいやつとか」


 左手の甲、目と鼻と、口が明らかにある人面疽に向かって俺は言った。

 見れば見るほど気持ち悪い。細い目、嫌に高い鼻、薄ら笑ったような口。気持ち悪い事この上ない。

「そんな事言うなよ、そのうち俺の声が恋しくなってくるんだからさ」

「そんな事有るかい」


「いや有るだろう、俺美形だし」

「無いだろ、人面疽に美形とか」

「いやいや有るね、俺は人面疽界隈じゃ有名なイケメン疽なんだぜ?」

 生まれて初めて聞く界隈と単語過ぎる。


「なんだよ、だいたいどういう条件なんだよ、人面疽の美形とか」

「目鼻立ちがぴっちり整ってることだな」

「はっきりした人面疽って事じゃねぇか、なおさらキショいわ」

「おいおい、俺の友達人面疽の田辺くんとか、ブサメン疽過ぎて宿主に人面疽じゃないと思われてるくらいなんだぜ? シミュラクラ現象とかいう単語マジ憎たらしいって常々言ってるもん。それに比べたらイケメンだろう?」

「誰だよ田辺くん……」


 知り合いに居ないんだが、独自のネットワークがマジであるんだろうか。それとも、人面疽個別で名前持ってるんだろうか。

 どちらにしても嫌過ぎる。


「お前みたいなやつにはそうそうに消えてもらいたいぜ」

「まーじで冷たいよなお前」

「普通の人間はそうなんだよ」

 俺の言葉を聞いて、人面疽は口の端を歪めた。


「まぁそうだな、俺が原因で今病院にいるくらいなんだから、そりゃそうなるよな」

「そうだよ、お前なんか消えちまえば良いんだ」

「じゃあそんな事を考えている俺の宿主サンに、本当のことを教えてやるよ」

 人面疽がケタケタと笑う。


「なんだよ」

「実は俺は人面疽じゃない」

「嘘を言うなよ」

「ただの痣だ、そして、別に喋ってもいない」


 人面疽が表情を歪める。意地の悪い老人のようにシワだらけになって。

「じゃあ俺が聞こえてるお前の声はなんなんだよ」

「幻聴に決まってるだろ? お前はおかしいんだよ」

「いや何を言ってるんだよ」


「ふふふ、自覚ないのか? まぁ無いからこうなってるんだもんな。そう言う意味だと、この俺の言葉は自覚の一環かな? 良かったな、お前マシになってるみたいだぞ」

 そう言って人面疽は表情をピタリと固定させた。眠っているかのように。

「ふざけるなよおい!」


 俺は自分の左手に向かって怒鳴る。つばを吐きかけながら怒鳴る。

 人面疽は何も答えない。表情を変えることもない。

「何とか言えよ。なぁ、おい!」

 人面疽は何も答えない……

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