1分後に

真白いろは

忘れ物

「あっ」


 その日は忘れ物が多かった。

 ラインマーカー、復習用のプリント、お弁当の箸。けど今、もうひとつ忘れてしまった。スマホだ。机の中に入れたまま下校してしまった。


 流石に取りに行こうと思って友達と別れ、学校へ足早に向かう。走ると耳がキンキンと痛み、コートの動きづらさを感じた。

 教室にはもう誰もいなくて、ただ暗い空間が少しお化け屋敷のようだった。お目当てのスマホは確かにあったものの電源が付かず、そういえば充電も忘れたんだったと思い出す。

 ため息をつくと、不意に教室に明かりが灯った。

 思わずビクッと肩を上げてしまい、バクバクとする心臓を抱えながらスイッチの方を見ると、そこには千晃ちあきくんが。


「ど、どうしたの…?」

「…ちょっとスマホ忘れただけ」


 千晃くんは私のクラスメイトであり、弓道部に所属している。あまり口数は多くないけど、話してみたら素敵な人だし、かっこいい。隠れファンが多そうなタイプだ。

 あまり寒くないのか、コートは着ておらず、代わりに灰色のマフラーをつけている。スタスタと自分の席へ向かって、スマホを取り、リュックにしまう。そして、私の方を、見る。


「なに?」

「あっ、ごめんね!なんでもない!」


 私は千晃くんのことが好きだ。千晃くんが私のことをどう思っているのかは分からない。

 もしかしたらこれは、千晃くんと帰るチャンスなんじゃない?自然な感じで話しかけられたら…!


「電気消すよ」

「はい!」


 話しかけられない。いざ口を動かそうとしても、喉が機能しない。けど千晃くんと校舎を出ることはできた。

 やっぱり外は冷たいが、私はそれどころではないくらい暑かった。もう暑すぎて汗をかきそうなほどだ。


 なにを話すべきだろう。なにから言うべきだろう。脳内がホワイトアウトしてしまう。『怖い』が浮かんでしまう。汗をかきそうな変なやつだと思われているだろう。でもしょうがないじゃん。だって君のことが好きなんだ。少しでも良い印象を持ってもらいたいんだ。可愛いって思ってほしいんだ。他の子と比べてしまうんだ。だから、今、言ってしまいたくなるんだ。

 私、『冷静』も忘れてしまったみたい。


 不意に立ち止まって、千晃くんのブレザーをつまむ。

 やっぱり千晃くん、身長高いなぁ…。


「千晃くん、好きだよ」


 それを言った途端に刺すような北風が吹き、カイロが暖かさを失いつつあることに気づく。指が、足が、寒さで震え出す。

 けどそんな私の手は千晃くんのあったかい手に包まれた。


「俺も好きだよ、美晴みはる


 ああ、この気持ちだけは、忘れないでいたいなぁ。

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