第25話 祟りと墓荒らし

 ヘグニのぴりぴりした気配の威圧感のせいか、道中の馬車の中は、ほとんど会話もなく静かなままだった。

 お陰で、ユーフェミアとヘグニの関係や、なぜ墓が怪しいと思ったのかまでは聞かれず、ユーフェミアはほっとしていたのだが、それにしても、なぜヘグニがこんなに緊張しているのかは聞けないままだった。

 馬車の走っている道は、いつしか草に埋もれ、ガタガタ道に変わっていた。既に誰も住まなくなった村を通り過ぎ、その先には、遠くの方に崩れかけた屋敷のようなものが見えているだけだ。

 「す、すごく揺れ…ますね」

ユーフェミアは、椅子から転げ落ちないようにしがみついている。

 「本官も、この辺りまで来るのは初めてだ。おいアトリ、本当にこっちで合っているのか?!」

 「オレは道なりに進んでるだけですよ。っていうか、その道がもう見えなくなっちまってるんですけどね。合ってるかどうかは、ヘグニのジイさんに聞いて下さい」

 「…この先だ。真っ直ぐに行けばいい」

ヘグニは、ぼそりと呟くようにそれだけ言った。

 「真っ直ぐに行けば、石造りの塚が見えてくる。この辺りには他に何もない」

 「あの、お墓参り…とかは、誰も行かないんですか?」

ユーフェミアが尋ねると、老人は、小さくため息をついて首を振った。

 「最後に訪れたのは、前の族長ゴジが亡くなられた時です。それからは誰も近づいていません」

 「…そう」

それなら、道が草に埋もれてしまっても当然だろう。だが、あの三人組は本当に、こんな何もない草原を突っ切っていったというのだろうか。

 (方角があっているかも分からない。もう一度、”探し物”のルーンが使えればいいんだけど…)

ちら、と御者台の男と、同乗している警官のほうを見やる。

 アトリはなんとなく信用ならないし、クリーズヴィ家の人間だと明かした時にどんな反応が返ってくるかはもう知っている。オッタルは島の外出身で、魔法など信じていないか、信じているとすれば大騒ぎするだろう。

 どちらにしても、あまり望ましい展開にはならない。手の内を晒すような真似はしないほうがいいだろう。

 馬車は走り続け、黙ったまま時は過ぎていく。


 やがて、御者台のアトリが声を上げた。

 「ああ、見えてきた! あったぜ、ジイさん。あの小山みたいなやつがそうだろ?」

振り返って窓の外を見やると、確かに、行く手に草に埋もれたこんもりとした丘のようなものが見えていた。その手前には古めかしい文様の描かれた柱のような巨石が立ち並び、門を形作っている。丘の上には祭壇があり、明らかに尋常ではない雰囲気が漂っている。

 「わ、わあ…」

ユーフェミアは思わず、なんとも言えない声を出していた。

 (これが、…お墓? ほんとに?)

思っていたものと全然違う。

 中央島セントラルでは、墓といえば郊外にある集合墓地のことで、小山の下に掘られた地下道に遺骨をまとめて収納していくというものだった。入口には埋葬者の名前を記した帳簿と献花台があり、墓参りに来た人はそこで花や供物をすることになっている。ただ、それだけの無味乾燥な場所。父も母も、そこに収められている。

 だが、いま目の前にある小山は、墓というよりは「儀式の場」とか「遺跡」と表現するほうが妥当なように思える。墓参りに来るほど気安い場所ではない――少なくとも、頻繁に訪れたいと思うような場所ではない。

 中央島セントラルでは肉体の死とともに終わる一生が、ここでは、死後も繋ぎ止められているような感覚を覚える。死者がそこに存在し続けているような、まだ役目が終わっていないような、そんな。

 馬車が止まると、最初に降りたのはヘグニだった。ユーフェミアも、あとに続く。

 近づいてみると、塚の入口のあたりの草が踏み潰されているのが分かった。馬が草を食んだような跡と、糞も落ちている。最近誰かが訪れていたのは、間違いなさそうだ。

 「やはり、ここか」

ヘグニは怒りを押し殺した声で呟くと、門扉のように立ち並ぶ石柱の間で深々と頭を下げた。

 「族長ゴジ。申し訳ございません、立ち入らせていただきます。すぐに無礼者どもをつまみ出しますゆえ」

 「……。」

ユーフェミアも、それに倣って軽く頭を下げる。

 石柱は、参道のように小山のほうに向かって続いている。行く手には石で閉ざされた入口があり、扉の上には見覚えのあるルーンが描かれている。

 「あっ、これ。お屋敷で見た…大事なものを隠す時に使うルーンね?」

 「ええ。扉を開くには、このルーンをなぞるのです。これが使える者ならば開くのは簡単ですが、そうでないならば…。」

ヘグニは周囲を見回し、草むらの中に転がっている泥だらけのスコップと懐中電灯に気づいて、近づいた。

 「やはり、力づくで穴を開けようとしたようですな」

と、そこへ、遅れてアトリとオッタルが駆けつけてきた。

 「おい、ジイさん。置いていかねぇでくれよ」

 「何か見つけたのか?」

警官は、老人が黙って指さしたものに気づいて、はっとした顔になる。

 「本当に、こんなところまで…。」

 「近くにいるかもしれん。探して来る」

そう言って、ヘグニは塚の裏側へと周っていく。

 「オッタルの旦那。オレらも見て回りましょうや」

 「そ、そうだな…しかし、見た所、近くには居なさそうだが…」

アトリたちは、懐中電灯を手に塚から少し離れたあたりを探し始めた。

 ユーフェミアのほうは、小山の上が気になって斜面を少し登ってみることにした。ここへ向かっている時、丘の上に何かあるのが見えて、気になっていたからだ。

 塚の上に登るのは、それほど難しくはなかった。上がってみると、そこには大きな長方形をした石組みが作られていた。周辺には、わずかながら炭の跡のようなものが散らばっている。

 (これ…。火を燃やした跡? あっ…)

燃えカスの中に、炭化しかけた布切れのようなものがあるのに気づいた時、ユーフェミアは、その石組みが何なのかに思い当たった。

 火葬台だ。

 (…そっか。ここでは、お墓の上で火葬をするのね。それで…。)

顔を上げると、通り過ぎてきた廃墟と化した村が見えた。さらに、その向こうのフェンサリル村まで。

 これなら、火葬の火は周辺の集落のどこからでも仰ぎ見られたはずだ。それは、一族の長である当主の死を、この地に住まう全ての人々に知らしめる絶望の印となったことだろう。


 けれど、それももう五年も前のことだ。

 火葬台は沈黙し、遺骸の欠片も、匂いも何も残されていない。クリーズヴィ家の最後の当主の死に嘆きの声を上げただろう古老たちも、既にこの世には居ない。今のこの場所は、中央島セントラルの墓地と同じ、既に「終わった」死を示す場所に過ぎないのだ。

 …そう思うことにした。


 周囲に誰もいないのを確かめてから、ユーフェミアは、もう一度”探し物”のルーンを試してみた。

 探している人物は、きっと遠くには行っていない。光はすぐ近くを指し示すだろう、と思っていた。

 だが意外なことに、その光はどこも指し示さなかった。

 「あれ?」

ルーンを描いた板の確度を変えたりしながらきょろきょろ見回していた彼女は、はたと気づいた。

 真下だ。

 光は真下、足元を指し示しているのだ。ということは、ニッキーたちは既に、墓の中に侵入している。

 (大変…! うちのお墓が荒らされちゃう)

彼女は、慌てて塚を駆け下りてヘグニを探した。

 「ヘグニさん!」

 「…ああ、ちょうど見つけました。ほら」

老人は、険しい表情で目の前の石壁を指した。

 いくつかの石が引き剥がされて転げ落ち、その奥の土が取り除かれて、ぽっかりとした穴が開けられている。小柄な人間なら通り抜けられるくらいの大きさだ。

 「おい、中に誰かいるのか?! この、不届き者どもめが! 今すぐ出てこい!」

ヘグニは、穴の中に向かって怒鳴った。声を聞きつけて、警官たちも駆け寄ってくる。

 「どうした、ジイさん」

 「うわ、なんと…。墓に穴が空いているではないか」

オッタルは慌てて、さっき拾った懐中電灯で穴の中を照らしている。

 「…うーん、暗くてよく分からんな。おい、誰かいるのか?! 警官のオッタルだ。中にいるなら出てきなさい!」

だが、闇の中には動く気配はなく、しん、と静まり返っている。

 警官は諦めた様子で懐中電灯を消し、肩をすくめた。

 「もしかしたら、もうここにはいないのかもしれませんな」

 「けどさ、ここに来てたのは間違いない。近くに屋敷みたいな廃墟があっただろ? あっちも探してみっか」

 「それがいいでしょう」

意外にも、ヘグニはアトリの意見に同意した。

 「ここには馬がいない。近くで何かを隠しておけそうな場所は、あそこだけだろうな。わしらは、もう少しこの辺りを探してみる。他に落とし物があればあとで知らせよう」

 「では、そうしてくれると有り難い。では、アトリ。行こうか」

 「あいよ」

怖がりのオッタルは既に及び腰で、早く墳墓から離れたがっている様子だった。それが分かっているから、アトリはニヤニヤしている。

 よそ者たちが馬車に乗り、塚を離れていくのを確かめたあと、ヘグニは、やれやれというように肩の力を抜いた。

 「これでようやく、落ち着いて墓のご案内が出来ますな」

 「そうね、ありがとう…」

ヘグニは、ユーフェミアがあの二人にクリーズヴィ家の人間だということを隠したいのだと気づいて、敢えて遠ざけてくれたらしい。

 祖父のエイリミが唯一、信頼して最後まで身近においていた使用人だという理由も、今なら分かる。この老人は、ただクリーズヴィ家に忠誠深いというだけではない。察しが良く、機転の効く素晴らしい従者でもあるのだ。


 再び塚の入口に戻ったヘグニは、入口を閉ざしている岩の上にあるルーンの痕跡をさっとなぞった。ズン、と重たい音がして、目の前の岩戸ではなく、すぐ脇の石がずれて、人ひとりが立って入れるくらいの穴を出現させる。

 隠し扉なのだ。クリーズウィ家のお屋敷の、黄金の杯の隠されていた場所と同じ。

 穴の中からは、黴びたような匂いのする重々しい空気が流れ出してくる。墓なのだから当然といえば当然だが、最後に開かれて以来、ずっと閉ざされていたのだ。

 「わしが先に入りましょう」

そう言って、大柄なヘグニは肩を斜めにしながら塚の奥へ入ってゆく。ユーフェミアはすぐに後に続いた。

 ヘグニが入口の壁に”灯り”のルーンを描くと、意外にも広々とした空間が目の前に現れた。奥へ向かって続く石で舗装された真っ直ぐな回廊と、両脇に並ぶ岩棚。棚の上には、遺体を焼いたあとで残った遺骨を収めている壺が整然と並べられている。

 見えているだけで、数百体ぶんはあるだろうか。しかも、入口からすぐ脇には地下へ潜るための階段もあり、見えているだけが全てではなさそうだ。ことによったら、千に及ぶ遺骨が収められているのかもしれない。

 ユーフェミアは目眩がしそうになった。

 (これ全部、私の親戚かご先祖様ってこと…?)

 この塚の内部には、一体、どれだけの人数の一族の人々が収められているのだろう。一体、いつの時代からここは使われていた? もしかして、霧の中で見た千年前の人々の遺骨も、ここにあるのだろうか。

 辺りを見回しながら歩き出そうとした時、足元に、何かぐにゃりとするものを踏みつけた。

 「きゃっ…」

 「どうされました」

外から穴を開けられた奥の壁のあたりを調べていたヘグニが振り返り、眉を寄せた。

 「…これは」

実際には開かない石の扉の前に、少女が蒼白な顔をして倒れている。扉の内側には、引っ掻いたり体当たりをしたりしたらしい痕跡が残されている。どうやら、出られなくなったか何かでパニックに陥ったらしい。

 「一人は見つかりましたか。あとは…」

 「ちょっと待って」

ユーフェミアは、”灯り”のルーンを自分用にもう一つ描いて、辺りを照らし出す。

 「…あっ…それ…そこにあるのって…」

 「む…」

遺骨棚の隙間に、へしゃげたような白い腕が落ちている。その先に、体が繋がっているのは間違いないはずだった。――繋がっているとしても、普通はあり得ない角度だが。

 つまりは、死んでいる。

 扉は閉じていたから、奥から入って、中で何かがあってこうなったのだろう。首筋の後ろのあたりがチリチリする。嫌な空気が奥の方から漂ってくる。

 「ユーフェミア様、汚れ仕事はわしが。先に外に出ていただけますか」

 「ええ、でも…」

ユーフェミアは、まだ息はありそうだが泡を吹いて気絶しているニッキーと、既に死んでいるだろうその連れの男とを見比べた。

 ただ墓に侵入しただけでは、こうはならない。彼らに一体、何が起きた?


 その疑問に応えるかのように、塚の中の空間全体が軋むような音をたて、地面が微かに揺れた。

 ”灯り”のルーンの効果が一瞬にしてかき消され、辺りは暗闇に包まれた。

 次の瞬間、ルーンのものではない別種の青白い光がいくつも遺骨棚の間に灯り、人影のようなものが、回廊の真ん中に陽炎のようにゆらりと立ち上がるのが見えた。

 それは、長いローブをまとった老人の姿をしていた。背が高く、口ひげをたくわえ、腕には重たそうな腕輪を嵌めた威厳ある男。

 この塚に葬られた死者の幽霊なのか。まさか、幽霊などというものが実在するなど思っていなかったのだが――

 「そんな…!」

ヘグニが何かに気づいて叫ぼうとするより早く、老人の幽霊は怒りに歪んだ表情で何かを叫び、不届きな侵入者たちに向かって腕を振り上げた。大柄なヘグニですらふっ飛ばされて、奥の壁に叩きつけられる。

 「い、いけません…エイリミ様…!」

 「えっ?」

次は自分の番だと思って両手で頭を庇っていたユーフェミアは、思わず、腕を下ろして幽霊の青白い顔をまじまじと見つめた。

 「その方は、ヘイミル様のお嬢様です…!」

 「もしかして、お祖父さん…?」

怒りに満ちて向かって来ようとしていた幽霊の動きが、ぴたりと止まった。

 青白い光が揺れる。

 恐ろしげに歪んでいた老人の顔は、驚いたような、不思議そうな、複雑なものに変わっている。枯れたような細い腕が伸び、ユーフェミアの髪を留めている髪飾りに触れ、それから、首元に掛けていた鎖の先の指輪を探し出して触れた。

 老人の表情が崩れてゆく。

 哀しげに微笑み、透明な両腕でユーフェミアを抱きしめるような仕草をした。

幽霊の言葉は分からない。透明な体にぬくもりは無く、抱きしめられた感覚も何もない。


 けれど、感情だけは分かる――


 「…ごめんなさい。戻って来るのが遅すぎました」

ユーフェミアが呟くと、幽霊は言葉にならない何かを口にして両手で自分の顔を覆い、その場に崩れ落ちるように膝をついた。

 幽霊の姿が消えていった時、ユーフェミアの手元に、何か重たい感覚が残されていた。

 もういちど”灯り”のルーンを描いて照らし出してみると、どうやらそれは、幽霊の腕にあった黄金の腕輪らしかった。

 「…そちらは、クリーズウィ家の当主の証です。族長ゴジ、エイリミ様が亡くなられた時、わしが骨壺と一緒にここへ収めました」

 ヘグニが、肩を押さえ、片足をひきずりながら近づいてくる。

 「どうか、そのままお持ちください。エイリミ様がユーフェミア様に託されたものですから」

 「それより、ヘグニさん、大丈夫ですか?」

 「軽い打撲で済みました。しかし…やれやれ。エイリミ様だけでなく、歴代のご当主様方は、相当お怒りのご様子だ。後日、改めて鎮めに参らねばなりますまい」

地鳴りのような響きは、エイリミの幽霊が消えたあとも収まらず、地の底から湧いてくるかのように辺りを満たしている。

 「長居はしないほうがよさそうね。もう一人が見つからないけど、いったん外に出ましょう。アトリさんたちもそろそろ戻って来るはずだし」

 「そうですな」

ユーフェミアは、腕輪をポケットに隠して外に出た。後に続くヘグニは、侵入者である若者たちの体を担いで外に押し出した。

 塚の入口を元通り閉ざした時、ちょうど、アトリの馬車が戻って来るのが見えた。馬車を走らせているのはオッタルで、すぐ横を、馬に乗り、さらにニ頭の馬を引っ張っているのはアトリだ。

 塚まで戻って来ると、アトリは馬から飛び降りて、ヘグニの足元に転がっている若者たちを見やった。

 「うへ、死んでるじゃねぇですか。どうしたんです、これ」

 「一人は生きている。正気に戻るかどうかはわからんが」

と、ヘグニ。

 「…塚の祟りにでも触れたんだろう。だが、二人しか見つからなかった」

 「それなら問題ないっすよ。もう一人は、馬と一緒に無人の屋敷跡に隠れてたんだ」

言いながら、彼はオッタルが不器用に馬車を停めるのをニヤニヤしながら指さした。どうやら、オッタルは馬の扱いにあまり慣れていないらしい。

 「オッタルの旦那、ジイさんたちが残り二人も確保してくれたみたいですぜ。一人は死んでますが」

 「何?! …」

御者台を飛び降りてきた警官は、事切れている若い男の遺体に駆け寄って、眉を寄せた。

 「どういう状況だ、これは…体がねじ曲がっているじゃないか。竜巻にでも巻き込まれたようにだ。それなのに、血が一滴も出ていない…いや、残っていない? こんな殺し方は人間業じゃない」

 「人間じゃねぇものにやられた、ってことでしょうね」

アトリは、唇の端を吊り上げて、塚を見上げた。

 「ま、この辺の人間がむやみに塚に近づかないのは、ただの迷信じゃねぇってことでしょう。さっき捕まえた三人目の男も言ってたじゃないですか、『墓の中から地鳴りや声が聞こえてきて怖くて逃げた』って。ありゃ言い訳じゃなかったってことです」

 「……。」

オッタルは、既に真っ青になっている。どうやら、島の外で生まれ育ったこの男は、幽霊や呪いなど、不思議な現象の類にはめっぽう弱いらしい。

 「し、しかし、墓の祟りで死んだなど、調書には書きようがないぞ…」

 「なら、古い墓で落盤に遭った、とでも書いておくといい」

 「ん? ヘグニのジイさん、あんたもケガしてんのかい」

 「…大したことはない。墓の中でつまずいて、転んだだけだ。それより、三人目の男は何も持ち出していなかっただろうな?」

アトリは貨物馬車に近づいて、中で小さくなって縮こまっている男を鋭い瞳で覗き込んだ。

 「おい、貴様。墓荒らしの不届き者め。持ち出したものがあるなら出せ。さもなくば、お前も仲間たちと同じ目に会うぞ。生きてフェンサリルから出られると思うなよ」

 「ヒッ…」

若者は真っ青になって震え上がり、涙を流す。

 「な、何も、持ち出す暇なんて無かったよう。おれは、外で見張ってる役だったんだ。二人が中に入っていったら墓が揺れだして、恐ろしい声が地の底から響いて…怖くて…逃げた馬を集めるので精一杯だった…」

 「つまり仲間を見捨てて自分だけ逃げた、ということか。ふん、腰抜けめ」

心底軽蔑したような口調で言って馬車を離れると、ヘグニは、アトリたちのところへ戻ってきた。

 「遺体はその貨物馬車に載せて持って帰れ。馬を貸してくれれば、わしらは別に村に戻る」

 「なら、こいつを使ってくれ。ホテルの厩番には言っとくから」

アトリは、連れていたニ頭の馬の手綱をヘグニに渡した。

 「え、私、馬なんて乗ったことない…」

と、ユーフェミア。

 「お教えしましょう。簡単ですよ」

 「大丈夫かなあ…」

ヘグニに手伝ってもらって馬に乗ったユーフェミアは、おそるおそる、馬のたてがみに触れた。

 (…あ)

不思議と、その感覚が懐かしい気がした。

 馬に触れるなど、間違いなくはじめてのはずなのに、どこか、記憶の深いところから感覚が蘇ってくるような気がする。もしかしたらフレヴナの体験を思い出しているのかもしれない。

 ただそれは、寝ぼけている時の夢のような、はっきりしない感覚だ。

 どうすればいいのかは何となく分かるが、すぐには動けそうにない。

 「大丈夫そうですな。それでは、馬の腹を軽く蹴るのが進めの合図、手綱を引くのは止まれという合図。速度を落としたければ、軽く手綱を引くようにしてください」

 「は、はい…。」

ユーフェミアの乗る馬が、ヘグニについてぎこちなく走り出す。どうやら、前に進むことくらいは出来そうだった。


 しばらく馬を走らせたところで、ユーフェミアは、塚の方を振り返ってみた。

 貨物馬車のほうも、ゆっくりと走り出している。遺体と、まだ生きている二人の若者を乗せ、これから、丘の上のリゾートホテルに戻るのだろう。行方不明になっていなかったのは良かったが、全員無事とはならなかったのは残念な結果だ。

 「この島では、墓荒らしは重罪です。生き残った者たちは島外に追放され、二度と戻っては来られんでしょう。罪は償われなければ」

隣に馬を走らせながら、老人は、重苦しいため息をついた。

 「…とはいえ、塚を荒らされてしまったのは…代々の族長ゴジたちに申し訳ないことをいたしました。あの穴は、明日にでも村の者たちに声をかけて塞いでおきます。」

 「ヘグニさんのせいじゃないですよ。あの人たちがここへ来た目的をローグさんに聞いていたのに、昨日のうちに何もしなかったのは私なんですから」

 「やはり、余所者などろくでもない連中ばかりだ。禁止された場所にも入り込む。勝手にあちこち嗅ぎ回る。ここの生活を乱す。迷惑極まりない」

ユーフェミアの言葉はほとんど聞こえていないらしく、ヘグニはぶつぶつと、これからどうすべきか、見張りを立てるべきなのか、など呟いている。

 (本当は私も、余所者みたいなものなんだけどな…)

ユーフェミアは、心の中で呟いた。

 よその島で育ち、この土地のことはほとんど何も知らない。それに、あちこち嗅ぎ回ろうとしているのは自分も同じだ。

 いくら父方の血筋がこの土地の出身だからといっても、自分の根本は”中央島セントラル生まれの中央島セントラル育ち”のままなのだ。

 考え方も、常識も、アスガルドの住民たちとは違う。言ってしまえば、あの、墓荒らしのニッキーたちのほうに近い異物ではないか。


 それに、彼女にはすでに分かっていた。

 このフェンサリルが滅びを、――”過疎化”という滅びを免れるには、島の外から流れ込む文化を、異質な文明を受け入れるより他に道は無い。そのことを、一体どうすればヘグニたち村の人々に分かってもらえるだろうか。

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