第2話異世界


「くそっ…あのキャラクリ、不親切設計だろうが!」


 

思わず声を荒げてしまった。


 

普通ならスキルを選ぶ際に、確認ウィンドウが一つくらい出るものじゃないのか?「一度決めたら選び直すことはできません」→こんな注意文を期待していた俺が甘かったのか。

 


だが、実際にはスキルを押した瞬間、すべては決定されてしまった。後戻りも修正もできない。



気づいたのは、炎因子を習得した直後だった。


 

画面を見れば、残っていた他のスキル候補はすべて灰色に変わり、指先で触れても反応すらしない。


 

まるで「もう選択肢は残っていない」と言わんばかりに。


 

俺の現在の習得スキルは以下の通りだ。


剣術5

冷静

身体強化(常時)3

そして、衝動で選んでしまった【炎因子】。


 

スクロールしても、追加はなし。


 

「…炎の因子ってこれ、宝の持ち腐れじゃね?」


 

火系統の魔法を覚えなければ半分も役に立たないスキル。それが炎の因子を持つ俺が出した答え。


 

攻撃力に直結するわけでもなく、剣術とも相性はよくない。ただ「限定」という言葉に釣られた結果がこれ。

 


胸の奥に、じわじわと後悔が広がっていくが、



【まもなく、終点●●~】



その音声を聞いたとき、次で降りなくてはいけないと思った。



降りなかった場合のことなんか考えられず、残りのキャラクリをすぐに終わらせなくてはいけないと思った。



プシューーーー    



【ご乗車ありがとうございました。降りられた後も、お忘れ物や落とし物にご注意ください】  



「…マジかよ」  



思わず口をついて出た言葉に、返す者はいない。辺りに人影はなく、ただ鳥のさえずりと、どこからか流れてくるせせらぎの音だけが世界を満たしていた。



背後を振り返ると、電車などもうなかった。あるのはただ、続く森の小道と揺れる木の葉。あの車両ごと、現実すらも消えてしまったかのようだった。森は静かだったが、その静けさには不気味さがなかった。    



「異世界、なのか…」  



言葉にしてみても実感はまだ遠い。だが、目線の高さがいつもより違う。腰も節々の痛みもない。



何より

「俺、めっちゃ美声じゃない?」



驚いて自分の喉に手を当てる。細い。声だけじゃない。指も小さく、肌はやたらすべすべしている。水面を探すまでもなく、自分がどうなったか理解した。

 


「…性別、女にしたんだったな」



自分の性別を再確認したところで、さて、これからどうするかな。



人が住む場所を目指すのは決定として。餞別で貰った初心者応援パックの中身は旅人の服・布鞄・金貨5枚・初心者御用達の銅剣・食料(干し肉:コンビニの一番小さい袋分)(飲み水:2000mlぐらいか?)



食料も飲み水も3日持てばいい方。つまり三日以内に、この森で生き延びる術を確立しなければならない。



「ウォーターボール!」

 


腕を前に突き出し、意を決して叫ぶ。



何も起きない。


 

「ウォーターボール! ウォーターボォル!」


 

声を張り上げても腕を振り回しても、乾いた風が肌を撫でるだけだった。水滴の一つすら現れない。

 


「魔法くらい出させてくれよ!?ここ異世界だろ!!」

 


赤毛をかきむしりながら、ため息が漏れる。


 

冷静にステータス画面を見直せば、魔法スキルはひとつもない。あるのは、剣術と冷静、身体強化、そして炎因子だけ。



「そりゃ出ないよな」



現実は残酷だ。空の手のひらを見つめながら、背負っている干し肉と水筒の重みが、やけに頼りなく感じられた。

 

 

ガサリ



反射的に音のした方へ顔を向ける。


 

森の奥から、低い唸り声。四つ脚で地を抉りながら姿を現したのは、牛のように角を生やした巨大なイノシシだった。


 

「は?」

 


体格は軽トラ並み。鼻息だけで地面の落ち葉が舞い上がる。視線が交わった瞬間、相手の瞳がぎらついたのが分かった。



Gaaaーー!!



咆哮に近い威嚇音が森を震わせる。鼓膜が痺れ、皮膚の表面にまで圧が伝わってくる。人生初めて生き物の殺意を感じた瞬間だった。

 


「はは、やべぇな」

 


乾いた笑いが漏れる。だが、笑っている場合じゃなかった。

 


瞬きに、イノシシは俺との距離を詰めたのだ。轟音と共に突進してきた巨体に反射的に身を横に投げ避ける。直後、俺の背後で轟音が弾けた。



後ろにあった木が、角で薙ぎ払われるように根元から折れる。樹皮が裂け、木屑が雨のように降り注ぐ。

 


「…嘘、だろ」


 

もし、避けていなかったらと考えるだけで…ゴクリっ。



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