赤の他人
トマトバジル
第1話鉄道会社
【まもなく○○線上り、終電がまいります…】
カツカツ
案内放送と階段を下りる靴音だけが深夜のホームに響き渡る。
くそっ
この一本を逃せば、俺は朝までネットカフェで寝泊まりすることになる。それに明日は週に2日しかない休日。誰にも邪魔されず、貯めていたアニメを朝から消化できるチャンスなのに!?
「間に合え…!」
そんな思いが通じたのか扉が閉まる前に俺は車内へ飛び込むことが出来た。扉は背中すれすれで閉まり電車がゴトンと音を立てて動き出す。
「はぁはぁ」
安堵と疲労が一気に押し寄せた。
俺は、その場に崩れ落ちるように空いていた端の席に腰を下ろした。濡れた額から汗が一筋、呼吸を無理やり整えながら目を閉じる。
ーーあいつさえ、あの上司さえ、余計な仕事を押し付けてこなければ。
「この資料、明日までにまとめてくれる?」
一言だった。
そのたった一言で、俺の自由な夜は消えた。
「…いつまで、こんな生活が続くんだろうな」
上司からは毎日のように雑務を押し付けられ、当然のように残業まで強いられる。
一方で同期たちはというと、上司のご機嫌取りを上手くこなし、軽い仕事を割り当てられたりしているのだから、やるせない。
彼らの態度は次第に露骨になり、俺は会話の端々に混じる嘲笑や軽蔑の色に気づかないふりをするのが精一杯になった。
そんな扱いを受けている自分に、もはや悔しさよりも虚しさの方が勝ってしまうのだ。
自分の時間も気力も、すべてが少しずつ削られていく。毎日同じような業務に追われて、気づけば日付が変わっている日々。
「はぁー」
このまま目を閉じたままでいると寝そうだな。 起きるか…
「…。」
誰もいない。 気づけば、乗っていたはずの人々の姿は消え、聞こえるのはレールの上を滑るような振動音だけに。
「はは、俺、疲れてるのかな」
乾いた笑いが出る。
窓の外、そこには見慣れた都市の風景ではなく、宇宙が広がっていた。無数の星々が輝きがまるでプラネタリウムの中に放り込まれたかのようだった。
俺は顔をこわばらせながら、窓に手を当てる。冷たいガラス越しに感じる非現実。現実感が少しずつ遠のいていくのだ。
「スマホは…圏外」
隣の車両へ行こうと引き戸に手をかけても、ドアは微動だにしない。力を込めても叩いても、まるで壁のようにそこに立ち塞がっているようだった。
他の扉も窓も、結果はすべて同じ。
全ての出口が閉ざされている。
「…夢。そりゃそうだよな。こんなの現実じゃない」
俺はため息をつき、元の座席へと腰を下ろす。
すると、空中に光が揺らき、ディスプレイが何の前触れもなく現れる。
無音のまま、そこに文字が浮かび上がり、【キャラメイクをしますか?】と問われた。
ほんの少し目を閉じただけのつもり、だったんだがな…。
* * * * *
「スタートは5歳以上がおすすめ」
ふーん。
なら10歳で。
30歳になってから、腰痛が増したから年は取りたくないと思っていたところだ。
「髪色とか選択できるのか」
金髪と赤とか染めて見たかったんだよね。
でも、金髪だとヤンキーか王子様系のイメージがあるな。俺の性格的に金髪は合わない気がするから赤にしとくか。
「いや~キャラメイクは、どの年になっても楽しいもんだな!」
夢をいいことに、性別を逆にしてみたり。
「名前は無難にユウかな?」
俺の生来の名前、勇太からウを取ってユウ。これなら名前を呼ばれても反応できそうだ。
______________
限定!おすすめスキル【炎因子】
01:02.34(約1分)
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「お買い得商品!」
目の前に浮かび上がった赤いウィンドウに、その文字は躍るように表示されていた。時間制限つき、残りわずか1分。
表示されているのはスキル【炎因子】。
限定、特別、今だけ。人間はどうしてこういう言葉に弱いのだろう。俺もその例外ではなかった。
【スキル〈炎因子〉を習得しました】
このキャラの代名詞は「私に燃やされたくなければ近づくな」かな?
いや、でも魔物とか目の前にして先陣を切って「俺に任せろ!」と先陣を切る俺っ子キャラもいいな~。
【構築中断物を再利用します】
淡々とした文字が浮かぶ。
年齢:10歳 → 12歳
なぜかデータが勝手に書き換えられ、年号が少しずれたけれど、そんなものは誤差の範囲だろう。俺にとって問題なのは、そこではない。
ーーそれよりだ。衝動的に取ってしまった【炎因子】。いったいこれは、どんなスキルなのだろうか。
説明文を読み返す。
熱は火力となる
それだけの文字が、説明欄に淡々と刻まれていた。
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