視力考査
見慣れない布地の仕切りと、落ち着かない雰囲気が視聴覚室を支配している。床も、カーテンも、壁も天井も異なる白で構成されている。十分の一アンミカくらいはあるだろう。
視力検査の待機列をなしている男子は二十一名、たった今出席番号一番の赤池が検査を終えたところだ。高校生ともなると、待ち時間にすることは、おしゃべりをしたり、SNSを見たりなどまちまちである。苗字がわ行であるぼくは、かなり時間を持て余していた。
ぼくの一つ前の森谷は、俯いて、じっとしている。手には本を持っていることが分かった。なにやら図があるようだが、詳しくは見えない。受験勉強だろうか。三年生になったのだから当然と言えば当然だが、森谷は考査で高順位を取っているから、さすがである。
じっと見すぎたせいで彼が視線に気付いたのか、顔がこちらへと振り向いた。
「えらいな、なんの勉強?」ぼくは気さくなふうを装う。
「ああ、視力の」森谷はすました顔で答える。
「は?」
「この学校で過去十年行われてきた視力検査の解答を入手したんだ。今暗記してるとこ」
彼は、ぼくに本を寄越した。見てみると、さきほどぼんやり見えていたものは全てランドルト環だった。左上に「二〇二三年度」と書いてある。正気か?
「えっと、よく分からないんだけど」
「まあ、赤本みたいなものだと思ってくれればいい」
「バカモンの間違いじゃ?」
「え?」
「いや……で、なんでそんなことを?」
「愚問だよ」
「まあ、愚かしい答えしか得られないことは認めるけど」
「ただね、これもせっかくの縁だから君にだけ教えるが、右目の五問目の答えは必ず「下」になっているんだ。少なくともここ十年はね」
「そう……」ぼくは去年の視力検査を思い出そうとしたが、当然全く記憶はなかった。
「対策するもしないも自由だが、俺の視力検査の欄は、間違いなくAが並ぶだろうね。この間の全統模試と同じさ」彼はぼくから赤本を回収して、「そろそろ勉強に戻る。またな」と付け加えて定位置に戻った。
ぼくは努めて森谷の方は向かずに、スマホや文庫を見て待機時間をやり過ごし、ノー勉(?)で視力検査をパスした。今日の午後の授業は、健康診断のためカットされている。金曜日だし、カラオケにでも行こうかと校舎をあとにした。
次の月曜、森谷は分厚く膨らんだメガネをかけて教室に現れた。
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