第10話 黒薔薇の旗、揺れる王都
血の匂いがまだ残る評議会の広間。
リヒトは混乱の最中に姿を消し、残されたのは恐怖に怯える貴族たちと、震える王太子だけだった。
私は剣を下ろし、広間に告げた。
「――ここに宣言します。わたくしは冥王の婚約者として、この国に巣食う腐敗を裁く。誰であろうと、罪を隠すことはできません」
その言葉と同時に、胸元の印が光を放ち、黒い薔薇の紋が床に浮かび上がる。
人々の視線がそれを見て、恐怖と憧れがないまぜになった声をあげる。
「冥王の花嫁が……裁きを下す……!」
「黒薔薇の印だ……」
「彼女こそ、新しい秩序の象徴……!」
噂は翌日には王都全域に広がった。
石壁や扉には、誰が描いたのか黒い薔薇の落書きが次々に現れた。
民衆はそれを「裁きの証」と呼び、声を潜めながらも確かに支持し始めていた。
◇
一方で、リヒトの姿は王都から消えていた。
残された密書から、彼が反乱軍を組織し始めたことが判明する。
辺境に不満を抱く領主たちを集め、「冥王の花嫁に支配される前に王国を守れ」と煽っているのだ。
『蛇が逃げただけだ。いずれ牙を剥いて戻ってくる』
アルヴィンの声が、夜の鏡越しに届く。
私はその瞳を見つめ、力強く頷いた。
「逃がしはしません。彼を討ち、腐敗の根を断ち切る」
『ならば次は、民の心を完全に掴め。力だけでなく、信を得てこそ王国を変えられる』
彼の言葉に、私はふと息を呑んだ。
民を導く――それは、私ひとりでは背負いきれない重さ。
「……あなたは、その隣にいてくれますか」
問いかけると、アルヴィンはわずかに笑った。
冷たいのに、どこか甘い微笑。
『忘れたか。お前は私の花嫁だ。隣以外の場所に立つ理由があるか?』
胸の奥が熱に満たされ、言葉が喉で震えた。
復讐のための契約が、いつの間にか心を縛る絆に変わっている。
◇
翌朝、王都の広場では黒薔薇の旗が翻った。
誰が掲げたのかは分からない。けれどそれは民衆の合言葉となり、城門近くには群衆が集まり始めていた。
「レイナ様を! 冥王の花嫁を!」
「腐敗を裁け!」
声は次第に大きくなり、王都を震わせるうねりへと変わっていった。
その声を窓から見下ろしながら、私は短剣を握った。
復讐の炎は、やがて革命の火となる。
そしてその隣には、冥王――アルヴィンの影が確かにあった。
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