それから
俺らは恋人ではない関係になった。
世間一般では浮気というのだろう。
金曜の夜、もしくは土曜の夜に美月は俺の家に来るようになった。
俺の家、たまにどこか居酒屋で酒を飲み、俺の家で体を合わせる。そんな関係。
罪悪感はあった。しかし、その関係をやめたい。そんな気持ちにはならなかった。
土曜日の18時。またチャイムが鳴る。
「久しぶり」
「ひさしぶりじゃないだろ」
「確かに(笑)。先週も会ったね」
「彼氏によくバレないな」
「もー。先週もいってたよそれ」
「そうだったか」
「そうだよ」
美月が靴を脱ぎながら俺の家に入ってくる。
そこには罪悪感よりも、その彼氏に対する優越感の方が大きかった。
美月を見てるとあることに気が付いた。
「あ、そのワンピース」
「ん?ワンピースが何?」
「俺らが再開したときにそれ着てたよな」
「そんなこと良く覚えてるね」
「そう?」
何故だか俺は少し切ない気持ちになった。
「何?拗ねてるの?」
「拗ねてないよ」
そんなことを話しながらリビングへと向かう。
そして、俺が冷蔵庫から酒を取り出し、ツマミを用意し、美月と飲む。
仕事の話、最近起きたことの話、同級生の恋愛事情、話すことは案外ある。
たまに美月は例の彼氏の話もする。
よく浮気相手の前で堂々とできるな...と思いながら適当に話を流す。
そうしてると、大抵美月は
「何?不機嫌になってるよ?」
「なってないよ」
「なってるってば」
そう言って美月は俺のそばに近寄ってくる。
「もー。機嫌直してよ」
「だから悪くないって」
「ホントに?」
美月が俺の上半身に指をあてる。
どこか期待している自分がいる。
互いに期待しているのだろう。目があう。
美月の目もあの日と同じ熱っぽい目をしていた。
俺は美月の首に軽くキスをした。
美月を押し倒すとそんなに力を入れてないのに簡単に倒れる。
「ねぇ。ベッドでしない?」
俺は美月の顔を見た。
瞳、頬に熱を帯び、誘っているような顔であった。
「そうだね」
俺は起き上がり美月に手を差し出した。
美月は俺の手を取り起き上がる。
今日はなんだかベッドに行く前に我慢ができなかった。
そこに行く前に俺は美月の首にキスを落とした。
「もー、あと付けちゃダメだよ?」
…分かっている。そんなこと。
ベッドにつく前にその滑らかな肌に触れたくなる。
ベッドについた後にふと寝室の入り口を見ると、そこに脱いだ跡が残っていた。
甘い時間が終わった後、俺は余韻に浸ってしまう。
好きな人と何回も愛したい。そんな思いとは裏腹に美月を見るとその瞳には何が映っているのだろうか。少なくとも俺のことは映っていない。
俺はゆっくりと抜く。最後の最後まで美月に俺を感じて欲しいと思うのは俺の身勝手なのだろうか。
「シャワー浴びる?」
「...浴びるね」
美月はベッドから立ち去っていく。
俺はいつもそんな美月の背中を見ている。
美月は何を考えてるのだろう。少なくとも俺のことでは無い。
それを知っていても、この関係をやめられない。
切なくてもこの関係をやめられない。
唇にキスなんて一回もしたことはない。切ないから、拒まれたら。
美月が風呂場から出てきた。
「俺もシャワー浴びるね」
そう言って風呂場に行く。こんな関係になって3カ月経つが美月のシャンプーとトリートメントが置いてある。惚れた弱みなのか分からないが美月の頼みを断れない俺がいる。
風呂から出ると美月がリビングで髪を乾かしていた。
こんな感じであるが、美月が泊ったことは一度もない。
髪を乾かすと
「じゃあ、ありがとう」
そう言って玄関に向かう。
「送っていこうか?」
「玄関まででいいよ。そっちも仕事とかで疲れてるでしょ?」
恐らく、他に理由があるのだろう。
「じゃあ、玄関までで」
二人で玄関に向かう。
この時間ほど切ない時間はない。本当は抱きしめて引き止めたい。
できない。拒まれたら怖いから。
そんなことを考えてると玄関につく。
「じゃあ、また再来週ね」
「来週じゃないの?」
「ごめんね。ちょっと用事で」
たまに、こんな時もある。俺はこの用事が何か聞く勇気がない。
「そうなんだ」
そう言って笑顔で見送る。笑顔になれているのだろうか。分からない。
美月がドアを開ける。
「じゃ、また再来週の土曜に」
こうやって一人見送る。ドアの鍵をかける。
切ない。
湖に移る月 シアン @HCN_solt
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