ねこの美術館 カクヨムコンテスト

佐伯瑠鹿

第1話 ねこの美術館 前編

「参ったな。ここは何処だ?」

 すっかり夜も更けて、月明かりの灯とライトだけで、田舎道を車で走っていた。車好きが高じて、ドライブを趣味として楽しんでいたのだが、何処で道を間違えたのか、ドンドンと山深い場所まで来てしまっていた。

「やぁ~山の中に入ったつもりじゃなかったのにな。これは明るくならないと、道が分からんぞ。山道入口辺りで、濃霧に包まれた時に、間違えたか。流石にこんな細いタイヤでは山道は腰にきついぞ。痛くなってきた」


 そしていつの間にか数少なかった民家を通り過ぎ、今度の住宅地は全く人気のない明かりの消えた空き家が立ち並ぶ広場に出てきた。何処の家の扉にも窓にも人が入れない様に、板が打ち付けられている。

「怖ぇ~変な場所に来ちまったな。袋小路だったか。こんなに暗いんじゃ。帰りの下り坂は危険だ。しょうがない今回は此処で野宿するか」

 男はテントを張る為の良い場所を探す為に車から降りてきて、やっちまったなと深く溜息を付くが、何気に更にその先に視線を向けてみれば、小高い丘の上に少し暗いが洋館が建っているのが見えた。電気も付いている。

「おっ!もしかしてホテルか?俺みたいに道に迷う奴には、救いの神だ。テント張るより良い。シャワーも浴びられる」

 そのホテルに行くには、農道みたいな細い上り坂だった。どう考えても、自動車1台が通れる程の余地などない。円を描く様に立ち並ぶ廃墟の広場の広さからして、ここに停めておく場所と勝手に思うことにして、男は楽しそうに、イグニッションシリンダーからキーを抜くと、急いでその丘の上に建っているホテルへ向かった。


 それから数十分後。


「だぁあ~何だよ。行き成りどしゃ降りになるなんて、麓ではあんな綺麗に満天の星空が見えて綺麗だったのに」


 苦労してホテルに辿り着くが、ホテルだと思っていた施設は、実際にはホテルではなかった事に気がついた。どこを探しても、ホテル名の看板が無かったからだ。

 そして少し離れた窓際には猫のシルエットが動いているのが見える。その上よく耳を澄ませてみれば、ピアノを弾いているのか、音楽が聞こえる。


「あああぁぁー。何という事だ。普通の家だったのか。こんな立派な家の主人はさぞかし偉い人なんだろう」

 そんなことを思いながら、水浸しになっているであろう車に戻る為に後ろを振り返ると、先程より更に激しくなる雷雨。更には強風も付け足されたかの様に、激しくなって来ていた。これはもう帰さないぞと言っている様にも思えて来る。ここは無理は承知で、一晩だけでも泊めてもらえないかと、交渉するのも良いかもと、取り敢えず玄関先で濡れた上着を脱ぐと脇に抱える。ホテルではなかったのなら、どうせなら眼下の家みたいに、廃墟だったら良かったのにと思いながらも、ライオンの形が施されたドアノッカーを叩く。しかしいくら待っても主が出てこない。何度も叩いたが同じだ。滅多に人も訪れる事も無いだろうから、ここの主はピアノに集中し過ぎて、周りの音に気が付いてないのだろうと思う事にした。

「嵐みたいな雨音もあって更に聞きずらいのか?しょうがない。中に入ってから説明して」

 濡れた身体を早く温めたい。洋館に入る為にダメ元で、ノブを回すと何故か鍵が掛かってはおらず、少し開いた扉の隙間から光が漏れている。

「助かった。室内に入ってから、声を掛けよう」

 心を弾ませ玄関の扉を開けた途端だった。今まで流れていた音楽がピタッと止まったと同時に、今まで明かりも点いていたはずの室内も暗闇に包まれていた。


『…えっ?…何だ?』


 訳が分からないまま玄関先に突っ立っていると、行き成りの大爆音の雷の音に驚いて、思わず館内の中へと足を踏み入れてしまった。暗い部屋急に怖くなり、洋館から出ようとしたのだが、扉は自然に閉まっていた。雨音も消えその空間は真の闇に飲まれた様に静けさと暗黒が訪れた。でもそれは一瞬の事であり、いきなり閃光と共に、雷の音が鳴りだし、先程はそんな事も無かったのに、風が吹く度に、立て付けが悪かったのか、扉がパタパタと音を立てて開いたり閉まったりを繰り返している。その度に雨も激しく館内に降り込んできていた。

「危ない所だった。こんな嵐の中。外にいたくはない。本当に誰もいないのか?先程の音楽は?…猫は?でも少しの間の我慢だ。朝になれば…」

 男はオロオロしていたが、たまに光る雷光の輝きで、壁の至るところに飾られた風景画の額縁が一瞬浮かび上っては、また暗くなる館内をただずっと見ていた。

「薄気味悪いな」


 扉の横にはカウンターが在り、その上には、ねこの美術館と書かれたパンフレットが無造作にばら撒いてあった。

「ねこの美術館?何処かで聞いたような…そういえば、昔俺が学生の頃…何気に見た資料に書いてあった…でもその建物…えっ?…ここ…はぁ?!!」

 男はある歴史を思い出し、真っ青になって全身に震えが走る。逃げる様に慌てて踵を返し外へと逃げ出そうとしたのだが、何故か入ってきたはずの扉はただの壁みたいになって、扉は消えていた。手にしていた上着を放り投げると、必死に玄関を探すが、どこにもノブも鍵穴も見つからない。

「何でなんだよ!。どうなってるんだ!!さっきまで閉まらなくってパタパタ音もしていたじゃないか!。出してくれ!俺をここから出せーー」

 その時、どこからか視線を感じて、男は視線を感じる方に振り向いたが、誰も居なかった。しかしその視線が一つではなく、無数の目に見られている感覚に襲われていた。

「誰だ!誰か居るのか?出てこい」

 男の声だけが館内に響き渡る。その他はシ~ンと館内は静まり返っていた。


「にゃ~ん」


 暗闇の中から、猫の鳴き声が建物に反射して聞こえてきた。男は驚いて、鳴声のした方に視線を向けると、一匹の猫がジィ~と自分を見つめている。しかしその瞳は紅い色に輝き、その体は血まみれに染まっていた。

「うっ…わぁぁぁ!」

 男の悲鳴が館内中に響く。


 宝石よりも赤い目をした猫が、血まみれのシルクハットにマントを靡かせ、何故か鞘に収まっているサーベルを器用にクルクルと回しながら、ヒタヒタと足音をさせながら二足歩行で近付いてきた。


「やぁ人間」

 男は腰を抜かして震えている。

「ね、ね、猫が喋っている」

「ええ〜喋りますとも。僕はここでは一番の古株兼責任猫せきにんしゃであるルータスだ。これからは一生共に暮らす仲間なのだから、ルールは守ってもらうよ。今日だけで時間を開けて、人間が来てくれるなんて、楽しいね~だが、ちょっと来るのが遅い。元気な奴と

「ちょ!ちょっと待て!仲間って何だ?一緒に暮らすってどういう事だ?」

「気になるとこはそこか?言葉の通りだよ。因みに一緒じゃなくって一生…だにゃ。ふふ…」

「ふざけんな!俺はこんな気味の悪い猫と慣れあうつもりも、関わるのも真っ平だ。玄関が無ければ、窓を突き破ってでも出て行く。この嵐の中を走った方がましだ!」

 ルータスは赤い目を細めて、笑っている様だ。

「な、何がおかしい」

「ここにきた人間達は皆んな同じ事を言っていたよ。ここの洋館の周りだけ、何十年何百年と、止むことのない嵐がいつも吹き荒れてる。そして10年に一度この洋館は復活する」

「訳が分からん。麓からでもここの洋館は木の隙間から見えていたぞ。復活も何も」

「それはこの呪われた洋館に君が、呼ばれたからだよ。きっと今日は9月15日だろう?」

 男は今日の日付に、ああーそうだなと、軽く返事を返した。

「290年前の丁度今日が、運命が変わった日だ。大事にしていた絵も彫刻もこの建物も…そして…」

 ルータスは少し寂しそうに、雨が打ち付ける窓を見上げでいた。


 男は更に訳が分からなくなる。何とか震える足腰に鞭を打って立ち上がると、フラフラと歩き出した。

「どこに行く?」

「勿論。出て行くんだよ。ここに居たら自分がおかしくなる。正気な内に出て行くよ。短い付き合いだったな」

「それは無理だと言ってる。ここは既に柱だけが残っている状態だ。今見えているこの内装は過去の洋館の記憶の産物なんだよ。10年に1度だけこの洋館に不運が起きた今日だけは、不幸にも入る事はできるけど、外に出る事は不可能なのだから」

「尚更ふざけんなぁー悪夢なら早く目を覚ませ俺!まだまだ車で周りたい場所が在るんだ!」

 男は走り出すと、両手で壁を叩き、窓ガラスも叩きまくっている。いくら叩いても割れない事に、恐怖さえ感じていた。

「やれやれ。諦めの悪い男だ」


「今は何年だー!!💢」

「聞こえてるんだろー💢」

 いきなり透けている2匹の猫がやはり血まみれで、足元にしがみ付いていて、一生懸命に揺さぶっているのが目に入り驚く。

「わああー血まみれ幽霊猫!何だ。湧いて出た」

「失礼な。楽しく遊んでいただけだ。さっきから抱きついて、話しかけていたんだぞ💢」

「?なっ…」

「無視しやがってー、シャァー💢そんな事はどうでも良い。教えろ」

 2匹とも声が小さすぎて何を言っているのか聞き取りづらかったが、何とか理解して教えることにした。

「今年は1893年だけど?」

 それを聞いた瞬間に猫達が悲鳴を上げた。

「にゃンだって!1893年。もうあれから20年が過ぎてるじゃないかーお袋〜オヤジも生きてるかー」

「マリアンナ~俺は此処に居るぞー。祝言はどうなった~!おいおっさん!今ここの坂の下はどんな感じだ」

「はぁ?え〜と、坂の下なら入口も窓にも中に入れない様に、板で打ち付けされてたぞ。人は住んでなかった。朽ち果てた家だったし。いわゆる廃村だな」

 猫達はショックのあまり声も出せずに放心状態で、体を左右にフラフラゆらゆらと揺らしていた。


「しかしいつの間に?今までルーニャス?しか居なかったのに」

「ルータスだ。わざと間違えてるのか?。それに最初から、アルベルトとホーマは君の周りにいてズボンを引っ張っていたよ」

「えっ?…はぁ?成程…先程から何かに引っ張られている感触はあったが、驚きだ」

「通常一般人の目では我々を見ることが出来ないからな。ほらお前の今の目なら見えるんじゃないのか?」

 ルータスは手にしている鞘で、後方を差して男の視線をそちらに向けさせた。そこには今まで無駄に広いだけの広間に、誰も何も居なかった黒い空間だけが広がっていたと思うのだが、それこそどこから湧いてきたのか沢山の透けて、真っ赤に染まっている…猫と……床には人間らしい物が鮮血に広がった中央で転がっていた。

「!!っあっあっあああーー。ぎゃああーー」

 男は、恐怖の余り再度尻もちを付いて震えてしまっていた。

「な、なんだ!あれは、救急搬送しなくっては、死んでしまう」

「うるさい。もう遅いよ。あの男は既に100回以上は死んでる。時間的にあれが最後の死だな。そして僕達の遊びも終わりだ。この呪われた館内にいる限りは、死ぬことは無いから、安心しろ」

「なっ?!あそ…び…?」

 何を言っているのか、さっぱり分からないでいたが、気が付けば紅かった瞳は金色に変わり、血で染まっていたはずの服が新品のように綺麗な色の黒に染め上がっていた。さっきの透けている二匹の猫も座ったまま。まだユラユラ揺れている服もだ。

「普通の人間の目では、我々は見えない。唯一見えるとしたら、鏡越でしか私達は映らない。どこで、人間が気がつくかで、ダメージの回数も減るってもんよ。…それにしても、お前は運が良かった。こんな遅い時間に来たお陰で、免れたな。しようがない。来てしまった普通の人間に対して、傷つかない様に此処の説明をするのと、心のケア―をしておくよ。本当に非常~に残念でしょうがないにゃよ」

「いや、こんな場面を見せられて、既にホラーだろう。傷つかない様にって、十分傷ついている。あれ?何かさっきより暗闇でも明るく見えてきて、目の前の二匹も、はっきり見えてきたんだけど」

「そろそろ洋館の影響を受け始めている証拠だ。君が段々猫化が始まってるから、既に瞳は猫化していたから、この現在とは別の世界。歪んだ世界の僕以外の猫と転がっている人間が薄くだが、見えてきていた。綺麗なブルーアイをしている」


『‥‥はぁ…?』


「何だって!!」

「それに今。耳も生えてきたな。触ってみれば分かるよ」

 慌てて頭の上に手を沿えると、ありえない所からピーンとした耳みたいな物が生えていた。その後震える手で、人間だったら普通に付いている場所を恐る恐る触ると、耳が消えていた。その途端断末魔の叫びが部屋中に響いた。


「ぎゃあああーーなんじゃこれはーーどうにかしてくれーー」

「此処まで来たら、もう無理。最終的には全身に毛が生えて、髭が生えてくるよ。後はお家に入る時に小さくなったら、全てが終わる。…そうそう最後に自分が居たい場所に移動した方が良いぞ。寂しかったらあそこにいるみんなの輪に入っても良いし、独りが良ければ窓際に居ても良いし、なんなら究極のぼっちトイレの個室でも良いかも?」

「家ってなんだ?そんな事はどうでも良い。この姿を治す方法はないのか?」

「だから…ない!」

「そんな事言わないでくれ!そうだ。今すぐあの窓を根性で突き破って外に出る!外に出ることが出来れば、今ならまだこの状態もなんとかなるー!」

「だからそれは…無理なん…だ…」

 ルータスは寂しそうに俯いている。


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