第2話

 森の探索を終え、カイはギルドへと戻ってきた。手には、討伐したスライムの素材スライムジェル。それは《ゴミ箱》から取り出したばかりの、ほんのり青く輝く液体だった。


「すみません、スライム討伐の報告に来ました」


「あら、無事に終わったんですね!」


 受付嬢の笑顔がぱっと明るくなる。とはいえ、スライム討伐は新人でもこなせる初歩の依頼。特に驚くことではない。


「はい。あと……これ、スライムジェルなんですが、ちょっと様子が変で……」


「え?」


 カイが差し出した小瓶を受け取った受付嬢は、思わず目を見開いた。光を透かすと、ジェルの中に淡い魔力の粒子が漂っているのが見える。


「これ……普通のスライムジェルじゃありません! 上位個体の素材に似ています!」


「え? でも、僕が倒したのは普通のスライムで……」


「もしかして、スキルの効果ですか?」


 その声に、カイは少し戸惑いながらも頷いた。受付嬢はしばらく考え込み、そして奥の部屋へ駆けていった。


---


 数分後、戻ってきた受付嬢の後ろには、銀髪の少女がいた。


 腰まで届く長い髪に、透き通るような青い瞳。淡い紫のローブに身を包んだその姿は、まるで絵画から抜け出したようだった。


「君が《ゴミ箱》のスキル保持者、カイ君だね?」


 少女の声は澄んでいて、それでいて芯が強い。どこか知的な響きを持っていた。


「は、はい。そうですけど……」


「私はリア・アルセイン。王立魔法学院の研究生で、魔力理論の研究をしている者だよ。ギルドの研究顧問もしていてね。受付の子から、面白い素材を持ち帰った新人がいると聞いたんだ」


 カイは思わず背筋を伸ばした。王立魔法学院といえば、王都でも指折りの名門。そこの研究者が、自分の素材に興味を持ったというのか?


「そのジェル、少し見せてもらってもいいかな?」


「えっと……どうぞ」


 リアはジェルを手に取り、魔力を流し込んだ。すると、瓶の中の光が淡く明滅し、空気に微かな魔力の波動が走る。


「……やはり。これは通常のスライムから採れるものではない。何らかの“再構築”が起きているね」


「再構築……?」


「スキルが対象の性質を取り込み、別の形に変換している可能性がある。つまり、君の《ゴミ箱》は“捨てる”だけじゃなく、“作り直す”ことができるのかもしれない」


 リアの言葉に、カイの胸が高鳴る。確かに、スライムを吸収したとき、“再構築”という言葉が聞こえた。


「……本当に、そんな力があるんでしょうか」


「理論的にはありえる。だが、実例は聞いたことがないね」


 リアは目を輝かせてカイを見つめた。その瞳には、好奇心と期待が混じっている。


「君、よければ少し実験に付き合ってくれないか? 報酬は出す。もちろん、危険なことはしない」


「実験……?」


「君のスキルの特性を調べたいんだ。《ゴミ箱》がどんな条件で素材を再構築するのか。もし本当にその力があるなら、国の魔法体系すら変える発見になる」


 カイは少し迷った。これまで《ゴミ箱》のせいで蔑まれてきた。だが、目の前の少女は違う。彼のスキルを“無価値”ではなく、“未知の可能性”として見ている。


「……分かりました。やってみます」


「ありがとう。じゃあ、早速だけど――この鉱石を吸収してみて」


 リアが差し出したのは、灰色の鉱石。低級素材としてよく使われる《鉄鉱石》だ。


「はい。《ゴミ箱》!」


 カイがスキルを発動すると、黒い箱が現れ、鉱石を吸い込む。しばらくの沈黙の後――


『鉄鉱石を吸収しました。《鉄片》を獲得。《硬化特性》を再構築中……新スキル《鋼化皮膚》を獲得しました』


「まさか……!」


 カイの体が一瞬、銀色に輝く。皮膚の表面がうっすらと硬質化し、拳を握ると、まるで鋼のような感触が伝わってくる。


「これは……防御スキル? そんな……スキル合成の理論を完全に無視してる!」


 リアは目を見開き、息を呑んだ。そして次の瞬間、楽しそうに笑う。


「面白い! 君、本当にとんでもないスキルを持ってるね!」


 カイは呆然としながらも、自分の手を見つめた。父に蔑まれ、兄姉に見下された《ゴミ箱》。けれど今、そのスキルが新たな輝きを放っている。


「……やっと、見つけた気がします。僕にしかできないこと」


「ふふ、これから忙しくなるよ。未知のスキルの研究と実践……私も君の成長が楽しみだ」


 リアの言葉に、カイは自然と笑みを浮かべた。胸の奥で、新しい希望が静かに燃え上がる。


 こうして、カイとリアの出会いは、後に王都を揺るがす発見と冒険の始まりとなるのだった。

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