無能と言われた少年がスキル《再構築》で最強の冒険者になるまで

Ruka

第1話

 スキル――それはこの世界で人の価値を決めるものだ。


 貴族や王族は生まれながらにして強力なスキルを授かり、平民であっても希少なスキルを持つ者は一目置かれる。逆に、弱いスキルしか持たない者は“無能”と呼ばれ、蔑まれる。それが、この国の常識だった。


 カイ・リンドベルクは、そんな世界で最も忌み嫌われるスキルを持って生まれた。


 その名も――《ゴミ箱》。


 物を収納するだけの、ただの箱。攻撃力もなければ、防御力もない。生産スキルでもなければ、支援スキルとしての価値も皆無。まさに“ハズレ”そのものだった。


「……カイ、お前は家の恥だ。これ以上、我がリンドベルク家の名を汚すな」


 重苦しい沈黙の中、父の言葉が屋敷の広間に響いた。


 目の前には、厳格な顔をした父・ダリウス。貴族としての誇りを誰よりも重んじる男だった。その隣で、母は悲しげに目を伏せている。


「父上……僕は、まだ努力します。きっとスキルの使い道だって――」


「黙れ! 《ゴミ箱》などというスキルに、未来などあるものか!」


 父の怒号が響く。カイは唇を噛みしめ、俯いた。兄や姉たちは、冷ややかな視線を向けてくる。


 兄は《剣聖》、姉は《聖女》。そんな家族の中で、カイだけが《ゴミ箱》。彼らにとって、彼の存在は恥でしかなかった。


「今日限りで、お前を家から追放する。リンドベルク家の名を名乗ることも許さん」


「……わかりました」


 それ以上、何も言えなかった。言葉にしたところで、誰も聞く耳を持たないことは分かっていたからだ。


 小さな荷物をまとめ、カイは屋敷を出た。最後に一度だけ振り返る。そこにあるのは、十数年過ごした故郷。しかし、もう二度と戻ることはできない場所。


「……さよなら、父上、母上」


 カイは小さく呟き、歩き出した。


 街道沿いに続く荒れた道。カイは薄汚れたマントを羽織り、旅人たちの間をすり抜ける。手には、小さな黒い箱――《ゴミ箱》と呼ばれる、自身のスキルの象徴があった。


「……はぁ、これからどうしよう」


 貴族籍を失った今、頼れる人間などいない。スキルの価値で職業が決まるこの国では、《ゴミ箱》に仕事の口などあるはずもない。


 とりあえず、冒険者ギルドに登録してみるしかないか――そう思い、王都の外れにある小さなギルド支部の扉を開いた。


---


「次の方~、スキルカードをお願いします」


 受付嬢が笑顔で手を差し出す。年の頃は二十歳前後だろうか。明るい茶髪を揺らし、親しみやすい笑顔を浮かべている。


「えっと、これです」


 カイは胸元から小さなカードを取り出し、差し出した。スキルカードには、持ち主の名前とスキル名が刻まれている。偽装はできない。


「えっと……《ゴミ箱》?」


 一瞬、受付嬢の笑顔が固まった。すぐに取り繕ったが、目の奥には明らかに“哀れみ”の色があった。


「あ、あの……一応登録はできますけど、その……魔物討伐とかは危ないので、荷物運びとか、清掃の依頼とか、そういうのをおすすめしますね!」


「……ありがとうございます」


 分かっていた。どこへ行っても同じ反応だ。カイは苦笑しながら登録を終えると、掲示板の依頼書を眺めた。


 素材集め、荷物運搬、掃除……どれも低報酬で、危険はないが、夢もない。


「まあ、最初は仕方ないか」


 そう呟き、一番上に貼られていた《森の魔物・スライム討伐》の依頼を手に取った。報酬は銅貨数枚。スライムなら危険も少ないし、今の自分でもなんとかなるだろう。


---


 ギルドを出て、森へと向かう。


 秋の風が頬を撫で、木々の葉がさらさらと揺れる。深呼吸して、胸の奥の不安を押し殺した。


「……スライム討伐。よし、やってみよう」


 森の中は薄暗く、湿った空気が漂っていた。耳を澄ませば、小さな生き物の鳴き声が聞こえる。慎重に足を進めると、やがて青く透き通ったゼリー状の魔物が跳ねているのが見えた。


「あれが……スライムか」


 カイは腰の短剣を抜いた。リンドベルク家を出るときにこっそり持ち出したものだ。鍛錬で少しは使えるようになったが、実戦は初めてだった。


「いくぞ!」


 カイは気合いを入れて突き出した。だが、スライムの弾力に刃が押し戻され、手首が弾かれる。


「うわっ!」


 バランスを崩して転倒。スライムが跳ねて近づいてくる。


「ま、まずい……!」


 咄嗟にスキルを発動した。


「《ゴミ箱》!」


 すると、目の前に小さな黒い箱が出現する。スライムがぶつかると、まるで吸い込まれるようにその中へ消えた。


「……え? 入っちゃった?」


 カイは目を瞬かせた。恐る恐る箱を覗くが、中には青い光が揺れているだけで、スライムの姿はない。


「……倒せたのか?」


 とりあえず一体倒したことに安堵し、箱を閉じる。だが、その瞬間、頭の中に奇妙な声が響いた。


『スライムを吸収しました。《スライムジェル》を獲得。《粘性吸着》スキルを再構築中……再構築完了。新スキル《吸着掌》を獲得しました』


「な、なんだって!?」


 突然の通知に、カイは目を見開いた。手のひらを見ると、淡い青い光が浮かび、指先が微かに粘ついている。


「これ……もしかして、《ゴミ箱》がスライムのスキルを取り込んで、進化させた?」


 胸が高鳴る。いままで無価値だと思っていた《ゴミ箱》のスキルに、こんな隠された力があったなんて――。


「……もしかして、僕のスキルって……とんでもない力なんじゃ……?」


 そう呟いた瞬間、カイの心に小さな火が灯った。


 見捨てられ、追放された少年が見つけた、自分だけの力。その日、彼の“最強への物語”が始まった。

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