問題編二
というわけで動画を再生した。
最初に映るのは、文化祭実行委員の男女、牧白 雛と天井 由紀彦だった。
牧白は所謂ギャル。俺のクラスメイトでも有り、明るく誰にも優しい。
天井は優等生……というよりも、二昔以上前の応援団、って感じのビジュアルだ。見た目通りの生真面目な性格をしている。
扇風機が回る音がする中、二人は並んで座っている。
「許可と言われても、特殊映像研究会だけ特別扱いするわけにはいかないんですよ。安全面の問題もありますし」
困り顔で眉根を寄せる天井の顔をカメラが映す。
「えー、でも、面白そうだし良くない?」
カメラが移動し、今度は牧白を移す。牧白は目を細めて、けらけら笑っていた。
「そう――これもまた文化祭の活動の一貫なのだよ」
またカメラが動き、今度は眼鏡で長髪、痩せ型の男を映す。不敵な笑みを浮かべた、異様に自信が有りげなこの男が、特殊映像研究会の主催にして唯一の正式なメンバー、柏葉さんだ。
柏葉さんは、自分が頼み事をしている側である、という事実を無視したかのように続ける。
「つまり……それを妨害するのは、文化祭への敵対的行為、というわけだね?」
「いや、何言ってるんですかあなた……」
呆れる天井。と、その時だった。
「おい、何だあれは」
話の流れをぶった切って、柏葉さんが、左の方……部室の外を指差す。カメラもそれに追従する。指差した先には、窓ガラスが有り、そのさらに向こう側には、ぼんやりとした影と橙の灯りが、ちょうど人の頭くらいの高さに浮かんでいた。
「え……?」
天井が困惑し……
「なにこれ人魂?」
牧白が眉をひそめる。
「確かめに行くぞ! 全員ついてこい!」
「え、ちょっと柏葉さん!?」
「行く行くー!」
真っ先に柏葉さんが走って部屋の外に出て、それに天井と牧白が追従する。カメラもそれを追った。
三人が旧校舎の廊下を走る。カメラが揺れながら、それを映す。時刻はやや遅めで、外の光景も薄暗い。
部屋を出ると、全員はまず右に曲がることになる。特殊映像研究会の部屋は、廊下に面しているからだ。そして、その廊下を直進すると、一部屋分――この部屋も、特殊映像研究会が物置として占拠している――ほど進んだ所で、直線は終わり、左に曲がることしか出来なくなる。
そしてそこを曲がると、また左に曲がる必要がある。
真っ直ぐ行くと今度は右にしか曲がれなくなり、左手には窓ガラス。カメラは映さなかったが、その窓ガラスからは、特殊映像研究会の部屋が見える。
つまり上から見ると、カメラはカタカナのコの字状に移動したというわけだ。
柏葉さん達は窓ガラス二枚――特殊映像研究会の部屋から見て正面の一枚と、コの字状に移動した後、左手の一枚――越しに、人魂らしきものを見たことになる。
ならば当然、今、右に視線をやると、今度はガラス越しではなく、直接に人魂らしきものが浮いていた現場を見ることが出来る。
三人はそこを見た。
だが――
「なにもない……?」
天井がそう声を漏らした。明かりが切れて薄暗い廊下の先にあるのは、角に置かれた真新しい目安箱と、それを置くための台。その向こうの窓ガラスだけだった。
「いや、この先には旧化学室が有る! そこまで移動しただけかもしれない!」
声を上げて、柏葉さんが歩いていく。
柏葉さんの言う通り、真っ直ぐに行って人魂らしきものが居た地点から視点を右に向けると、旧化学室が有る。つまり、上から見た廊下の構造は、アルファベットのSに近い形というわけだ。
S字の上のカーブ頂点に当たる位置が、人魂らしきものが居た、目安箱が置いてある地点。
そしてS字の上の終端に、旧化学室は存在している。
カメラがそちらに向くと、薄汚れた引き戸の端に、白い布が挟まって、少し顔を覗かせているのが映った。
それを見て、牧白は言う。
「あ、これ誰か入った感じ?」
「よし、追うぞ!」
柏葉さんが廊下を走っていく。そしてあっという間に引き戸を開ける。
その先に広がっているのは、空っぽの旧化学室だ。全ての戸棚は開けられて、備え付けのテーブルは複数有るが椅子はない。窓ガラスは有るが、カーテンはない。
そんな部屋に、奇妙なものがあった。
「なにこれ……」
真っ先に気付いた牧白は、怪訝な声を出して、床に落ちていたものを拾った。
それは、人間の全身を覆えそうな白い布。そして、般若の面だった。
「こっちは人魂の正体、か?」
部屋に入った天井は、牧白とは別のものを拾い上げた。それは、蝋燭を乗せた燭台だった。蝋燭はある程度使われたように短くなっており、火は当然消えている。
真っ先に入った柏葉さんは、あちらこちらを見て居る。
「隠れる場所は無い……つまり、入ったやつが逃げ込めるのは、あそこだけだ!」
そう言って、一箇所を指差す。そこにあったのは、ドアノブのついた開き戸だ。旧化学室からだけ繋がっている、旧化学準備室。その扉だった。
柏葉さんは、即座にそこまで行くとドアノブに手をかけた。カメラも追従し、それを映す。
「うわ、汚……えい、仕方あるまい」
柏葉さんはそう言うと、埃まみれのドアノブに手をかけて、力を入れた。
しかし……
「む、開かないぞ……?」
「それは、そうですよ……」
というのは、騒ぐ柏葉さんを追ってきた天井だった。少し息が上がっている。
「何故だ?」
「旧化学準備室の鍵、無くなって久しい筈ですから。使うこともないし良いか、って放置されてるんです」
「つまり、この部屋は開かずの間なのか」
言いながら、柏葉さんは取り出したハンカチで手を軽く拭く。
「え、じゃあ、これ被ってた人はどこ行ったの?」
牧白は目を丸くして手に持った般若の面を、持ち上げた。
「この旧化学室に、人が隠れられる場所は存在しない。つまり……消えた、のか?」
柏葉さんの声を最後に、動画の再生が終わった。
「ふぅん……」
それを見た貴志は、手を後ろに着いて、真上へと目線をやった。考えること、思い至ることはあったようだ。
「どうだ、分かりそうか?」
「うーん、情報がもうちょっと足りないかな……話を追加で聞かせてもらっても?」
「良いだろう、俺が答えられる範囲でな」
俺が答えると、貴志はくるりと俺に向き直った。
「んじゃ、質問。僕が聞いた範囲だと、この場にお前も居たんだよね? でも、姿が見えないんだけど、どういうこと? カメラマン?」
「いや、カメラを回していたのは沙道だよ」
「へぇ、あのクールな美少女の」
名前が出た途端、貴志の目が、細く鋭くなる。そして、貴志は続ける。
「なんで?」
気のせいか、その声音も鋭く感じる。
なんでさ。
「たまたま教室で一緒に居た時に、柏葉さんから二人分手が必要だって声をかけられた。んで、奢りと引き換えに手伝うことにした」
「なんで一緒に居たの?」
「ちょっとした用事で」
貴志がクールな美少女、と称した通り、沙道は、黒髪ロングにメガネの優等生な美少女だ。整った顔立ちと知性的な振る舞いは、異性の人気を集めている。
しかし、そんな雰囲気に似合わず、趣味で漫画を――それも、ギャグ漫画を描いていて、その秘密を知っている俺に漫画を見せて、感想を求めることが有るのだ。
……というのを、あまり詳らかにしたくないので、俺はそこをぼかすことにした。貴志はこの事を知っているから別にいいが、動画として大勢に公開されるおそれが有る以上仕方ないだろう。
すると、貴志は不満げに鼻を鳴らす。
「まぁ、良いよ。そこは良いってことにしておくよ。僕の寛大さに感謝してもいいよ?」
「いやなんでだよ、そこ本筋に無関係だしどうでもいいだろ。あというほど寛大でもないぞお前」
「酷くない? ……で、本題。お前の方はどこに居たの?」
「手伝いであって、俺は役者として呼ばれたわけじゃないからな。常に画面の外、録画範囲の外に居るように心がけてたよ。下手に映ると編集が面倒だし」
声も出さず、画面に映ることにならない位置に俺は常に居た。だから、動画には映らないけれども、ちゃんと存在はしているのだ。
それを聞いて、貴志は得心して頷く。
「なるほどね。カメラが部屋を出てからは、どこを?」
「カメラの後ろを着いていってたよ、動画には映らないように」
「なるほどね……それでもう一個聞きたいんだけど」
「なんだよ」
「旧校舎の窓って、どうなってたっけ? あんまり行かないからわかんないんだよね」
「あー、そこか。旧校舎の窓は、全部閉め切られてて開かないぞ」
貴志が気にしていたのは、人魂らしきものとして立っていた奴が窓から出たのではないか、って事だろう。
だが、それはない。特殊映像研究会の部屋も、廊下も、旧化学室も、窓が開くことはない。安全上の理由だそうだ。
それを聞いて、貴志は少し仰け反った。
「え、暑くない?」
「だから、扇風機回しっぱなしだったな、基本的に」
実際、今回の撮影中も扇風機は回しっぱなしだった。
「あー、はぁ……なるほどね」
「他に質問はあるか?」
「うーん無いかな……なにせ――」
にやり、と貴志は笑った。
「――真相にはもう、辿り着いたからね」
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