旧校舎に潜むもの

下降現状

問題編一


「いやー、聞いた聞いた。大変だね、旧校舎の例の事件。幽霊だっけ? 怪人だっけ?」

 勝手知ったる俺の部屋に上がり込みながら、幼馴染の貴志は言う。無駄にカッコつけて部屋に入るのも、それがサマになってるのも、こいつの凄いところだ。見習う気はない。


「正体は分からないけどな。幽霊だか怪人だかは分からないが、何にせよ、消えたやつが居るのは確かだ。とりあえず座れよ」

「はいはーい」


 言いながら、貴志は俺のベッドに腰掛ける。なぜそこで、ベッドなんだ。床に座れ。俺は床に座ってるぞ。テーブルをなんだと思ってるんだ。

 それはそれとして。


「頼んで悪かったな、お前も文化祭で忙しいだろうに」

「まっ、これくらいなら大丈夫だよ、今回の文化祭、僕はメインどころじゃないしね」

「そりゃ珍しい」


 貴志は演劇部の部員で、主に役者だ。女子人気が高く……それはそれ高く、出てくるだけで一定の評価が出るレベルのやつである。いま準備中の文化祭でも、当然忙しい立ち位置にいる……と俺は思っていたのだけれども。

「商売じゃなくて部活だからね、そう言うこともあるよ」

 と、貴志は笑って言う。


 だが、と俺は考えてしまう。

「言うほど、商売じゃないやつか? それこそ、文化祭の演目とか、録画して売ってただろ」

「特殊映像研に撮影してもらってるやつね。まぁ活動費の足しにして嬉しいものでは有るからさー……にしても、あれ、普通に客席や裏手から撮ったの以外に、頭上から見たアングルとかもあって、妙に凝ってるよね」


「特殊映像研か……タイムリーなとこ来たな」

 俺がその事件に巻き込まれたのが、まさに特殊映像研なのだ。

「まさに事件が起こった場所だね。ところで、なんで帰宅部のお前が、特殊映像研に関わってるワケ?」


「柏葉さんに頼まれた」

「あー、あの人か……」

 貴志がなんとも言い難い表情をして、腕を組んだ。

 柏葉 史紀。俺達の上級生で、特殊映像研究会の設立者とか発起人とかそういう人である。


 映像制作に異常な情熱を燃やす人で、面白い映像のためには無茶苦茶をやることで有名だ。

 その結果、生徒会とも何度かトラブっていて、色々とマークされている。

 特殊映像研究会はそんな柏葉さんが映像を作るためのサークルで、固定のメンバーはほぼいない。部員の数が足りていない都合、ここは部活動ではない。

 柏葉さんが必要に応じて人を募集する形で活動を行ってる。

 で、俺は今回の臨時メンバー、というわけだ。


 片目だけを開いて、貴志は俺に向かって聞く。

「まぁ、それはいいとして、実際何が起こったのさ? そして、なんで僕を呼んだワケ?」

「それを説明する前にこれを」

 言いながら、俺はカメラを取り出して、テーブルの上に置いた。


「え、なに、動画撮るの?」

「これも柏葉さんから頼まれてるやつだ。文化祭で使うかもしれないってさ」

「許可出した覚えないんだけどな、僕。っていうか、僕が推理する様子もなんか映像作品に使われるの」


 困惑したものの、まぁいいやと言い直して貴志は続ける。

「じゃあ、わかりやすく説明してよ」

「分かった――」

 俺は、貴志に向かって話し始めた。


 事の始まりは、特殊映像研究会が、文化祭で上映する映像作品の題材として、旧校舎の怪談を選んだことだった。

 俺達が通っている学校には新校舎と旧校舎の二つの校舎があり、旧校舎の方は現在、あまり使われていない。特殊映像研究会の部室――という体で、占拠している空き室――も、旧校舎に存在する。


 そんな、あまり使われることもなく、補修も行き届いているとは言い難い旧校舎には、いくつか気味の悪い話が、当然のように存在しているのだ。


 曰く。旧校舎には、密かに住み着いている怪人が居て、生徒と教師の目を盗んで徘徊している。

 曰く。飛び降り自殺をした生徒が、自分が死んだことに気づかずに、屋上から飛び降り続けている。

 曰く。旧校舎は呪われていて、そこでは事故が多発する。

 曰く。建築時の事故で亡くなった人の霊が出る。

 等々。


 少し過剰なくらいに、エピソードが存在している。

 柏葉さんはこれに目をつけて、ドキュメンタリーを撮ることにした。もし運が良ければ、本物の心霊映像が撮れるかもしれないし、そうでなくとも怪談を追う様子は面白いものになるかもしれない。


 そのために、怪談の噂についての話や、謂れを取材して、取材している様子を動画に撮る。取材の過程が=で動画撮影にもなる形式だ。

 柏葉さんは、旧校舎の夜の様子を動画に撮りたいとも考えた。心霊映像を撮れる可能性があるとしたらそこなので、当然と言えば当然だ。


 だが、そこで待ったをかけたのが生徒会だ。

 文化祭準備期間で遅くまで残っている生徒も多い、多いからこそ、逆に度を越して遅く学校に居ることを許すわけには行かない。

 誰かが遅くまで残ることを許可したら、なし崩しで全員に許可を出すことになる。


 それで諦める柏葉さんではない。

 特例を生徒会の文化祭実行委員にお願いすることにした。

 そして柏葉さんは、その生徒会の文化祭実行委員の説得の様も、ドキュメンタリーの一部として録画することにした。

 ……その録画の最中に、事件は起こった。


 特殊映像研究会が使用している、旧校舎の一室。そこから部屋の外へと視線を向けた柏葉さんは、それを見た。

 二枚のガラス越しに、人影と、人魂と思しきぼんやりとした明かりを。

 柏葉さんは、文化祭実行委員と、カメラマンを連れて、人影の元へと向かった。

 そこに、人の姿は無かった。人影が立っていたと思しき地点から向かうことが出来るのは、特殊映像研究会の方向と、もう一方向、今は使われていない、旧化学室だけだ。


 旧化学室へと向かうと、そこには身体を覆い隠せるほどの白布、般若面、そして火が消えた蝋燭が落ちていた。

 だが、それらの持ち主の姿は無かった。

 まるで、消えてしまったかのように……


「とまぁ、こういう感じなんだけれども」

 と、俺が言うと、貴志は肩をすくめて言う。

「いや、これじゃいくら僕が名探偵でも推理は無理っぽくないかな?」

「それ以前に、お前は名探偵か?」


「探偵を期待して僕を呼んでおいて、それ言うの?」

「期待したの俺じゃなくて柏葉さんだからなぁ……それはそれとして、もう少し手がかりが欲しいと」

 俺の言葉に、貴志はうんうんと頷いた。


「足りない足りない僕には気付けない」

「そんなお前に、はい追加情報」

 と、俺はテーブルの上に、平べったいタブレット端末を置いた。

「なにこれ?」


 いきなり見せられた貴志は怪訝な顔。

「タブレットだが?」

「いやそうじゃなくて」

「さっき話しただろ、生徒会と話し合うときも、録画は回ってたって」

「つまり、さっきの事件はまるまる映像になってるってことだね」


「その通り。そして、当然このタブレットにはその動画データが入っている」

「お、普通に気になる! 見よう見よう」

 そう言うと、貴志はベッドから降りて、俺の隣に座った。


「録画してるんだから、カメラの死角に入るなよ、あと、近くないか?」

 ほとんど肩が密着するような近さだった。少し離れながら、俺はカメラを、貴志だけが録画範囲に入るような位置へと動かした。俺が動画に入っても面白くないからな。

「良いでしょ近いくらい。それよりも早く動画動画」

「はいはい」

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