第3話 専属冥土

人生で一番大変なのは自分から何もできない赤ん坊の時期だろう。

五歳になった。

、、えらい。自分で自分を褒めたい。

歩くことにも慣れたし、転ぶことも減った。

長時間動くことはできないが、やれることはできる!

と普段だらしない、動かない私は、そう思ってました。

それなのに――自由時間も減った。

なぜなら、両親が忙しくなってしまったからだ。

「大事な会議が」

「公務が」

と、どんどん家を空けるようになった。

今までの仕事は育休中だから減らしていたようだ。

で、等々時間切れになり溜まった仕事がド~ンと舞い降りた。

大人ってどの世界でも大変なんだなぁと横目に見ていた。

その結果、私は屋敷の広い部屋で、ぽつんと。今までのメイド達も私が成長したことで本来の仕事に戻ってしまった。

、、まぁ、静かでいい。昼寝し放題。

と思っていたら。

「――リアと申します。本日よりお嬢様の専属メイドを務めます」

静かな声が部屋に響いた。

現れたのは、黒髪の少女。

歳は十三。背はすらりとして、目は淡々と澄んでいる。

ちょっと待って。落ち着いた空気がすごい。

五歳児(中身は前世一応年上)としても、この圧、怖い。

「、、専属、ってことは?」

「はい。お嬢様の身の回りのお世話を、すべていたします」

「すべて?」

「はい。起床、食事、着替え、移動、お昼寝、お風呂、就寝。すべてです」

「、、昼寝の監視、、見守りまで?」

「はい。お嬢様が安全にお休みになれるように見守ります」

__、、それ、休めないんだけど

リアの表情は、変わらなかった。

にこりともせず、淡々と私の髪を整える。

その手つきは、無駄がなく、冷静で。

、、あれだ、なんというか、“プロの人形使い”に扱われる気分。

今までの知らない考えを感じる。

「お嬢様、外は晴れています。お散歩に参りましょう」

「いや、今日は、、その、、」

__家でだらけたい

「お外に出れば血行が良くなります」

「血行とか気にする年齢じゃないんだけど、、」

「お嬢様は成長期です。歩きましょう」

「え、」

「行きましょう」

「、、はい」

リアの淡々圧に負けた。

気づけば手を引かれ、庭を散歩している。

風が気持ちいいけど、心は休まらない。

「、、リアは、疲れないの?」

「仕事ですから」

「好きでやってるわけじゃないの?」

「好きか嫌いかは、仕事に関係ありません」

「、、そっか。真面目だね」

「お褒めにいただき光栄です」

、、会話が続かない。

というか、私の言葉を全部“報告書みたいに”返してくるの、なんなんだろう。

その日の夜、ベッドに入る前、ふと思って言った。

「リアはさ、楽しい?」

「はい、お嬢様に仕えることができて感激です」

「いや、ほら、私何もしたくないから、つまんないよ」

「そんなお嬢様の側にいることが仕事です」

「ですよねー」

、、お互い、不器用にもほどがある。

でも、寝る前、うっすら聞こえた。

「お嬢様、いい夢を」

と小さく言う声。

その瞬間、ほんの少しだけ。

この屋敷での“ひとりぼっち”が、軽くなった気がした。

、、まぁ、明日も監視されるんですけどね。

リア、真面目すぎ。

私、怠けたい。

仲良くなるの、まだまだ先かな。


___


「お嬢様、そろそろ外を歩かれませんか」

またリアが言った。

この人、ほんと真面目すぎる。

「、、えぇ、歩かないとダメ?」

「はい。五歳のお嬢様が一日中寝転がっているのは、健康に悪いです」

「じゃあ、魔法で歩く練習とかできない?」

「それは歩行訓練ではありません」

セレスティアは渋々、リアに手を引かれて廊下へ出た。

黒髪がふわりと揺れ、朝の光に透ける。

この屋敷、広い。広すぎる。

歩くだけで小旅行レベルだ。

「こちらが東棟でございます。書庫、客間、訓練場がございます」

リアの声は相変わらず淡々。

ガイドというより、取調官みたいな落ち着きだ。

「へぇ、、本がいっぱい。読むの面倒くさそう」

「読むことが大切です」

「読むのが大切なんじゃなくて、読んだ“ふり”が大切なんだよ」

「、、そういう知恵は早いですね」

書庫を抜けると、ガラス越しに大きな庭が見えた。

噴水の水は空に浮かび、光の粒がきらきらと弾けている。

花壇には青や紫の花が咲き、蝶のような光の生き物が舞っていた。

「わぁ、、これ、光ってる」

「魔素蝶でございます。魔力が濃い場所に生まれる一時の存在です」

「可愛いけど、なんか儚いなぁ」

「触ると爆発します」

「儚さの方向性おかしくない!?」

庭の小道を歩けば、どこからともなくメイドたちが集まってくる。

なんでみんなそんなにテンション高いの。

「まぁっ、お嬢様、今日も可愛らしい!」

「お嬢様、髪が絹のようです!」

「お嬢様、歩いてる、、尊い!」

__なんだこのアイドルライブ状態。

セレスティアは無表情のまま、そっと手を振る。

「、、ども」

内心は――正直、ちょっと嬉しい。

いや、嬉しさと恥ずかしさの半々、カレー状態。

でも顔に出したら負けな気がする。

「お嬢様、頬が赤くなっております」

「メイド様方が眩しくてね」

「屋内ですが」

「、、光の反射で」

「承知いたしました」

しばらく屋敷を歩き回って、やっとリアが足を止めた。

大きな扉の前――そこから、懐かしい声が聞こえてきた。

「セレスティア?」

「あ、」

父と母。久しぶりに会った気がする。

二人とも以前より少し疲れて見えた。

父は銀の装飾が施されたおっしゃれぇな服装。背筋がまっすぐで、剣を帯びている。

母は淡い金色のドレス。机には分厚い書類が山のように積まれていた。

「セレスティア、元気にしていたかい?」

「うん。寝て、食べて、また寝てた」

「元気そうでよかったわ」

「健康第一だから」

母が笑う。

「仕事が忙しくてあまり会えなくてごめんなさいね」

「大丈夫だよ」

「ほんとは1秒たりとも離れたくないのだがな」

「でも、あなたが笑っているのなら、それでいいの」

「うん。じゃあ、いっぱい笑うね」

__うそ。そんなに笑わないけど

「リアよろしくね」

リアが一歩前に出て、静かに頭を下げた。

「セレスティアお嬢様の身の回りは、すべて私が責任を持っております」

「ふむ、頼もしいことだ」

父の声が少し柔らかくなる。

母も満足げに頷いた。

――忙しくて、淋しい訳では無い

だけど、

「、、あの」

セレスティアは小さな声で言う。

「パパもママも、倒れたらダメだからね」

二人は顔を見合わせ、優しく微笑んだ。

「ありがとう。セレスティアも無茶しないようにね」

「、、うん、大丈夫だよ」

__無茶するほど動かないから

「大丈夫ではありません」

リアの即ツッコミが早すぎる。

そのあとも両親に髪を撫でられ、抱きしめられ、

リアに再び手を引かれて部屋へ戻った。

――正直、今日は疲れた。

でも。

廊下を歩くたびに誰かが笑い、花が光り、風が香る。

この屋敷は、思っていたよりもずっと“生きている”。

「リア」

「はい、お嬢様」

「明日は、、もうちょっと短いツアーで」

「善処いたします」

、、善処って言った。絶対やる気だ、これ。

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