第4話 銀髪エルフと理不尽


 現れたのは、十歳くらいのとても愛らしい幼女だった。 


 全く気配がしなかった。

 かなり驚きつつ観察する。

 独特の形状のゆったりとした民族衣装。

 綺麗な石が付いた装飾品。


 透き通るくらいに肌が白い。

 腰まである長い銀色の髪に、薄い金色の瞳。

 耳がとがって、少し長い。


 エルフ?


 ここは異世界。

 早速その片鱗を見せてくれた。

 少し感動した俺が、話しかけようと思った瞬間。



「〇#▽◇&〇!」



 全く言語体系の想像が出来ない言葉で彼女は叫んだ。


「「「「▽&&〇▽##◇」」」」


 すると周囲から同じ様な不可思議な言葉が響き渡る。


 途端、緑色のロープが凄まじい勢いで四方から飛んで来た。

 避ける暇なんてない。


「ちょ、わぁ!」


 まるで意志があるかのように、俺の体全体に一瞬でぐるぐるときつく巻き付く。


「な、なっ!」


 バランスを崩し横向きにどさりと倒れた。

 するとエルフ幼女が好戦的な表情で近づき、その大きな瞳でじっと俺を見つめた。

 いや正確には、見下すという目つきだ。


 さらにガサガサと草木をかき分ける音。

 周囲から複数の女の子達が出てきた。

 とても見目麗しい、美少女エルフ達だ。

 ただし、強張った顔つきで剣や槍を携えている。


 年の頃は十五歳から二十歳くらいか?

 全員髪の色がキレイなライムグリーン。

 銀髪は幼女だけだ。 


 彼女らは警戒しつつ、俺を囲む様に集まった。

 こいつらがロープを飛ばしたのは間違いない。


「おい、このロープを……」


「〇<>〇▽◇×」


 幼女エルフが何事かを囁くと、一瞬で目の前が虹色の輝きに包まれ、俺の意識は遠のき消えて行った。








「……〇▽◇」


「〇▽$$◇〇▽“#%$」


 声が聞こえる。


「〇#!!%&‘()」


 えっ? 何? 何を話してる?


 俺は目をゆっくり開く。

 まぶたが重い。

 光? 森? 木? 

 首を動かして周囲を見た。


 驚いた事に、地面からおよそ一メートルくらいの高さでふわふわと浮いている。


「なっ!」


 大きく成長した草木が、背中をカサカサとこする。

 四方をエルフの女の子達に囲まれ、仰向けの状態で浮かんで運ばれている。


 ここはリアルな密林だ。

 ファンタジー的な穏やかな森ではない。


 木々が鬱蒼とした濃密な樹海。

 足場も険しい道なき道。


 地形の起伏に合わせ、やたらと体が上下左右に揺れまくる。

 俺はロープで全身をグルグル巻きにされたままだ。


 よく見ると体が薄っすらと光っている。

 これが魔法なのか? 

 初めての体験だ。

 信じがたいが、浮いちゃってる。


「#%〇▽&##!」


「%#&&””&!」


 一番小さなエルフの幼女が、目を開いた俺の横に来て何かを言っている。


 さっぱり意味がわからない。

 だがこの理不尽な状況は、納得いかないぞ。


「おい、ロープを解け、いきなり何すんだ!」


 だが、エルフの少女は鼻で軽く笑って、お手上げのポーズを取る。


 こ、こいつ。

 と思いつつ、ジェスチャーは元の世界と同じだ。

 ちょっとだけ感動した。


 全くの異文化で、道理の通じない異人種という訳ではないみたいだ。

 共通の価値観があるかも知れない。


 幼女は再び見下した嫌な顔をする。

 愛らしいせいか、どことなくコミカルにも見える。


「#“&&%〇▽」


 他の少女エルフ達に一言ささやいて、ぷいっと先頭に進んで行った。


「お、おいっ、待て」


 駄目だ、無視された。

 さらに周囲の女の子達は、俺と一切視線をあわせない。


 まいったな。

 まるで言葉が通じない。

 だが、俺に何らかの悪意を持っているのは伝わる。

 意地悪な目だ。


 そもそもこういう場合のお約束として、言語は自動で勝手に理解出来るとか、そこは触れずにふわっと行くとか、そういう仕様でいいじゃないか、ねぇ、神木さん。


 というか、好戦的で野蛮なエルフはいやだ。

 いきなり問答無用で拉致。

 さらに荷物じゃないんだから、ぐるぐる巻きって雑な扱いは勘弁してくれ。

 

 周囲の少女達は剣に槍に弓を持つ。

 胸元と腰周りを、無骨な武具で包んでいた。

 歩き方は初々しい少女のそれとは違う。

 まるで訓練された兵士の様にキビキビしていた。

 

 様々に隆起した不安定な地形の森。

 彼女らは息切れもなく、軽々と逞しく歩いてゆく。


 更にその顔には、派手な色彩のペイント。

 戦いに挑む勇ましさがある。


 おまけに各自の表情からは、得体の知れぬ緊張感が漂い、俺の不安をことさら煽ってくれる。


 それらをまとめるのが、先頭を歩く幼女エルフだ。


 見た目はかわいらしいのだが、表情や態度がどうにも小憎らしい。

 ませた態度でこの集団を仕切っていた。


 とにかくこの状況を打破し脱出せねば。

 このままでは、何をされるかわかったものではない。


「うぬぬぬぬぉおおお!」


 早速俺は全身に力を込める。

 ロープを振りほどこうと激しくもがいた。


「%$%!」


「“#&&!」


 周囲の少女エルフ達が焦り、何事か叫ぶ。

 先頭の幼女エルフが慌てて戻って来て、手で制した。


 しかし俺がどんなに体を揺さぶり精一杯力を入れても、このロープは一ミリも緩まない。 


「はぁはぁはぁはぁ……」

 

 どうしょうもなく強固だ。

 虚しく息だけが上がる。

 俺は仕方なく諦めて、天を仰いだ。


 神木さん、俺には中堅冒険者程度の体力があるんじゃないんですか。

 全く駄目なんですけど…………。


「"%#+*`<'&/$$」


 暴れる俺をじっと眺めていた幼女エルフ。

 断念した姿を見て、また皮肉っぽく呟いて笑う。

 四方を囲む少女エルフ達は安堵したようだ。

 

 もう好きにしてくれ。


 俺は完全に諦め、全身の力を抜いた。

 成すがままの状態を受け入れるしかない。 


 少なくともこいつらは、すぐに殺す気じゃないのだろう。

 単純に考えて、俺は彼女達のテリトリーに無断で現れた異邦人だ。

 不審者は捕獲され、村長にでも相談するのではないか。 


 そこで腹は決まった。

 少なくとも先程の絶望的なサバイバル覚悟よりはマシだ。

 敵対的でも集落に運び込まれた方が、生存率は上がる。


 問題は彼女達の習慣や、ルールに乗っ取った俺の処遇だ。


 言葉が通じないという事は、一切の弁解も通じない。

 どうにかしなければならない。


 他意のない友好の証。

 ここは『スマイル』だな。


 まずは俺に対する敵愾心を、少しでも削いでおくのが得策だ。


 カフェで慣らした営業スマイル。

 今こそ生かすチャンスだ。


 頭が進行方向に向いている。

 俺は無理矢理首を曲げ、まずは左後ろの少女エルフに対し、にこやかに笑いかけてみた。


「@@%!」


 彼女は突然の俺のスマイルに「びくっ」と怯えた。


 しまった、いきなりで怖がらせたか。

 慌てて今度は右後ろの少女エルフに『にこ~っ』と緩く笑いかけた。


「%$#!!!!!」


 すると、彼女は目を見開いて驚いた後に、慌てて視線をさっと逸らした。


 くっ、異世界の壁は思ったより高い。

 だがここで心は折らないぞ。


 俺はさらに、首をねじり左前方の少女に微笑みを注ぎ込んだ。

 前を見ていた彼女がふと俺の視線を感じ、こちらを振り向いた。


 瞬間、突然大声で悲鳴を上げる。


「〇&%$‘##$&’‘&&%$$!」


 物凄い悲鳴を急に上げたので、右前方の少女も何事かわからないまま一緒に叫び始めた。


「「‘‘@@@#$&>>&!!!!!!!!」」


 まずい、パニックを作ってしまった!  


 俺は急いで彼女達を落ち着かせようと、さらに素早く首を動かし、前後左右に全力の笑顔を振りまきまくった。


「〇▽◇&!!!」


「%%%$$!!!」


「〇$#!!!!」


「&%〇▽!!!!」


 進行が止まり、怯えたまま距離を取る四人の少女達。

 悪魔でも見たかの様に、全力で顔を引きつらせ一斉に叫ぷ。


 さらに、宙に浮いていた俺はぐらぐらとバランスを崩すと、地面にどさりと落ちた。

 丁度枯れ木があり、バキッと木が砕け背中を打ち付ける。背中が痛い、。


 驚いて魔法を解いてしまったのだ。


 しかし、ここで笑顔を止めると、単に気持ち悪い悪戯をしただけになってしまう。


 あらぬ誤解は確実に事態を悪化させる。 

 それだけは避けねば!


 俺は痛さを懸命に堪え、歯を食いしばり、口角を無理矢理吊り上げ、健気に笑顔を振りまいた。


「「「「「〇&%$‘##$&’‘&&%$$!!!!!」」」」


 だが、なぜか少女エルフ達の悲痛な叫びが絶叫に変わり、現場は取り返しのつかないどパニックに陥ってしまった。


 慌てて先頭を歩いていた幼女エルフが、慌てて駆け戻る。

 尚も笑顔を振りまく俺を見るなり、どかっと無慈悲にも横腹を蹴った。


 痛い!

 こ、これは、スマイル作戦失敗なのか?


「#〇%!」


 言葉はわからないが、明らかに「キモいんだよ!」という意味の言葉だと伝わった。


 異世界に来て「キモい」と言われるとは心外だ、悲しい。

 俺は意気消沈して暗い顔になる。


 少女エルフ達は少し気味悪そうに遠巻きに俺を眺めると、さっきより確実に距離を置いて呪文を唱え、再び身体を宙に浮かせた。

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