File16 -心理学入門
やぁ、いらっしゃい。
こんな所によく足繁く通うよ。
それだけ退屈なのか、はたまた……。
まぁ、いいさ。私は話をするだけだ。
今回は題するなら「心理学入門」。
◇◆◇◆◇◆
恐怖とは古来から生物に備わる根源的な防衛機構だ。
だがあえて、それを摂取する事もある。
怪談に始まり、都市伝説、小説、コミック、果ては映画まで。
他者の恐怖を摂取する事で"自分は安全だ"と確証を得たいのさ。
さて。
ここである男性の話をしよう。
彼はとにかく怖がりでね。
ホラー、ないしはそれに準ずる物を極端に嫌っていた。
言うなれば"恐怖恐怖症"になるのかな。
一時はカウンセリングに通い不安を和らげることも試したそうだが、
それでも無理だった。
どうしても恐怖は抑えられない。
そんな状態でよく生活できていたと思うがよ。
そうして、とうとう耐えきれなくなったんだろう。
彼は恐怖を克服──というより否定しはじめた。
この世に存在するあらゆる恐怖を否定すれば、自分は怯えなくて済むと。
そうして彼は活動を始めた。
自身が恐怖に感じるモノを作成する企業、それらを流通させる機関への抗議や脅迫。
ネット上に存在する怖い話には、根拠をだせと荒らしまわる。
幾度も度を越した行動をしており、そのたびに警察のお世話になっていた。
その界隈ではブラックリストに入っていたようだよ。
……周りからしたら傍迷惑でしかないが、彼にとっては生存戦略だった。
言ってしまえば、常にナイフを首元に突きつけられているようなものだからね。
そんな性分だからなのかは知らないが、何処から私のことを嗅ぎつけたようでね。
うん。
ナイフ片手に乗り込んできたよ。
恐怖を齎す私を否定する、とね。
私自身そのことに興味は惹かれたが、黙ってやられる訳にもいかない。
だから一つ話をしてあげたのさ。
──恐怖に恐怖する君は。
──自身の平穏のために他者を害する君は。
──恐怖そのものではないか。
そう言ったら彼は固まってしまってね。
言葉を咀嚼するのに時間がかかったのかな。
しばらくしたら、驚きと恐怖を顔に滲ませた。
……どうやらその視点は盲点だったらしい。
するとどうだろう。
言葉を受け入れたのか、ゆっくりと消えていったよ。
彼は恐怖を否定していたからね。
彼自身が恐怖なのだとしたら、それを否定せざるを得ない。
自己の存在を否定した結果、消えたのだろう。
いやぁ、不思議な時間だったな。
◇◆◇◆◇◆
さて、今回の話は如何だったかな。
タイトルの意味かい?
人の心理・思想は移ろいやすく固定されやすい。
彼の心の変遷なんか、入門として最適じゃないか。
彼は何を成し得たのか?
それは、今氾濫しているホラー作品を見れば言わずともわかるだろう。
惜しむらくは否定でなく克服していれば、というところだ。
──そうすれば、良い着想を持った作り手になれたかもしれないのに。
恐怖を恐怖として楽しめる。
そう、ありたいものだね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます