動物探偵は耳をふさぐ

クソプライベート

探偵

 公園の木の下で雷に打たれて以来、相田悟の日常は、プライバシーの欠片もない情報過多の世界に変わってしまった。

 原因は、動物の声が聞こえるようになったことだ。

 感動したのは最初の三十分だけだった。すぐに彼は、この能力が祝福などではなく、呪いであることに気づかされた。

『見てみろよ、302号室の奥さん、またネット通販で無駄遣いしてるぜ、ゲラゲラ』

 電線に止まったハトが、下品に笑う。

『あら、山田さんちのポチ、昨日病院でメタボだって言われたらしいわよ、カワイソ〜』

 隣の家の塀の上で、三毛猫が上品ぶって噂話をする。

 カラスはゴミ出しのルール違反を嘲笑い、犬は飼い主のいびきへの不満をぶちまけ、ドブネズミですら日本の将来を憂いていた。どこへ行っても、動物たちによる人間の噂話、悪口、秘密の暴露が、ノンストップで耳に流れ込んでくる。悟は、耳栓なしでは外を歩けなくなっていた。

 そんなある日、隣の家に住む佐藤さんが、泣きそうな顔で悟を訪ねてきた。

「相田さん……うちのポチが、いなくなっちゃったの」

 例のメタボと診断されたポメラニアンだ。警察に相談しても、大人が一人いなくなったわけでもなし、と相手にしてくれないらしい。

 老婆の涙に、悟は断りきれなかった。彼は、この呪われた能力を、初めて人のために使うことを決意した。

「僕が、探します」

 悟はまず、耳栓を外し、この町内最強の情報網にアクセスした。

「よお、トラ。ちょっと聞きてえことがある」

 公園の滑り台の上でふんぞり返っている、ボス猫のトラ。悟は懐から最高級の猫用おやつを取り出した。

「ポチを知らねえか」

『あのデブか。そういや昨日、見慣れねえ車に乗せられてたぜ。南の方角だ』

 次に、ゴミ集積所に陣取るカラスの集団に、食パンの耳をばら撒いた。

『カァー! あの犬なら、隣町の河川敷で見たぜ! なんかションボリしてたカァ!』

 情報は、瞬く間に集まった。動物たちのネットワークは、人間の警察組織など比較にならないほど、緻密で広大だったのだ。

 悟は、カラスが示した河川敷で、泥だらけになったポチを無事発見した。どうやら、車から降りた隙に逃げ出して、迷子になっていたらしい。

 佐藤さんは、涙を流して喜び、悟を英雄のように褒め称えた。

 その夜、悟はベランダで夜風にあたっていた。耳栓はしていない。

『ポチを見つけたの、相田さんらしいわよ』

『やるじゃない』

『でもあの人、いつもTシャツがヨレヨレよね』

『それは言わない約束でしょ』

 猫たちの会話に、悟は思わず苦笑した。

 この力は、確かに呪いかもしれない。知らなくてもいいことばかり聞こえてくる。だが、動物しか知らない真実も、確かに存在する。

 まあ、悪くないか。悟はそう思うと、部屋の隅で丸まっている蜘蛛に話しかけた。

「で、俺の失くしたテレビのリモコン、どこにあるか知らない?」

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