神の火はワサビ抜きで

クソプライベート

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 指田均にとって、回転寿司チェーン「スシ・ユニバース」のカウンター席は、王の玉座であった。彼の王国を、色とりどりの皿に乗った家臣たちが、ゆっくりと回遊していく。

「……そこだ」

 狙いは、中トロ。隣の子供に取られまいと、指田は右手の親指と中指を構えた。そして、皿が完璧な位置に来た瞬間。

 パチンッ。

 乾いた音が響く。すると、物理法則を無視し、中トロの皿だけがコンベアの上でピタリと静止した。指田は何事もなかったかのように皿を取り、醤油をつける。これが、彼に許された唯一の超能力であり、最高のストレス解消法だった。指パッチンで、ごく小規模な核融合を発生させ、そのエネルギーで時空をわずかに歪める。本人にそんな自覚は全くない。

 だが、その神の御業を、見ている者がいた。

 カウンターの隅で、アガリを啜っていたサングラスの男。コードネーム・スコーピオン。彼は、伝説の力“プロメテウス・ファイア”の継承者を、何年も探し続けていた。

(間違いない……あの男、指先からマイクロ・ブラックホールを生成しているのか!? なんという繊細なコントロール。寿司を止めるためだけに!)

 スコーピオンは興奮に打ち震えた。

 指田がトイレに立った隙を狙い、彼は隣の席に移動した。

「ミスター・サシダ。あなたのその“力”、素晴らしい」

「はあ、どうも」

 指田は、自分の寿司の食べっぷりを褒められたのだと思った。

「その御力を、我々の“組織”のために使ってはいただけませんか。世界を、あるべき姿に導くために」

「いやー、結構です。新興宗教とか興味ないんで。それより、そろそろ大トロが流れてくる時間なんですよ」

 話が、全く噛み合わない。業を煮やしたスコーピオンが、懐に忍ばせた特殊警棒に手をかけた、その時だった。

「お、来た!」

 高速レーンに、一皿だけ限定の「大トロ」が、猛スピードで流れてきた。これを見逃すわけにはいかない。指田は焦った。いつもより強く、願いを込めて、指を鳴らした。

 パァァァァァチンッ!!!

 それは、音ではなかった。衝撃波だった。

 店内の照明という照明が、一瞬、太陽のように輝いて焼き切れた。スコーピオンのサングラスは熱でドロリと溶け落ち、特殊警棒はプラズマの霧と化して蒸発した。他の客たちは、何が起きたかわからぬまま「今の光は何だ?」とキョロキョロしている。

 そして、大トロの皿は、完璧な静止衛星のように、指田の目の前でぴたりと浮いていた。

「うむ、脂が乗っておる」

 指田は満足げに寿司を頬張った。

 スコーピオンは、全てを理解した。あれは、交渉や取引でどうにかなる力ではない。宇宙の真理そのものだ。彼は震える足で立ち上がり、勘定を済ませると、静かに店を去った。

 厨房では、大将が首を傾げていた。

「今日の指田さん、やけにキレがいいな。何かいいことでもあったのかねぇ」

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