見習い雷神、シフト入ります

クソプライベート

雷神🔰

「ピッ」

 加茂冬馬が冷凍うどんのバーコードをスキャンした瞬間、店内の蛍光灯が一斉に明滅し、バチッと音を立てて鎮火した。真っ暗になった店内で、レジの液晶だけが不気味に光っている。

「……停電、ですかね」

 客のおばあさんが呟く。冬馬は冷や汗を流しながら、必死に笑顔を作った。

「ははは、ですねー。ブレーカーですかねー」

 違う。原因は、間違いなく俺だ。

 極度の乾燥肌と帯電体質。冬馬にとって、冬は悪夢の季節だった。ドアノブは凶器、セーターは戦闘服。そして、コンビニのバイトは最悪の戦場だ。レジ袋を擦るだけで指先から火花が散り、冷凍庫の扉に触れれば半径3メートルの電子機器が狂う。

 だが、今年の冬は様子がおかしかった。彼の帯電レベルは、明らかに物理法則の許容量を超え始めていた。

 その日の深夜勤務、事件は起きた。後輩バイトの美咲が悪質なクレーマーに絡まれていた。助けに入ろうと、冬馬がクレーマーの肩に手を置いた瞬間。

「いらっしゃいませぇっ!!」

 彼の絶叫と共に、指先から青白い稲妻がほとばしった。男は白目を剥いてその場に崩れ落ち、髪の毛はチリチリと煙を上げていた。

「……先輩、今のって」

「静電気、かな」

「限度がありますよ」

 もはやこれまでか。傷害罪でクビだ。公園のベンチで頭を抱えていると、不意に隣に座った老人が話しかけてきた。

「小僧、その力、そろそろ自覚する頃合いじゃの」

「え?」

「ワシは先代の雷神。まあ、定年して今は年金暮らしじゃが。で、お主が後継ぎ。おめでとう」

 老人は、事もなげに言った。なんでも、現代社会の電気エネルギーのバランスを取るため、神様も代替わりが必要なのだという。冬馬の帯電体質は、次期雷神としての適性の証だったのだ。

「いや無理です! 俺、時給千円のフリーターですよ!」

「ワシとて昔は畳職人じゃったわ。まあ、頑張れ」

 そう言って、老人は消えた。途方に暮れる冬馬のスマホに、美咲から悲鳴のような着信が入る。

「先輩! 店の外、大変なことに!」

 店の外では、空が真っ黒な雲に覆われ、ゴロゴロと不穏な音を立てていた。冬馬の制御不能な力が、巨大な積乱雲を引き寄せてしまったのだ。

「やらなきゃ……」

 美咲に背中を押され、冬馬は覚悟を決めた。彼はコンビニの屋上によじ登り、天に向かって両手を広げた。まるで、溜まったポイントカードを客に示すように。

「この街の天気(お会計)、お預かりします!」

 彼は、いつもの接客スマイルで、力の限り叫んだ。

「たまった電気のご利用(放出)は、いかがなさいますかァーーッ!」

 彼の指先から、天を貫くほどの巨大な光の柱が放たれる。雷は積乱雲の中心を見事に捉え、そのエネルギーを中和していった。嵐は去り、空には穏やかな月が戻ってきた。

 後日、冬馬はバイトを続けている。相変わらず静電気には悩まされているが、少しだけマシになった。時々、彼は深夜のゴミ出しのついでに、夜空に向かって指先を向ける。街のネオンが少しだけ弱くなった時、それは彼が、余分な電気をこっそり天に返している合図なのだ。

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