飯の話(単発)
雨庵
白い飯と味噌汁、そしてほんの少しの漬物
身体が重い。
頭の巡りも悪い。
連日の出張。
外回りが続く毎日。
落ち着いて飯を食う時間も惜しんで仕事を処理していく。
昼飯は牛丼屋かファーストフードに立ち食い蕎麦。
そういう店があれば良い方で、地方の出張となれば田んぼの真ん中で鮮やかな色彩を放つコンビニ。
携帯の画面を見ながら、まともに味わう間もなく腹に納めて、営業車の運転席で束の間の仮眠をとる。
家に帰っても料理をする気力もなく、適当な総菜やら弁当やらで鳴る腹を黙らせて眠りにつく。
秋みたいな顔して猛暑日が続いたのも最悪だった。
眠りが浅くて、疲れが取れない。
ただでさえ体力が衰えてきている42歳おっさんには、普通以上にこたえた。
そんな日が続いた9月。
昼飯のカップヌードルとコンビニおにぎりを飲み込んだ時に、心が限界を迎えた。
―――飯が食いたい。
身体と心からの悲鳴だった。
その日も取引先での納品の立ち合いが長引いて、帰宅したのは深夜の10時に差し掛かろうとしていた頃だった。
明日も早い。納品後のフォローで早朝から取引先に行かなくてはいけない。
―――知った事か。
そんな事よりも、今の自分には、何かが満たされる飯が必要だった。
鞄を放り投げ、いそいそと部屋着に着替えた。
まずは何よりも米だ。
米櫃の中には実家から届けてもらった、山形県産つや姫。
2合の米をザルに量り磨いでいく。
ザバザバと流れる水道の音と、ショキショキと磨がれる米の音だけが台所に響く。
良いところで水を切り、炊飯器に米を入れる。
内釜の縁に水にぬれた米が数粒張り付く。
釜を外からペシペシ叩いて米を落とす。一粒も無駄にしたくないのは日本人の性だろう。
内釜を炊飯器にセットして、内側の線に沿って水を張り炊飯スイッチを押した。
もちもちモードで炊いた米が好きだが、今日は待てない。
すまないが早炊きモードだ。
炊きあがりまで28分。その間にとりかかるのは味噌汁だ。
Amazonで買ったステンレスの小鍋にてきとうに水を入れる。
今日は顆粒出汁じゃだめだ。
ちょっとお高いだしパックのパウチを開けて、一袋取り出す。
パウチを開けた瞬間に、鰹節の香りが立ち上がる。
この香りの源が溶けだしただし汁はさぞ美味かろう。
期待と頼む美味くなってくれという祈りを込めて小鍋の水に放り込んで火にかける。
確か、沸騰してから5分煮出すんだったか・・・とうろ覚えの記憶を頼りにそのまま火にかける。
パウチの取説を読むなんてきっちりした事はしない。というか、今はできない。
そんな事より、みそ汁の具だ。
乾燥ワカメもいいんだけども、今日はそういうんじゃない。牛丼屋の味噌汁みたいなのは今日はダメだ。
台所の端に、大根の頭がある。
二週間前に四分の三ほど使って、そのまま冷蔵庫に入れていたらみるみるしなびてきたヤツ。
たまたま一昨日目に入って、もったいないからって水につけておいたヤツ。
一丁前にちゃんとしなびる前の大根にもどっている。
お前を食おう。
まずは、申し訳なさそうに干からびて大根の頭にくっついている葉だったものを、ぽろぽろと落とし、ついでにヘタも切り落とす。
皮はちょっと厚めにむいた。なんかへこみとか黒い点とかあったから。
すっかり白くつやっぽくなった大根を、繊維に沿って薄切りにしていく。
でもって、さらにマッチ棒くらいに千切りにしていく。
大根の味噌汁を白飯にかけて、ざぶざぶと食うならこれくらい細い方が良い。
そう言う食べ方もいいなと妄想を膨らませながら、とにかく大根を全部細切りにしていく。
大根が全部千切りになる頃、しゅわしゅわ煮立つ小鍋から出汁のいい香りが台所を満たし始める。
あ、換気扇つけてねえや。
まあ、良い匂いだしいいか。
べっこう飴みたいな薄黄色になっただし汁に大根を放す。
煮立っただし汁が落ち着きを取り戻し、大根のすき間から時たまプツプツと小さな泡が現れては消えていく。
ガチッ!ムイー・・・
と炊飯器が鳴った。本格的な強火炊飯に移ったんだろう。
分量さえ間違えなければ、ちゃんとした白飯が出来上がる。文明の利器バンザイ。
さてと、あと20分くらい時間がある。一服しようかと思ったら、そう言えばと冷凍庫の中身を思い出した。
以前、知り合いの葬式に出た際に香典返しでもらった明太子が冷凍したままになっていた。
ガラガラと冷凍庫を引き出すと、一房一房丁寧にラップにくるまれた明太子がジップロックの大袋に守られて凍っている。
とりあえず一つ取り出す。
ゼリー菓子を包むオブラートみたいに張り付いたラップをペリペリはがすと、まるっとした明太子が転がり出てきた。
冷凍焼けもしていない。
オーブントースターに、適当にちぎったアルミホイルを敷いて、明太子を乗せる。
タイマーは目いっぱいの15分。
焼き明太子になろうが半生になろうがどっちでもいい。いい明太子ならどっちでも美味い。大丈夫。
明太子がトースターで焼かれている頃、小鍋の大根が煮えた。
再びシュワシュワと煮立って、浮いた出汁パックの周りに灰汁が集まってるが、旨味ってことで(無視する)
一端火を止めて味噌を溶かす。
無添加だかなんだかってなめらか味噌。目分量でお玉にすくって、だし汁にちょっとずつ溶かしていく。
出汁の香りのなかに、急な塩気のある香りが混じる。
腹が減る匂いだ。
ちょっとズズッと味加減を見た。
いいね。天才じゃないかな。
このあたりでやっと一服。
紙巻をやめて電子タバコに変えて1か月になる。
鍋の中でふよふよ動く味噌の色を眺めながらぷかーっと台所に立つ事しばし。
炊飯器から米が炊ける香りが漂い始める。
米の香りってのは、他の香りと違って質量がある気がする。
空間が米で圧迫される。
そこに割り込んで来るのが、焼けた明太子の遠慮のない匂いだ。
香りだけで明太子飯が出来上がる。
米が炊けるまであと数分。
トースターがチンと鳴る。
アルミホイルごと明太子を取り出し、あちっあちっと言いながら一口大に切り分けていく。
いい具合に半生だ。
切った明太子を小皿に移したところで、炊飯器が鳴った。
さあ、本番だ。
エンボスのボコボコが付いたしゃもじをさっと水でぬらして、炊飯器の前に立つ。
ばがっと開いた炊飯器から湯気が吹き出し、天井に広がっていく。
残ったのは、プチピチと小さな音を立てて輝く炊き立ての白飯だ。
しゃもじを無遠慮に突っ込んで底からひっくり返す。
米粒を潰さないように。さりとて混ぜムラがないように。さっささっさと飯を切っていく。
茶碗に白飯を一すくいする。
ここで既に旨そうだが、ぐっと我慢して真ん中を少しへこます。
そこに明太子を一切れ落とす。
また飯を少しだけすくって、明太子の上に乗せる。
米粒の格子の向こうに、赤い明太子が薄っすら見える。
茶碗をころころ振ると、中の飯もころころ転がって丸く丸くなっていく。
ざっと手を濡らして、丸まった飯をわふわふ握っていく。
おにぎりは空気を含ますのが良いと、どっかのテレビで言っていた。
よくわからんけど、まあ硬いおにぎりよりは、ふわふわの方がいいだろう。
ほどほどにして、手に粗塩を擦り付ける。
ジャリッと手の平で粗塩が鳴る。
その粗塩を纏わせるように、また飯をかるくわふわふ転がす。
そうだ。この前、荒浜に行った時に買った焼きのりがあった。
裸のおにぎりにはちょっと休んでもらって、のりを一枚取り出す。
握り飯一個に使うには流石に大きい。
半分に折って、パリパリと半分にちぎる。
片方を戻して、片方をおにぎりに巻いていく。
飯の熱気と蒸気に当てられた瞬間ののりってのは、なんでこうも良い香りがするのか。
のりにまかれたおにぎりを皿において、出来上がった味噌汁をよそう。
いそいそとリビングに持って行って、ソファに腰かける。
妙に閑散としたローテーブルに、おにぎりの皿と赤い汁椀の味噌汁。
寂しい食卓か。寂しい景色か。
どちらも否だ。最高に腹が減る景色だ。
我慢しきれずにおにぎりにかぶりつく。
少ししっとりとしたのりの香り。塩気の強い表面。ぱつっと歯ごたえがある白い飯。旨味と塩気と香りのダメ押しをする明太子。
ほはっw
笑いが漏れた。
噛むほどに美味い。
一口目を飲み込んで、あー・・・と思いながらまた一口、二口。
口に米が残っているうちに、味噌汁。
ずずっと熱い味噌汁。
っっあ゛~・・・・・
よくわからないものが染みわたっていく。
ちゃんとしてるヤツ。外で食う食い物じゃ不足しているヤツ。そういうヤツがじゅわっと補給されていくのがわかる。
一端落ち着いて、味噌汁の大根を食う。
細切りにした大根はショモショモと不思議な食感で噛まれてそして飲み込まれていく。
で、味噌汁をもう一口。
おにぎりを一口。
それを繰り返しているうちに、おにぎりが無くなってしまった。
もう一個作るか。
今度はただの塩おにぎり。
飯をぺたぺた茶碗に盛り、またコロコロ転がす。
今度は粗塩を多めに。わふわふ丸める。
のりは・・・いいや。
このまま食いたい。つやっつやの米を眺めながらかぶりつきたい。
そういえば、丸茄子の漬物がまだあった。
冷蔵庫から茄子漬けの瓶を取り出して、カラカラと蓋を回し開ける。
漬物の汁に浮かぶ小ぶりな丸茄子ども。
三個ほど取り出して塩おにぎりと共に皿に乗せる。
ソファに腰を戻して、第二回戦だ。
あはっ
食べる前から笑いが漏れる。
塩おにぎりにかぶりつく。強い塩気、まだ溶け切ってない粗塩がしゃりっと口の中で鳴る。
米の甘味。食感が最高に感じられる。
そして茄子漬け。
一口で一個。ボリボリキュィと食感が楽しい。茄子漬けの味だ。
で、またおにぎり。小さい頃は、漬物で飯は食えなかったけど、この食い方をしたいと思える歳になったんだなと、ちょっとした感慨が湧き出て来る。
みそ汁を飲んでまたリセット。
塩おにぎり、茄子漬け、味噌汁。ローテーションが止まらない。
茄子漬けを食べきり、塩おにぎりの最後の一口と味噌汁の最後の一口が腹の中に落ちていく。
口の中が幸せの余韻にしびれている。(断じて茄子漬けのぴりっと感ではない)
食後。
いつもの通り洗い物をする。明日も早いのになー、しっかり飯作って食っちゃったなー。と考えながら。
でも、今日の夕飯に不満はない。ダメになりそうだった心は満タンだ。
日本の飯。バンザイ。
飯の話(単発) 雨庵 @Gibasa
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