第15話


「地下二階で生きている方はここにいる三人だけですか?」

「いいえ――この先にいるのよ、人が、ただ鮫が居るから近づけないのだけど……」

「男が鮫を操って人を殺してるようなんだ……それも女の子を侍らせて」

「私は見てません、玉を手に入れた後はこちらに移動して、その後、店の中で小さい鮫に襲われている人がいたので助けようとしたんですが、私の鮫が襲われてしまって怪我をしたんです、なんとか小さい鮫を倒したんですけど、私は気を失ってしまって……気が付いて店から外に出たらお二人が居ました」

 蓮は鮫使いの男の話を聞く前に、拓也の事をはっきりさせておこうと思った。

 「この写真の男性に見覚えはありませんか?」

 蓮はスマホに保存してある拓也の写真を見せた。三人は写真を見たが首を横に振っただけだった。蓮と美咲は眼を合わせたがお互いに残念な顔を見せ合うしかなかった。儀式が始まってすでに四時間は過ぎていた、拓也との合流にこれだけ時間がかかるのは、美咲にとっても想定外だった。蓮は気を取り直してこの先にいる鮫使いの男の話を聞くことにした。

「お二人が見た鮫の特徴について伺えますか」

「アレだけを見て鮫だと普通は思わなだろうけどよ、陸を這う鮫も見たからな、まぁ、アレも鮫なんだろうな」

「音が凄いのよ! ブブブブーンって! マロンちゃんが怖がって逃げちゃったくらいよ。ネー、マロンちゃん」

 おばさんは抱いている犬に語り掛けている。要点はまだ掴めない、もっと詳しく話を聞かないといけないようだ。

「音は何から出てたんですが?」

 声を上げたのは美咲さんだった、研究者としての好奇心が見て取れた。

「頭のノコギリよ! アレがブーンて回転して!」

「まるでチェーンソーだったな。小さい鮫を粉々にしてたよ……人の体もバラバラなって転がってた……」

 蓮は話を聞いて血の気が引いた。今まで戦った鮫の中でも一番危険な鮫だと感じた。結愛が腕を掴んできた、彼女も次の鮫の危険性に恐怖している。

「ノコギリザメでしょうね。本来の大きさは百五十センチほどですけど、大きさはどのくらいでしたか?」

「デカかったよ、四メートル以上はあったような気がする」

「他に特徴はありませんでしたか?」

「頭のノコギリが気になって、他のとこは印象に残ってないな」

 これ以上、鮫の情報は得られそうになかった。他に気になるのは女性たちの事だ。

「女性を囲っているとの事ですけど?」

「ああ、俺が陰からこっそり見たときは、玉を持った男が逃げようとする女を鮫を使って脅してたよ。王様気取りで女に命令してたな」

「まぁ、最低ね。私はマロンちゃんを追いかけてたから、そんな男は見てないわ」

「よく分かりました、ありがとうございました」

 蓮たち三人は他の三人と離れて話し始めた。

「危険な相手です、しかっり準備してから挑まないといけませんね」

 美咲の声は深刻だった。今回はこの儀式が始まってから初めて敵より先にこちらが居場所を知っている。不意打ちで戦いたいが、女性が周りにいるのがそれを難しくするだろう、と蓮は思った。ホホジロザメにノコギリが当たればそこからの逆転は難しい、避けるだけならヤリザメがやったように鮫を玉に戻せばいいが、それでは解決にならない。ノコギリザメに弱点があればいいが、実際に姿を見てない状況ではとれる対策にも限界があった。

「そういえば、蓮の鮫はさっきのトゲザメを食べたんだから、進化してるはずだよね。棘を飛ばせるようになってないかな?」

 結愛の言葉に蓮は確かに、と思った。もしそうなら、ノコギリザメと優位に戦える。蓮はホホジロザメを玉から出した。

「ワンワン!」

「ひぃ!」

「おい! びっくりさせるなよ」

「すいません、驚かせてしまって……」

 蓮は、おばさんとアフロの男に謝りながらホホジロザメの姿を確認した。頭の角の周りと背中のヒレの周りに濃い茶色の棘が生えていた。だが大きさはトゲザメの棘の半分ほどで迫力はあまりない。蓮はホホジロザメに棘を飛ばせと命じたが、ホホジロザメはそれに応えなかった。

「駄目ですね……ただ棘が付いただけです」

「うーん、今回の進化は地味だね。角の方が大きいから棘が目立たないし。棘の色がもっと明るい色だったらよかったのに。」

 蓮はホホジロザメを玉に戻した。頭の角や棘がノコギリサメの攻撃を受け止めるほど固ければいいが、実際に戦ってみるまで確証は得られない。蓮は鮫の事を考えていると、ふと思い出した。

「そういえば、結愛の持っている鮫を見て無かったよね」

「あっ! そうだね。美咲さんはどんな鮫か知ってるの?」

「いいえ、玉は儀式が始まる前に奪いましたし、私は使えませんでしたから」

「じゃあ、見てみようか。みんなー、鮫出すから驚かないでねー」

 結愛はポケットから玉を取り出すと中から鮫を出した。その姿は一見して鮫には見えず、アナゴのようだった。全長は三メートル以上、柔らかく体をくねらせている、体色は焦げ茶色、首の後ろの裂け目は赤く発色しているようにすら感じる明るさだ。

「ラブカですね、生きている化石と呼ばれるほど古代ザメの特徴を残している鮫です」

「鮫っぽくないね。背びれがないからかな。何か武器はないの?」

「特には……細長い体を生かして蛇のように戦うといいかもしれませんね」

「そんなんじゃノコギリザメには勝てないよー」

「ほら、物は使いようですし、隙間に入り込んで奇襲するとか……」

 結愛は宙でゆらゆらと揺れるラブカを見ながらつまらなそうな顔をしている。細い体は今まで見てきた鮫の中で一番非力に見えた。結愛は鮫を玉に戻すとため息をついた。しかし、すぐ顔色が変わって明るくなった。

「ねぇ、近くのお店の中、見て回らない? 何か思いつくかもしれないし」

 この辺りは女性物のファッション関係の店が多い、結愛はそれに興味を持ったのだろう。

「僕は遠慮するよ」

「そう、じゃあ、美咲さん行きましょう」

「えっ、私もですか」

 結愛は有無を言わせず美咲の腕を掴んで来た道を戻って行った。蓮は玉を持っている女性を見た、彼女は椅子に座ってこちらの様子を眺めていた。彼女とは話しをしておく必要がある、こちらからも聞きたいことがある。

「すいません、ちょっとお話を伺っていいですか?」

「私ですか? もう話せることはありませんけど……」

「いえ、鮫の事ではなくて、停電前に地下一階のエスカレーターにいましたよね」

 女性はハッとした顔になって黙ってうなづいた。蓮と彼女はおばさんとアフロの男から離れた場所の椅子に座った。

「名前を名乗ってませんでしたね、私は渡辺舞ワタナベヒララといいます」

「佐藤蓮です、早速ですが、地下一階で揉めていた男性の事を伺いたいのですが――」

 渡辺は今までとは違って、感情の高まりを押し込めるように話し始めた。

「今から一月前の事です、私は婚約者の男性と一緒にレストランで夜ご飯を食べて家に帰る途中でした。信号が青になって横断歩道を渡っていると、信号無視をした車が突っ込んで来たんです。彼はとっさに私を突き飛ばしましたが、彼は車に……その車から出てきたのがあの男だったんです。あいつはすぐに車に戻って逃げました、車にひかれた彼は亡くなりました――あいつは、ひき逃げしたんです」

 渡辺の言葉には怒りが満ちていた。体は震え、膝の上に置かれた手はギュッと握られていた。

「私は車のナンバープレートを見ておらず、警察も捜査しているのですが、ひき逃げ犯は見つかっていませんでした。それが今日、偶然このデパートで出会ったんです。間違いなく彼でした。こんなことにならなければ、警察にひきわたせたんですが――」

 蓮は田中の事を話すべきか迷った。話せば彼女は田中を追って川の下流に行くだろう、それが彼女にとって安全な行動とはとても思えなかった。ただ、結愛や美咲に事情を話し、口止めするのも何か違うような気がする。渡辺と共に行動し続ければいつか彼女たちから田中の事がでるだろう。服装や容姿から、地下一階の男だと渡辺は気が付くだろう。それならば自分が黙っていても意味がない。蓮は正直に話すことにした。

「渡辺さん、実は僕たちは先ほどまで貴女が掴みかかっていた男と行動を共にしていたんです」

「えっ! もしかして、死んだんですか?」

「いいえ、彼は――名前を田中健太と名乗っていましたが、鮫に襲われ、川に落ちて下流に流されていきました」

「それでも生きていると?」

「ええ、彼は玉を持っていました。鮫に助けてもらったはずです」

「……分かりました。佐藤君、川は君達が来た方向に行けばあるんですね?」

「渡辺さん、気持ちは分かりますが、彼は貴女が玉を持っているのを知ると、殺そうとする可能性が高いです。一人で彼を追うのは危険すぎます。僕たちと一緒に行きましょう」

「……気持ちはありがたいけど、これは私の問題だから。それじゃ、無事ここから出られるように健闘を祈ってるわ」

 渡辺が椅子から立って川に向かうと結愛と美咲が返ってきた。渡辺は軽く別れの言葉を言うと立ち去ってしまった。二人は戸惑っていたが渡辺の只ならぬ勢いに、ただ背中を見つめるしかなかった。

 「何があったの?」

 「……彼女、田中さんと知り合いで、探しに行ったんだよ――」

 蓮は歯切れ悪く答えた。渡辺と田中の関係をここで二人に伝えても何の解決にもならないだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る