第13話


 美咲の予想通り大きさは二メートル以上で、頭に台座に付いているのと同じように棘の山が付いていた。体色は明るいグレー、背中にはキノコが生えているように突起が出ている、その先端に水面に出ていた台座と棘の山が見える。前後の四枚の鰭には細い紐が付いていてゆらゆらと水中を揺れている。あれも何か武器になるのだろうか――蓮はトゲザメの全体像を確認し終えると玉からホホジロザメを出した。ホホジロザメの大きさはトゲザメの二倍以上だ、近づけば簡単に勝てる。

 蓮はホホジロザメをトゲザメに向かって突進させた。水中のホホジロザメの動きは地上で宙に浮いているときより早かった。トゲザメは台座をホホジロザメに向け棘を飛ばす、上流から下流に飛ぶ棘は水中で勢いを増した。しかし、ホホジロザメは体をかすめながらもかわした。トゲザメはホホジロザメに恐れをなしたか、背を向け逃げようとしたが、ホホジロザメは勢いそのままにトゲザメの尾びれに喰いついた。トゲザメはホホジロザメから逃げるため浮上し、尾びれを食いちぎられながら川から飛び出した。

「あっ!! 出てきた! あれがトゲザメ! 変な形!」

「うーん……あれが本物なら標本にしたいところです」

 トゲザメは水上で体の向きを反転させ、川に頭を向けると頭の棘を川に向かって飛ばした。棘は川の流れの影響を受け勢いを無くし水中のホホジロザメには当たらなかった。蓮は水面に顔を出し、トゲザメの位置を確認するとホホジロザメに攻撃の指示を出した。川に背中を向けた状態のトゲザメは川から勢いよく飛び出したホホジロザメが首に喰いつくと、なすすべなく水中へと引きずり込まれた。

 蓮はその姿を見届けると、ロープを手繰って川の岸から陸に上がった。結愛がバスタオルを体に被せてくれた、美咲は蓮の腰のロープを外している。二人の顔には安堵の表情が広がっている。それを見て蓮の心と体が暖かくなった。

「凄い光景だったね!! トゲザメがザバーンと飛び出してきて! そしたら、ホホジロザメがザバーンと飛び出して!! トゲザメに噛みついて川にドブーンだったよ!!」

「……水の中は冷たくありませんでしたか?」

 結愛はとつもなく興奮していたが、美咲はそれを無視して冷静に蓮に話しかけた。

「大丈夫です。それより岸を渡って玉の回収をしないと――」

「一旦おもちゃ屋に帰って着替えましょう。その間に田中さんが帰ってきてくれるといいんですが……」

「……そうですね」

 蓮は田中が帰ってくることは無いだろうと思った。彼は最後まで蓮に玉を渡さない、いつかは奪い合いになる。田中の好戦的な性格を考えると田中は地下三階で蓮を待ち伏せるだろう。蓮は川の下流の滝を見ながらそう確信していた。


 田中は滝から下に落ちている途中でイタチザメに服を口で捕まられた。口に咥えられたまま宙に浮き、滝の下に広がる池に降り立った。池の広さは十メートルほど、水深は浅そうに見え、滝の海水の量に対して不釣り合いだなと田中は感じた。

 田中はイタチザメを玉に戻すと服を脱ぎ水を絞った。湿った服の不快感を感じながら服を着ると滝を見上げた。イタチザメを使えば滝の上に上がることができるかもしれないが――田中は周囲を見渡した。地面は土に草が生えている。広い空間は先が見えないほどだ、それもすべての方向の壁が見えない、暗闇の間に二つの通路だけが見えた。田中は地下三階には一、二度しか来たことはなかったが、こんなに広い空間ではなかったのは間違いない。鮫神の力が空間を大きくしているようだ。

(確か三十三時間以内に全ての玉を集める必要があるんだったな……)

 腕時計を見るともうすぐ午後一時だった。儀式が始まってまだ三時間、地形が変わる前の伊藤デパートなら半日もかからず勝負がつくだろうが、玉を持っている奴がこの広さ……それも水が多い中で隠れると厄介だ。

 田中は地下三階の通路に向かって歩き始めた。通路の幅は狭く、何の飾りつけや備品のない壁がずっと先まで続いていた。

 田中の思惑はこういったものだ。

(地下二階は蓮たちに任せて俺は地下三階の玉を集めるべきだろう。それに鮫は別の鮫を喰うほど強くなると言っていた、蓮の鮫は別の鮫を喰って俺の鮫より強くなっているかもしれない、俺は地下三階で別の鮫を喰って蓮との戦いに備えよう。あいつが俺に玉を渡すとは思えない。、鮫神の力がどんなものか、手に入れて試してやる)

 田中はすでに鮫神の力に魅了されていた。

 地下三階は元の地形の間に別のエリアが挟まっているような構造になっていた。伊藤デパートに元々あるエリアには薄暗い照明の明かりが灯り、開店前のデパートの様子がうかがえた。鮫神が作ったエリアは、照明がないが木漏れ日のような優しい光で視界は悪くない。水たまりや河原のように石が敷き詰められていたり、自然の地形のようだった。

 何十分か歩いたが、通路の長さはまちまちで、三分かからず抜けられることもあれば、十分以上かかる事もあった。照明が暗く、先が見えないので、入ってみるまで通路の長さが分からないのだ。田中は思った以上の空間の広さに驚いた。

(鮫神のやつは相当いい性格をしているな)

 そうしていると通路から抜け、デパートのエリアに出た。広い空間の奥に扉が一つ、扉には何も書かれていない。他は段ボールが山と並んでいる。ここは従業員用のエリアのようだ。

 中に一歩足を不意入れた時に小さな声に気付いた。段ボールで見づらかったが、正面の薄明りの下で若い女性が地面に腰を下ろしうなだれているのが見えた。田中は立ち止まり女性の周りを見渡した、人影はない、これまで通って来た場所と同じで、死体や血痕もなかった。ここまで地下三階には鮫の気配がなかった。

「おい、一人か! そこで何してる?」

 田中は女性に声をかけたが反応はない、鳴き声を漏らすばかりだ。玉を取り出し女性に近づく、玉に反応はない。田中は女性から五メートルほどの場所で立ち止まり再度声をかけた。

「鮫は見なかったか?」

 女は泣きながら女の背後を指をさした。そこには段ボールしか見えない。

 田中は玉からイタチザメを出すと女の指を向けた方に飛ばした。

「ぎゃああ!!」

 イタチザメが女の横を通り過ぎる瞬間、イタチザメは体を九十度回転させ女に襲い掛かった。右腕を噛みつかれた女は呻き声を上げると体が蠢き始めた。女の体は崩れるように巨大化し、鮫の姿になった。女の姿に鮫が化けていたのだ。バケザメは全長二メートルには届かないほどで、体は平たく体色は白に近い灰色で斑点がある、一見エイに見えるが尾鰭は鮫のものだった、田中はエイの尾鰭は細く棘があることを知っていた。口の周りには苔のような髭が付いていた。

(こんなマヌケ顔の鮫に喰い殺されたんじゃ浮かばれねえな)

 田中はバケザメの顔を見てそう思った。

 イタチザメはバケザメの右鰭を嚙み千切った。バケザメは必死に逃げようとするが、すぐに背後からイタチザメに襲われた。田中がバケザメに近づくと玉が光りだし、バケザメが化けていた女が指をさした反対の場所から人が現れた。

「なぜ分かった……」

 黒色に少し緑色が入ったスーツを着た初老の男は足取りがおぼつかず、絞り出すような声で田中に話しかけた。

「俺はな、はなから地下三階の人間を全員喰うつもりだ」

 イタチザメがバケザメの体を食い破ると男は倒れた。田中は男の死体から玉を奪うと、男が出てきた部屋の中に入った。そこには清掃用具が置かれていた。テーブルの上には食料品が並んでいる、ここで獲物が囮に引っかかるのを待っていたのだろう。地下三階は本来食品売り場で、日本各地の名店や地元の名産品が売られているはずだが、田中は今までの道のりでは自動販売機やトイレにたどり着くばかりで、食料品を売る店には出会えなかった。テーブルの上にはバラエティ豊かな商品が並んでおり、ここがデパートであることを思い出させてくれる。

 田中は椅子に腰かけるとテーブルの上に二つの玉を置いて弁当に手を伸ばした。地下三階に降りてからは歩き続きで、腹が減っていた。

「玉は俺が二つ、蓮が川の鮫に勝てば四つか……残り四つのうち二つは欲しいけどな――」

 田中は弁当のふたを開けながら腕時計を見た、午後二時、地下三階に降りてから一時間たって出会った人間は一人だった。

「生きていれば蓮も地下三階に下りてくる、それまでに地下三階を全て調べておきたいが――骨が折れそうだ」

 田中は幕の内弁当の唐揚げを口に放り込んだ。

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