第4話
「うおお!」
蓮の前にあった店から出てきた男が鉄パイプのようなもので鮫の頭を叩いた。男の服装から、蓮がよく遊びに行くアミューズメント施設の店員だと分かった。遊戯施設の部品か何かを武器に使っているのだろう。
「ふざけんな! 鮫が陸で人間に勝てるかよ!」
「グワァ!」
鮫は唸りながら頭を左右に振っている、男は頭をかわしながら何度も頭を叩いている、その度に鮫は血を流し、とうとう動かなくなった。すると鮫は体が崩れ落ち砂が風に飛ばされるように消えてしまった。後には何も残らず、男の荒い息が聞こえてきた。蓮はただその光景を黙って見ていた、あの鮫が生物ではないことが決定的になった。その衝撃を受け止めきれず、声を出すことも動くこともできなかった。
「うわぁ!」
肩で息をしていた男に新たな鮫が飛び掛かった、男の右足にかみついている、さらにその鮫の後ろから一匹、男の腹にかみついた、さらに一匹、男の喉にかみついた。男は血まみれになって、動かなくなった。
「きゃあああ!」
結愛の絶叫で蓮は我に返った。とっさに体は反転し走り出した、右手は結愛の手を握っていた。走り出した先を見て蓮は気が付いた、エスカレーターの前では沢山の人が集まっている。我先にとエスカレーターの上に向かっている。しかし、上はシャッターが閉じているので、逃げ場がない。蓮の右手がぎゅっと握られた、結愛も同じことに気が付いたのだ。
「どうしよう、ねぇ、どうしよう……」
消えるような声で結愛は蓮に話しかけた、蓮は来た道を振り返ると鮫が三匹こちらに向かってきていた。蓮は体が震え始めた、今までの人生で初めて訪れた絶対的な絶望――逃れられぬ死の予感。それでも自分の右腕に伝わるやわらかい暖かさが、結愛を助けたいと思う心が、勇気を湧き立たせた。
蓮は周囲を見渡して何か武器になるような物はないかと探した、武器があれば鮫を倒せるのは分かっている。だが、武器になりそうな物はなかった。スタブのキッチンに行けば包丁があるだろう。しかし、店の入り口の前まで鮫が来ていた、もう取りに行ける状況ではない。
できることがなにかないのか、このまま鮫に喰われ死ぬのは嫌だ。蓮は近づいてくる鮫を見ながら、この状況を打破できる方法を探していた。
その時、蓮はズボンのポケットから暖かさを感じた。思わず手を突っ込み取り出すと、拓也に渡された玉が光っていた。
「きゃあ!!!」
結愛が悲鳴を上げた。鮫が蓮に向かって飛び掛かってきた。鮫は口を大きく開け、連の頭に食いつこうとしている。
その瞬間、蓮の持っている玉から白い影が飛び出した、それは鮫を飲み込んだ。
出てきたそれを見て蓮は戦慄した。五メートルはあるであろう体は太く、青い背中に白い体、三角の頭、真っ黒な目、鋭く大きなギザギザ歯、その姿はもっとも見慣れた鮫の姿、鮫のことにさほど詳しくない蓮でもその鮫がなにであるかは一目で分かった。
「ホホジロザメだ。ホホジロザメが飛んでる……」
玉から出てきたホホジロザメと思われる鮫は宙に浮いていた。鳥が飛ぶようにでもなく、虫のようにでもなく、まるで水中にいるときのように漂い、宙に浮いていた。口からは先ほど食べた鮫の赤い血が滴り出ている。
ホホジロザメの姿を見た残りの地を這う二匹の鮫は一瞬たじろいだが、一斉にホホジロザメに向かって飛びついてきた。
危ない、蓮はそう思った、するとホオジロサメは体を回転させ向かってきた鮫を一匹尾びれで弾き飛ばした。体を一回転させ、正面に戻ると、もう一匹は大きな口を開けて待ち構えた、小型の鮫は宙を飛べないのだろう、そのままホオジロザメの口に飛び込んだ。尾びれにはじかれた鮫が体勢を立て直そうと、ジタバタとしているところにホホジロザメは泳ぐように近づき、一口で食べてしまった。
全ての鮫を食べ終わったホホジロザメは体が崩れていき、光の線となって蓮に向かってきた。光は蓮の持つ玉に入っていった。蓮は玉をよく見ると中で〔有〕の字が一瞬光っているのが見えた。玉を見ていると蓮は体に力が湧いてくるような気がした。絶望的な状況で生き残るための武器が自分の手の中にある安心感からだろうか。
「ねぇ、どういうこと? なんでそんなもの持ってるの?」
結愛が問い詰めてきた、その眼には疑いの色が見えた。当たり前のことだろう、鮫が人を襲っている状況で、蓮が持つ玉からも鮫が出てきたのだ。蓮がこの状況に何らかの関係があると疑うのは当然のことだ。
「分からない――この玉は人から貰ったんだ」
要領を得ない答えだがこう答えるしかなかった。蓮は今の状況を拓也が起こしているとは思いたくなかったが、何かを知っているのは間違いないと思っていた。人が死んでいる、沢山の人が、それも惨たらしく鮫に喰われて、こんなことに拓也が関わっているとは信じたくなかった。
周りの人たちが口々に噂し始めた、彼らにとって蓮の存在は脅威でしかなかった。地を這う小さい鮫より空飛ぶホホジロザメのほうが怖いのは当然のことだ。ここにいると良くない、蓮はその場を離れることにした。
「僕はもう一度非常階段に行ってくるよ、結愛はここで待っていて」
「鮫は向こうからやってきたんだよ、危ないよ」
「僕は大丈夫、この玉が守ってくれるよ」
蓮はこの玉をお守りだと思い込もうとしていた、それが拓也への揺るぎない信頼につながりような気がしたからだ。結愛は後ろを振り向いた、周りの人達は奇異な目でこちらを見ていた、彼らにとって結愛も蓮の仲間に見えるのだろう。
「私も一緒に行く、ここにいても外に出られそうにないし……」
結愛はこの状況で唯一の知人である蓮と離れるのは避けたかった、また、ここに残ってもいい気分にはならないだろうとも思った。
「もし私が襲われてもさっきみたいにカッコよく守ってくれるんでしょ」
結愛は気丈にふるまった、もはやこれが夢か現実かわからなくなりつつある、それでも蓮の側にいれるのなら悪くないと思っていた。
「カッコよくは無かったと思うけど、立ってただけだし」
「いいから、行こ」
結愛は蓮の手を取って非常階段に向かった、周りの人達がゆっくり自分たちに近づいてくる気配を感じたからだ、すぐにでもこの場を離れたいと思った。周りの人の声を聴けば自分は蓮を信じられなくなる、結愛は疑念を振り払うように歩き始めた。
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