第2話

蓮はすぐに電話に出た。

 「もしもし、蓮か?」

 「うん、今、デパート前のテラスにいるよ」

 「そうか、悪いが地下一階のスタブに来てくれ。俺はそっちに行けなくなった」

 「分かった、すぐ行くよ」

 蓮が答えると電話が切れた。蓮は拓也の声色から、今まで聞いたことのないただならぬものを感じた。四年前の事だったか、神社に向かう山の中で猪に出くわした時も拓也は冷静だったのに……。

 それにしても、地下一階に呼んだということは、拓也はそこにいるということだろう。蓮はデパートの開店前に到着し、それからデパートの入り口が見える席から、中に入る客を見ていたが、その中に拓也はいなかった。拓也は別の入り口から中に入った可能性もある。けど、待ち合わせ場所は正面入り口前だ、あえてそこを通らないことがあるだろうか。それとも開店前に店の中にいたか。この二年で拓也が伊藤デパートの店で働き始めたのなら不思議ではないが、それを隠す必要はないはずだ。

 足早に蓮はデパートの入り口に向かった。デパートの一階部分それほど広くない。そのほとんどは伊藤スーパーが占めている。すでに近所に住んでいる年配の方が買い物している姿が見えるが、 蓮はここを利用したことはなかった。

 スーパーの反対側にはクリーニング店がある。その奥にはATMやロッカー、エスカレーターホールが一番奥に配置されている。裏側の入り口から地下デパートに入るときは、エスカレーターか非常階段を利用した方が早い。

 スーパーの入り口を素通りし、地下へのエスカレータに向かった。地下一階に降りるには二つエスカレーターを降りる必要がある。一つ目は地上と地下一階の間にある階層で、地下駐車場への通路が繋がっている。その階層の広さは一般的なコンビニくらいで、変電室くらいしかない。あくまで駐車場と地下一階を繋ぐためにある場所だ。採掘場の後をできるだけそのまま利用しているため、駐車場も地上より地下の方が広い。

 拓也が車でデパートに来たのなら、この道を通って地下一階に行った可能性もある。ただ、ここからならエスカレーターを上がって正面入り口はすぐそこだ。電話で呼び出さなくても拓也が来ればいい。

 一つ目のエスカレーターを降りると、変電室の前で、複数のスーツを着た人と警備員が集まって、話をしていた。

「指示の内容がよく分からないんですよ。どうなってるんですか?」

「俺たちも詳しいことは……ただ、会長直々の事だから……」

「会長さんはまだ地下ですか?」

「ええ……『後で詳細を話す』、とは言ってましたけど……」

「これ……後でこっちの責任にならないですよね?」

「……なんとも――」

 蓮が地下一階に下りるエスカレーターに乗った後も話は続いているようだった。 

 地下一階は主に喫茶店やファーストフード、アミューズメント施設などがある。蓮が利用するのは主に地下一階だ。クラスメイトとボーリングやバスケットボールなどを遊びに来る。

 地下二階は雑貨や洋服などの店、おもちゃ屋もあるが幼児向けが多く蓮はあまり利用しなかった。洋服もほとんどが女性用だ。

 地下三階は食品売り場で、少し値の張るお菓子屋やお弁当を販売している。よくご当地フェアをやっている。地下三階は午前十一時以降から開店の店が多く、まだ開店準備中だろう。

 地下一階に着くといつもと比べて人が少ないと思った。思い返せば早朝にここへ来たことはなかった。朝から友達と遊ぶなら、もっと遠出をするからだ。

 待ち合わせ場所のスタブはエスカレーターを降りてすぐ左手にあった。スタブの略称で呼ばれるスタッブーズコーヒーは、現在日本で一番人気のあるコーヒー販売のチェーン店だった。蓮はコーヒーを好んで飲まないので利用することがなく、この店に入るのも初めてだった。蓮は店の中に入ると拓也の姿を探したが見当たらなかった。

「お客様、申し訳ありませんがペットとご一緒の入店はご遠慮しております」

「あら、そうなの、残念ねマロンちゃん」

 蓮と入れ違いで小型犬を抱いたおばさんが店を出ていった。

 蓮は先に注文を済ませてしまおうとカウンターに向かった。蓮はカプチーノを受け取ると入り口近くの席に座った。

 カプチーノを一口飲むと声をかけられた。その声は拓也のものだった。 しかし、見た目に拓也の面影はなかった、深くバケットハットをかぶり、黄色いサングラスを掛け、柄物のシャツを羽織っている。拓也の趣味が変わったのだろうかと蓮は驚いた。

「朝早くから呼び出して悪かったな」

 向かいの席に座りながら拓也が言った。

「久しぶり、なにかあったの?」

 蓮の声は心配と困惑が入り乱れていた。

「まぁな、お前を呼んだのはこれを家に持ち帰ってほしいからだ」

 そう言うと拓也は右手をこちらに差し出してきた。 その手には透明の玉が握られていた。

 蓮は玉を受け取ろうと手を伸ばした、そのとき、玉が拓也の手に吸い付いているような感覚を受けた。しかし、玉は抵抗することなくコロリと蓮の手の中に転がった。玉はしっかりとした重みがあり、薄いガラス玉ではないようだ。

「いいか、この玉をお前の部屋に隠すんだ。今すぐにこのデパートから出て、寄り道せず、すぐに家に帰るんだ。この玉の事は誰にも言うなよ」

「この玉はなんなの?」

「次にお前の家で会った時に話してやる、玉を無くさないように、気を付けて帰れよ」

 そう言うと拓也は席を立ち店の外に向かって歩いていった。その後ろ姿に焦りが見えた。どこへ何をしに彼は向かったのだろう。蓮は今までに見たことない拓也の態度に不安が増す一方だった。

 蓮は玉をズボンのポケットに入れると、カプチーノを手に持って店をでた。エスカレータで地上に出て駅に向かおう。まさかこんなにすぐ家に帰ることになるなんて。母に不審がられるかもしれないから何か言い訳を用意した方がいいだろうか……。

「見つけたわ、この人殺し!」

 声のほうに目を向けると女が男の腕をつかんで引っ張ていた。女は黒いロングヘアにベージュのブラウスにベージュのロングスカート、一見すると清楚な見た目だが、今は凄い形相だ。

「うるせえ!」

 男は女を振り払った。男は金の短髪、耳に金のリングピアスと金のネックレスに派手なシャツ、声色はドスがきいていた。

 エスカレーターで地上に出ようとする男に女は後ろから飛びついた。

「逃がさない!」

「うぜぇんだよ!」

 男は女を殴った。女はそれでも男にすがった。 その光景を見て周りの客や店の店員が集まってきて男を取り押さえようとしていた。エスカレーター前の騒ぎは収まりそうになく、蓮はその場を離れ、エレベーターで一階へ出ることにした。

 地下二階のエスカレータから店を三軒通るとエレベーター乗り場にたどり着く。蓮は足早にエレベーターに向かった。

 エレベーター乗り場にはすでに人がエスカレーターを待っていた、光っている乗場押ボタンは下向きだった。それを見て蓮はため息をついた。

 上の階数表示を見るとちょうど1からB1に変わった。扉が開き、乗客が三人降りてきた、そのうちの一人が蓮の前で立ち止まった。

「あっ、佐藤じゃん、朝早いね」

 声をかけてきたのは同級生の鈴木結愛スズキユウアイだった。

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