魔法少女のスカウトマン
雨漏り球団
第一章
第1話 元スカウトマン
『こちら現場の山崎です! えー…都内では魔獣が大暴れしており…あ、また一つビルが破壊されてしまいました! 現場は正に阿鼻叫喚! 人類は魔獣の脅威に怯えるしかできないのでしょうか!?』
ラジオからの声で目が覚める。どうやら付けっぱなしで寝ていたらしい。
『まってー!怪獣さん!!』
『え? あれは…空に誰かが、誰でしょう? 空に少女が浮かんでおります! あれは…まさか!?』
『心を知らない怪獣さん!! この愛の魔法少女、ハートフルが一切合切、その身体におしえてあげるわっ!!』
『魔法少女です!! 我々の救世主、魔法少女が来てくれました!!』
ラジオからの雑音が耳について煩わしい。電源を切りたいが、何処にもラジオは見当たらない。空き缶をどかし、ゴミの山を崩しても、ラジオからの音が部屋中にこだまするばかり。
『魔法少女は魔獣に殴る蹴るの連続攻撃!! 彼女の猛攻はとどまることを知りません!』
『うおりゃあ!!!』
『更には…魔獣の決死の抵抗をもヒラリとかわし、余裕を見せつける始末です! そして……見てください! 片手に持つステッキが光って! これはかの有名な必殺技、ビー』
やっとラジオの電源を切ることができた。ゴミと一緒に間違えて捨ててしまったのか、ゴミ袋に入り込んでいた。念願の静寂が手に入る。
「ふー……」
窓を開け、空気を入れ替える。いつもと変わらない街並みを虚ろな目で見つめながら、タバコに火を点ける。吐き出した煙はフワフワと宙を漂い、跡形もなく消えていった。
「…………」
俺の職業は特定の才能を見出だし、人材を勧誘・斡旋するスカウト業。そして、求められる人材は…
「魔法少女…………か」
魔法少女のスカウトマン
「まあ、元なんだけど」
俺は北条ユウ。元スカウトマン。
将来有望な魔法少女を見つけ出し、大成させる。それを生業として数10年生きてきた男だ。しかし、現在はその仕事から手を引き、定職に就くことなく、浮き草のような日々を過ごしていた。
今日も今日とて、俺は平日の真昼間から公園で呆けていた。木製のベンチに座り、色んな形に変容する雲を何の気なしに眺める。
浮き草というよりは浮き雲かもしれない。フワフワして、地に足を付けていない。そんなことを考えつつ、空に目を向けるばかりの毎日だった。
「へいへいパスパス…ってどこパスしてんだー! へたくそー!」
「ご、ごめーん!」
「おっしゃー!! こっちのボールだぜー!」
子供たちの無邪気な声が公園中を賑やかす。子供たちは遊具のタイヤをゴールに見立て、サッカーで遊んでいるようだ。
あの年頃の子たちはボール一つだけ、いやたとえ無くとも何かしらの遊びを独自で見つけ、夢中になれるから素晴らしいとも、羨ましいとも思う。
「あーあ…チームからはずされちゃったー…」
すると子供たちの一人が集団の輪から外れて、此方にやってくる。さきほど、友達と口論していた子供のようだ。その子は隣のベンチに座ると、サッカーで遊ぶ友達たちを退屈そうに眺めていた。
「………よっと」
つい、俺は草むらに落ちているボールを宙に蹴り上げた。子供の注意が此方に向く。俺はそのままリフティングを繰り返すと、おもむろにその子供に向かってボールを蹴った。
「え?」
「パスパス!」
足元に転がるボール。子供の目はそのボールと同じように丸くなっていた。
「ほいパスパス!」
「えっと……えい! あ、ごめんなさい!」
「だいじょう…ぶ!」
子供の蹴りでボールはあさっての方向に飛んだ。が、俺は足でボールを受け止め、なんとかリカバリー。子供はホッと胸を撫で下ろしたようだった。
「ごめんなさい……おれ、コントロールがすこし…」
「大丈夫。失敗してもいいから、おじさんに蹴ってきな」
「う、うん……」
こんな真昼間から、公園で見知らぬ子供とサッカーとは……我ながら…。
事案。
*
「…ふぅ」
ひとしきり子供とサッカーに興じた後、俺は息を切らしながらベンチに腰を下ろしていた。
かなり疲れた。
齢も三十を過ぎると、体は徐々にガタつき始める。頭では分かっていたけれど、子ども相手のサッカーで息を切らすとは思わなかった。
「あー10代の頃が恋しい…。あの頃ぁ良かった。身体だけでも戻らないかな。戻らないか。魔法でも使えりゃあいいが……ってなに考えてんだ……俺は」
「…独り言激しすぎません?」
ベンチの傍らにスーツ姿の女性が。訝しげな表情でその娘は俺を見下ろしていた。
「あー
「ちっす」
この娘は
彼女と出会ったのは数年前。スマホを落とし、面接会場まで行けず、途方に暮れているところを偶然俺が助けた。
その日以来、こうして公園などで顔を合わせては、言葉を交わすようになった間柄である。彼女は俺のような者にも分け隔てなく接してくれる良い娘なのだ。
「こんにちはっす。今日もお
「まあねー。今日はずっと空眺めてた」
「時間の浪費えぐいっすね」
「でも意外に楽しいよ、雲にも色んな形があって」
「えー…。まあでも空をじっと見るなんて小学生以来かもなあ…」
青空には綿のような白い雲が悠々と浮かんでいる。ちぎれたり、混ざったり、雲は生きているみたいに色んな形を魅せていた。
そんな空模様を二人してベンチで仰ぎ見て、時間が過ぎていった。
「麗花ちゃん、今日は会社は無いの?」
「あーそうなんっすよ。今朝、会社近くに魔獣が出たみたいで、急な休みに。電車も動いてないですしね」
「そうなんだー。最近多いからね、魔獣も」
ちらと麗花ちゃんを見る。
彼女は大量の荷物を持っていた。
ビニール袋には大量のオムツやお惣菜がたくさん詰められ、重そうだった。
「運ぼうか?」
「あ。大丈夫っすよ。この間も運んで貰ったし……あ、そうだ」
すると麗花ちゃんは持っていたビニール袋をガサガサと漁り出した。
「これ、さっきスーパーで、半額だったんで食べてください」
と、差し出したのは割引シールが張ってあるスーパーのお惣菜だった。中身はハンバーグやコロッケの入ったミックスグリル。10%引きのシールが貼ってある。
「…いいの? これって家で介護しているお母さんの分じゃあ」
「いいですいいんです。母の分はたんと買ってありますから!」
「…そう言うなら、ありがとう」
私はパックに手を差し伸べる。端から見ると、年下に餌付けされてるようにしか見えないが、プライドなんて皆無に近しいので、私はありがたく受け取ることにした。
その時、またもや、ボールがてーんと跳んできた。そのボールを追いかけて、子供が一人元気よく走って来る。
「あ、おじさん!」
つい先ほど、サッカーで遊んであげた子供だった。子供はボールを抱きしめると、白い歯をこぼして笑った。
「さっきはどうもでした!」
「おー、仲直りした?」
「うん! おじさんのアドバイスのおかげで、うまくいったよ!」
「ならよかった」
「うん!」
元気よく頷いた後、友達に名前を呼ばれるやいなや、子供はまた集団の輪へ戻っていった。子供はやはり元気が一番だ。そんなことを思いながら、遊ぶ姿をボーッと眺めた。
「なんか教えてたんっすか?」
麗花ちゃんがそう訊ねる。
「サッカーを少しだけね」
「へぇ。ホント子供の面倒見良いっすよねぇ」
「…まあ前職で似たようなことしてたからかな」
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