第15話 心を通わせる瞬間





盗賊団の壊滅という困難を共に乗り越えたクラリティとガルフストリームは、少しずつ互いの距離を縮めていた。形式的な夫婦関係に過ぎなかった二人が、今では互いを信頼し、支え合う存在となりつつあった。領地巡りの旅も終盤を迎え、次に訪れる町での滞在が、二人にとって大きな転機となる。



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孤独な夜の告白


旅の疲れを癒すため、二人は町の外れにある小さな館に滞在することとなった。その夜、クラリティは自室で読書をしていたが、ふと外の空気が恋しくなり、庭に出て星空を見上げていた。


「一人でこんな場所にいるのか。」


背後から聞き慣れた低い声が響き、クラリティは振り返った。そこには、ゆったりとした姿勢で立つガルフストリームの姿があった。彼もまた一人になりたかったのだろうか。二人は自然と並んで座り、静かな時間を共有した。


「こうして星空を眺めるのは久しぶりです。」

クラリティは目を細めながら呟いた。その声には安らぎが滲んでいた。


「領地を守るために、私はずっと走り続けてきた。君とこうして静かな時間を過ごせることが、どれほど貴重かを今になって知った。」

ガルフストリームの言葉は意外だった。彼の冷静で計算高い性格からは想像もつかないような、感情のこもった告白だったからだ。


クラリティは少し驚きながらも、微笑んで彼を見つめた。

「あなたが私にそんな風に思ってくださっているなんて、夢にも思いませんでした。」



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ガルフストリームの過去


その後、二人は静かに会話を続けた。ガルフストリームは、これまで語ることのなかった自分の過去について話し始めた。彼が当主としての責務を背負うことになった若い頃、先代が遺した莫大な借金、家臣や領民の信頼を取り戻すための苦労――そのすべてが彼の心に深い傷を残していた。


「私が当主になったとき、誰も私を信じていなかった。いや、信じる余裕がなかったのかもしれない。だから私は感情を押し殺し、ただ責務を果たすことだけを考えてきた。」


その言葉に、クラリティは胸が締め付けられる思いがした。冷徹で無感情に見えた彼の態度は、実際には自分自身を守るための仮面だったのだ。


「それでも、あなたは公爵家を守り抜いた。そして、今こうして領民の信頼を得ているじゃありませんか。」

クラリティは優しい声で励ました。その瞳には、彼を真摯に理解しようとする思いが込められていた。


「君がそう言ってくれるのは、私にとって救いだ。」

ガルフストリームは微かに微笑んだ。その笑みはこれまで見たどんな表情よりも柔らかく、クラリティの胸を温かくした。



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クラリティの不安


一方で、クラリティもまた、自分の心の中にある不安を彼に打ち明けた。彼女は公爵夫人という立場を与えられながらも、自分がその役割にふさわしいのか、ずっと疑問を抱いていた。


「私は、あなたの役に立てているのでしょうか?」

彼女の声には迷いが滲んでいた。彼女自身も自分の存在価値を問い続けていたのだ。


ガルフストリームはその言葉に少し驚いたようだったが、すぐに優しく答えた。

「君は間違いなく私の支えになっている。今回の旅で、君の存在がどれほど大きいかを思い知った。」


その言葉に、クラリティの心は一瞬で軽くなった。彼の本心が、彼女にとってこれ以上ない励ましだったからだ。



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触れ合う心


その夜、二人は長い時間を共に過ごした。星空の下で、これまで語ることのなかった感情を打ち明け合い、互いの心に触れた瞬間だった。これまで形式的だった関係に、初めて本当の意味での絆が生まれたのだ。


やがて、ガルフストリームは立ち上がり、彼女に手を差し伸べた。

「そろそろ中に戻ろう。風が冷たくなってきた。」


クラリティはその手を取りながら、自然と微笑んだ。その手の温もりは、これまでの彼とは違う優しさを感じさせた。


「ありがとうございます。あなたとこうして話せて、本当に良かったです。」


「いや、私こそ感謝している。君がいてくれることで、私は変わり始めているのかもしれない。」


その言葉に、クラリティは胸が熱くなるのを感じた。二人の間には、これまでとは異なる温かい空気が流れていた。



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新たな決意


部屋に戻ったクラリティは、一人静かに考えていた。これまでの彼との関係は形式的なものに過ぎないと思っていたが、彼が自分を信頼し、心を開き始めたことを実感し、彼女もまた本当の意味で彼を支えたいと思うようになった。


一方、ガルフストリームもまた、自室でクラリティとの会話を思い返していた。彼にとって、彼女は単なる契約上の妻ではなく、人生の伴侶になりつつあると感じていた。


「彼女となら、これからどんな困難も乗り越えられるかもしれない。」


その思いは、彼の胸の中で確信へと変わりつつあった。


この夜を境に、二人の関係は確かなものへと変化していく。形式的な夫婦から、本当の夫婦へ――その道筋が見え始めた瞬間だった。


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