第13話 夫婦の再出発

リーヴェントンの陰謀が防がれ、公爵家の屋敷に平穏が戻った。しかし、その裏でガルフストリームとクラリティの間には、これまで以上に確かな信頼と絆が生まれていた。形式的だった夫婦関係が、少しずつ温かみを帯び始めていたのだ。とはいえ、二人の関係はまだ完全に変わったわけではなかった。互いの心に生じた微妙な変化をどう扱うべきか、二人とも手探りの状態だった。



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新たな提案


ある日の午後、ガルフストリームが珍しく庭でクラリティに声をかけた。彼はいつも冷静で堅苦しい印象を与えるが、この時の彼はどこか柔らかな雰囲気をまとっていた。


「クラリティ、少し話がある。」


彼女は花壇の手入れをしていた手を止め、顔を上げた。

「何でしょうか?」


「しばらく公務の関係で領地を回る予定がある。その間、君に同行してほしいと思っている。」


その提案に、クラリティは驚きを隠せなかった。これまでガルフストリームが外出する際、彼女を連れて行くことはほとんどなかったからだ。彼はあくまで形式的な夫婦関係を維持する姿勢を保っていた。それが、今回の提案はどういう意図なのか、彼女には測りかねた。


「私が同行する必要があるのですか?」


彼女が問い返すと、ガルフストリームは少しだけ視線を逸らしながら答えた。

「必要というより……君にも領地の状況を見てほしいと思った。それに、少しでも時間を共有したい。」


最後の一言に、クラリティの胸が軽く高鳴った。彼が初めて「時間を共有する」という言葉を口にしたからだ。それがどういう意味を持つのか、彼女自身も完全には理解できなかったが、心のどこかで嬉しさを感じている自分がいた。



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旅の始まり


数日後、二人は公爵家の馬車に乗り込み、領地巡りの旅へと出発した。道中、クラリティは普段の屋敷とは異なる広大な自然の景色や、領地で働く人々の様子に目を奪われていた。彼女は初めて、自分が公爵夫人として大きな責任を負っていることを実感した。


「ガルフストリーム、ここは……とても美しい土地ですね。」

窓の外を眺めながら彼女が言うと、彼は少しだけ微笑んだ。


「この土地は先代から受け継いだものだ。私が守るべきものの一つだ。」


その声には彼の深い責任感が感じられた。クラリティは彼の言葉に胸を打たれ、自分もこの土地と人々を守るためにできることを探したいと思った。



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領民たちとの交流


旅の途中、二人は領地の中心部にある小さな村を訪れた。ガルフストリームが訪問するのは久しぶりだったらしく、村人たちは一斉に集まって歓迎の言葉を述べた。その中で、クラリティは領民たちが彼に深い信頼と尊敬を寄せていることを感じ取った。


「奥様、お美しい方ですね!公爵様も幸せ者です。」

村の女性たちがクラリティに話しかけてきた。彼女は少し照れくさそうに微笑みながら、彼女たちと交流を始めた。クラリティはその温かい言葉に触れるたび、自分が公爵家の一員であることを改めて実感した。


その様子を少し離れた場所から見つめていたガルフストリームは、初めて彼女が自分の領地で輝いて見えることに気づいた。彼女が人々と話す姿には自然な優しさがあり、彼自身がこれまで見逃してきた彼女の魅力を感じ取った。



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旅の夜


旅の途中の夜、二人は宿泊した領地の館で夕食を共にしていた。普段の食卓とは異なり、この夜は静かな屋敷で二人きりだった。暖炉の炎が揺れる中、クラリティがふと口を開いた。


「今日、村の方々とお話しして、あなたがどれほど領地の人々に信頼されているのかが分かりました。」


彼女の言葉に、ガルフストリームは驚いたような表情を見せたが、すぐに軽く頷いた。

「私が守らなければならないからな。それが公爵としての役割だ。」


「その役割を果たすあなたを、私は本当に尊敬しています。」


その真剣な言葉に、ガルフストリームは少しだけ表情を和らげた。そして、彼は静かに口を開いた。

「君がこうして一緒にいてくれることが、私にとってどれほど助けになっているか、君には分からないだろう。」


クラリティは彼の言葉に驚きつつも、その瞳に込められた感情を見逃さなかった。これまで形式的な夫婦関係を保つために距離を置いてきた彼が、初めて心の内を明かした瞬間だった。



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夫婦の新たな一歩


その夜、クラリティは自室で暖炉の火を見つめながら、彼との会話を思い返していた。これまで公爵夫人としての役割を果たそうと努めてきたが、彼の本当の気持ちに触れたことで、自分の中に新たな感情が芽生え始めていることを感じていた。


一方で、ガルフストリームもまた、これまでの彼女への冷淡な態度を悔やんでいた。形式的な関係という枠組みを越えて、彼女を支え、そして支えられる存在として認め始めていた。


旅はまだ続く。だが、この一歩が二人の関係を大きく変えるきっかけになることは、二人とも薄々感じていた。真実の愛へと向かう道は、少しずつ開かれ始めていたのだった。


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