四話、ボクにとって特別なこと
暖炉の部屋で、四人向かい合わせで座ってテーブルを囲む。
「今日は寒いからミルクシチューにしてみましたよ」
「鶏肉も沢山入ってるぞ」
「お母さまのシチューは最高なのよ」
「いい匂いだね!」
ミルクベースのスープで野菜が煮込まれた甘い匂いが部屋中にただよって鼻がヒクヒク震えてしまう。さらに焼き立てのパンの香ばしい香りに尻尾がユラユラ、初めての食べるという経験に全身がソワソワしてしまう。
「さぁ、いただきましょう」
フェリアがシチューの皿とサラダの木皿を目の前に置いてくれた。サアヤがカゴいっぱいに盛られたパンをテーブルの中央に置く。
「いただこう」
「いただきます」
ガウムとサアヤに習ってボクも手を合わせる。
「いただきます」
「ニャーさん、スプーンを使うといいわよ」
「ありがと」
隣に座るサアヤが、ボクにスプーンの使い方を教えてくれた。けど初めてだからなのか、うまく使えなくて、スプーンをギュッと握りしめてシチューを掬ってパクリと口に入れた。
温かいミルク味のシチューはほんのり甘くて、舌先で崩れてしまうじゃがいもや野菜。そしてなによりも鶏肉が柔らかくてとろけてしまう。
初めてのモノを食べるということ。
口いっぱいに広がる色々な味。
きっとコレが、この感覚が……。
「ん〜……! 美味しい!!」
ってコトなんだと思う。
ボクが感動を伝えると、嬉しそうにフェリアは顔をほころばせる。
「気に入って頂けて良かったわ」
お風呂とは違って、身体の中からじんわり温まっていく。
「パンはちぎって食べるのよ」
「こうかな?」
一口サイズにちぎっては食べていくサアヤを真似する。パンは外はカリッとして中はもっちり柔らかくて、ちぎって口に入れるとバターの香りがフワッと鼻まで届く。
「おかわりしていい?」
「もちろんいいわよ」
フェリアが皿を持っていって、すぐに湯気がほわほわ立ち上がるシチューのおかわりを渡してくれた。
「ありがと!」
「サラダも美味しいのよ」
渡されたフォークで突き刺すようにして食べていく。サラダは採れたて野菜なんだろう。レタスはシャキシャキ、きゅうりはパリパリ、トマトはジュワッと瑞々しくて新鮮そのもの。
「ふふふ! 口元にまるでミルクのお髭が生えたみたいだわ」
柔らかな布で、サアヤがボクの口元を拭いて微笑む。
骨だった時は食べる必要は無かったから、食べ物がこんなにも美味しくて、家族と食べる食事がこんなにも楽しいなんて思わなかった。だから夢中になって食べてしまった。
「あなた達、今日は疲れたでしょう。もう寝なさい」
「そうだな。夜も遅い。暖かくして寝るんだぞ」
「おやすみなさい。お母さま、お父さま。行きましょうニャーさん」
「うん。ガウム、フェリア、おやすみ」
サアヤを真似て挨拶をすると、二人は微笑み「おやすみ」と頭を撫でてくれた。
二階にサアヤの部屋はあった。魔法石の光を灯す。ピンク色の絨毯、飴色の家具、丸く白いテーブルセットは、どれも可愛い。
「やっぱり夜は寒いわね」
「そうだね」
窓を締め、花柄のカーテンで外を隠す。「寝る時はこのお洋服に着替えるのよ」と、ベッドの上に用意されていた白いネグリジェをサアヤに着せてもらった。ちなみにサアヤは薄い黄色のネグリジェだ。どちらも可愛らしい小さな花の刺繍が散りばめられいる。
「さぁ、寝ましょう」
手を引かれてベッドに入る。
「あったかい!」
「そうでしょう! いつもお母さまが魔法石の湯たんぽを入れてくれてるの」
足元に布に包まれた丸い物が二つ、布団を暖めていた。熱すぎず丁度いいポカポカ加減だ。
二人で同じベッドに寝転がって手を繋ぐ
カーテンの隙間からは月が二つ。夜にしては明るい。
「あと二人、ニャーさんに会って欲しい人がいるの」
月明かりの中、内緒話のようにサアヤが耳元でささやく。
「だぁれ?」
「もうこの家にはいないけど大切な家族。私のお姉さまたちよ。一番上のピネお姉さまは王都で働いているから今は会えないのだけど、二番目のレニィお姉さまはこの村の人と結婚しているからすぐ会えると思うわ」
「わぁ! 二人もいるんだね。ボクも会ってみたい」
きっと二人共サアヤに、そっくりな気がする。それになによりサアヤの大切な家族だ。会わない選択肢なんてない。
「ふふふ。楽しみだわ! 私も初めてお姉さまたちのお顔が見られるんですもの!」
「ボクたち初めてがいっぱいだね!」
「そうね」
「うん」
世界の色がサアヤにとってすべて初めてなら、ボクにとって食べるとか寝るとか、そんな小さなことも初めてだ。骨の時は眠らなくても平気だったからね。
「明日は早速、二番目のレニィお姉さまに会いに行きましょう」
「うん! 行く!」
サアヤと過ごす、すべての日々が時間が新鮮で特別なんだ。
「おやすみなさいニャーさん」
「うん。おやすみサアヤ」
ボクの隣で寝息をたてはじめるサアヤ。
ふかふかベッドの中、少しずつゆっくりと眠りに落ちていく。意識が深いところまで沈んでいくような不思議な感覚。たったそれだけのことさえ特別で大切な宝物に思えた。
◇
ピチチチッ! ピュィピピピッ!
賑やかなな鳥のさえずりで目が覚めた。ダンジョンにはない鳥や虫や人間たちの声。カーテンの隙間からは、太陽の熱いくらいの日差しが入ってきて眩しい。
「ニャーさん、おはようございます」
隣には、少し眠そうに目をこすりながら微笑むサアヤ。
「おはよ! サアヤ」
両腕を伸ばし、あくびをしながら起き上がる。
「今日はお母さまにお弁当を作ってもらって、レニィお姉さまに会いに行こうと思うの」
少し興奮気味にサアヤは勢いよく起きて、ボクの手を握ってきた。
「お弁当持っていくの?」
「そうよ。三人でお外でお弁当を食べるのよ。でね、お日さまの下でピクニックするの。きっととっても楽しいと思うわ」
カーテンの隙間から見える緑色の草原。太陽の下でピクニック……それは、間違いなく。
「うん! 楽しそうだね!」
「早速、お出かけの準備をしましょう」
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