03 西遊記

「この馬なんだけどさ、騾馬って感じしない? ちょっと小さいよ。僕は乗れるけど、一号はなあ……」

「なんだい、百七十八あるぜ、俺」

「あ、負けたかも」

「いくつ?」

「絶対教えたくない」

「ははは。弱み握ったかな」


 てくてくと走る気がしない馬に歩幅を合わせていた。

 木陰のない道程はそれが辛かった。


「あちいなあ」

「朝ご飯に僕食べる?」

「そ、そういう問題じゃない」

「元気でると思うよ。僕は貴族らしく美味しいものを食べてきたかんじがある」

「ん——。それなら、マジックでご飯を出してよ。メニューには煩くないから」


 彼は馬から降り、そこら中にある木の幹に手綱を繋いだ。


「僕さ、自慢じゃないけど一度も成功してないよ。なんのマジックもできない」

「期待しようか」

「できなくても我慢して」


 彼が両手を太陽に翳す。

 なんたらかんたら呟く。


「はあ——! いでよ!」


 煙一つでない。


「いでよ! 朝ご飯」

「大丈夫?」

「煩い、ないものをだすのって無理じゃん?」

「ああ、ならこの背の高い木の実を落としてよ」

「ならば」


 なんたらかんたら再び。


「落ちよ! 木の実」


 ボトボトボトボト……。


「うほーい。十個は落ちたぜ」

「食べられますかね?」

「割ってみるか」


 小さな瓜に似た実だった。

 殻もなく、開けやすい。

 指で穴をあけ、すっと啜ったら——。


「甘い! デリシャスじゃん」

「そうだね。一号に噛みつかれなくてよかったよ」


 ジト目が俺に刺さる。


「まあ、そんな日もあるさ」

「食べるってこと? アナタ」


 ギャグばかりな気がするが、山岳駅伝をしていた頃と印象が違う。

 辺鄙な土地にきても、いいヤツだってことは分かった。

 噛みつくのは脱水したときにしよう。


「ん? 一号、よからぬことを考えていた?」

「んにゃ、もぐもぐ」

「あーやーしーい」


 六個ずつ食べて、喉の渇きは収まった。

 この木と並行して暫くいくから、困ったら実に頼ればいいか。


「今度は俺が馬に乗るから」


 ブヒヒ。


「あ、そっぽ向いたな。馬」


 ブヒーン。


「なんか名前がほしいんじゃない?」

「全くそうはみえないが」

「僕には懐いているからね。分かるんだよ」

「馬くん」


 ブヒヒヒヒイ。


「怒られているよ」

「え? マジで?」


 朱が俺に耳打ちしてきた。


「よおーし。ありがたいお名前だ。玄奘げんじょうさん」


 ブヒビ!


「おお、喜んだぞ」

「だな。ありがたいよな」


 朱は、こういう形ではマジシャンなのかもしれない。

 西遊記に登場するお坊さんの本来の名だ。

 馬も喜ぶって、知的なヤツだな。


「じゃあ、この先ずっと真っすぐだけど、山の麓までいくか」

「オーライ。西遊記みたいなのカッコイイなあ」

「お勉強くさくて俺は嫌だが」

「え? 文房具にも萌えないタイプ?」

「そうだよ。女子がカワイイーとかはしゃぐのに怖気がくる」


【もぎゅもぎゅ。お馬はパカパカいきますよ】


 ——?


「馬が喋った?」

「喋るお馬さん?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る