第3話
今日はバイトが終わると、私の家ではなく、彼氏の部屋に向かった
職場から歩いて5分のところにある。私の家より近い
駅チカの、割と新しめのアパートの3階。私が住んでいるおんぼろアパートとは大違いだ。家賃は私の家の1.5倍くらいある
駅に近いのはうらやましいし、綺麗なのもうらやましい。でも家賃を聞くと、そこまででもなくなってしまったのを思い出す。こうやって偶に訪れるくらいが丁度いい気がする
エレベーターを使って5階に上がり、少し歩くといつきの部屋がある。チャイムを押すと、すぐに鍵が開いた
「お疲れ様」
柔らかな笑みを浮かべて、いつきが出迎えてくれた。付き合い始めてしばらく経つけど、未だにこの笑顔にドキッとする。そして最近は、それと同時に安心感も感じるようになっていた
「うん、お邪魔します」
靴を脱いで、綺麗にそろえられたふわふわしたスリッパに履き替える
足の圧迫感がなくなって、仕事の疲れが抜けていくのを感じる
部屋に入ると、ふわっと爽やかな香りが漂ってきた。石鹸のにおい。いつも彼の部屋に入ると、このにおいがする。部屋の隅に置いてあるルームディフューザーの匂いだ
さりげない香りが漂う、整理された綺麗な部屋
私の部屋だって汚いわけじゃないけど、いつきの部屋と比べるとおしゃれさに欠ける
私の部屋は何の香りもしないし、いつきの部屋みたいに、家具の色とかが統一されていたりもしない
いつきはもうお風呂に入った後みたいで、寝間着に身を包んでくつろいでいた。キッチンにはチャーハンがラップに包まれておいてある
「ごはん作っておいたよ」
「うん、ありがとう」
チャーハンはいつきの得意料理だ。いつきの作るチャーハンはすごくおいしいし、仕事終わりはおなかがすいているから、作ってくれてうれしい
自分も仕事で忙しいはずなのに、私が遅くまで仕事をした後にいつきの家による時は、いつも何か作っておいてくれる
早速レンジで温めてから、チャーハンを頬ばる
「おいしい」
「そう?よかった」
私が心の底から賛辞を送ると、いつきが嬉しそうに笑った。相変わらず、かわいらしい笑顔だった
いつもながら美味しい。パラパラしてる訳じゃないし、本格的なチャーハンというわけではない。塩コショウと醤油で味付けされたシンプルなチャーハン。それなのにいつも美味しいと感じる
昔、おばあちゃんが作ってくれたチャーハンに似ているからかもしれない
チャーハンを食べ終わると、自分で食器を洗って、それからお風呂を借りる
いつもより少しだけ念入りに体を洗って、いつきの部屋に置いてある私の部屋着に着替える
「お風呂ありがとう」
「うん」
ソファでテレビを見ていたいつきの隣に腰を下ろす
「はぁー」
何だか今日一日の疲れが抜けて、ソファに沈みながら、間の抜けた声が漏れてくる。こんな風には、自分の部屋ではならない。こんな風に疲れが抜けていくのは、いつきの部屋にいるときだけだ
くつろいでいるとすぐ隣から、いつきのクスクス笑う声が聞こえてきた
「ずいぶん疲れてるみたいだね」
「まーね。五連勤の最終日だったし」
「お疲れ様だね」
「いつきもね」
バイトの私と違って、正社員のいつきには、ノルマとかもあるらしいし、責任もある。私とは全然仕事に使う労力が違うだろう
それなのにけろりとして見えるいつきは、いったい何なのだろうか
しかも私より年下なんだよね...
テレビを見ながら、何気ない会話を交わす
お互いの最近の仕事の話を少ししてからは、いつきがほとんど話してくれる。昨日の飲み会の話。友達と遊びに行った話。最近大きな仕事を任されたという話
最初はリラックスしていたけど、だんだん心が曇っていくのを感じる
昔はいつきと話すのが好きだったのに、今は胸を張って好きだと言うことができない
最近はいつもそうだ。いつきと話していると、もやもやする。おいてかれているような、寂しい、焦燥感、そんなものを感じてしまう
飲み会には数人の女性もいたらしい。私なんかよりもきっとかわいくて優秀で面白い子がいたに違いない
大きな仕事を任されたらしい。アルバイトをしている私には絶対にないことで、おいていかれたのを強く感じる
「三久」
不意にいつきに名前を呼ばれた。いつきらしい、優しい呼び方だった
いつきの話を聞き流しながら、すっかり自分の世界に入ってしまっていた私の意識は、一気に現実に引き戻される
いつきの方を向くと、少し真剣そうな顔をしたいつきが隣にいた
どきりと心臓が大きく鼓動するのを感じる
やっぱり、いつきはかっこいいな
この顔が好きになったのが、いつきを好きになるきっかけだった
ゆっくりと顔が近づいてくる。もう何回もした行為。そのはずなのに、私はいつもどきどきして、いつきのことが好きなんだと再認識させられる。会話を純粋に楽しめなくなっていたとしても、私はいつきがやっぱり好きだ
やわらかい唇。かたい腕に抱かれて、少し安心感を感じて、舌が入ってきて脳が痺れる
私は夢中になって彼にしがみつく。舌を絡ませて、荒い息を吐き出す
気が付いたら私の背中はソファについている
いつ仰向けになったのかわからない
服が控えめに捲られていく
(いい?)
そんなことを聞いていそうな目線
(うん)
不安で眠れない夜ばっかりで、嫉妬でおかしくなりそうな時ばっかりでも、やっぱり私はこの人が好きで、こうしている時だけは、私は心から幸せを感じることができる
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