漂うように生きれたら

れん

第1話

「いらっしゃいませー」


駅中のコンビニは忙しい

駅に電車が止まるたびに、大勢の人が押し寄せる


今も、さっきまでまばらだった店内に、たくさんの人が入ってきたところだ


一気にお店の中が賑やかになって、視界に人しか写らなくなる


そんなお店の中で、私の口から気だるげな、やる気の感じられない声が出る


「いらっしゃいませー」


まあいつものことだ


どうせ誰も聞いてない。こっちを振り向く人なんていない。右耳から左耳に流れていくだけの声に、感情を込める意味がどこにあるのだろう


昔はもうちょっと愛想のいい声が出ていたような気がするけど、気が付いたらそんな声の出し方は忘れてしまった


夜8時のコンビニ。外はもう真っ暗だろうけど、駅中のコンビニにいるとそういうのも実感し辛い


夜だというのに、コンビニの窓の外は明るくて、電車を降りたたくさんの人が歩いている

店内もたくさんの人で賑わっていて、活気のよさにげんなりする


「はあ...」


まだもう少し通勤ラッシュは続く。まだ忙しい時間が続くのだろう。そう思うと思わずため息が出る


また電車が止まったらしい。たくさんの人がこの店の中に入ってくる。その10人に1人くらい割合で「いらっしゃいませ」と声をかける


本当は全員に声をかけるべきなのだろうけど、そんなことをしていては喉がつぶれてしまう。というかめんどくさい。そこまでしなくても怒られたりしないし


まあバイトなんてこんなもんで大丈夫だろう


いつからそんなことを思うようになったんだっけ?


いらっしゃいませ。ありがとうございました。袋入りますか?


決まった言葉を何度も口にし、頭を使うことなく流れるようにお客さんをさばく

つまらない労働。退屈で死にそうな8時間を何とかやり過ごすことだけを考える


「お疲れさまでした」


11時にやっと仕事が終わって、外に出る。一刻も早く息苦しい場所から抜け出したくて、私はいつも一番早く職場を出る。出勤するのはだいたい一番最後


店を出ると、ほんの数時間前まで駅の中にはたくさん人がいたはずなのに、気が付いたら閑散としている。通勤ラッシュを過ぎれば、駅の中はびっくりするくらい人がいなくなる。私の耳や目の中には、さっきまでの喧騒がまだ残っているというのに。まるで違う世界に迷い込んだみたいだ


駅の外に出ると案の定真っ暗で、夜風が少し冷たかった

この前まであんなに暑かったのに。気が付いたら涼しくなっていて、なんだか不思議だ。嬉しい。私が一番好きな季節だから


駅の駐輪場から自転車を引っ張り出してまたがって、夜の街を横切る

もうこの時間は車もほとんど走っていなくて、誰の目も気にすることなく、信号も気にせずに好きに走る


よくないことはわかっているけど、誰も見てないし、そんなこと知ったことか


冷たい風が体にあたって気持ちよくて、仕事が終わった解放感も相まって、割と楽しい。私が一番好きな時間かもしれない


あっという間に家に着く。楽しい時間はあっという間だ

家の明かりをつけて、ポケットからスマホを取り出すと、二件の通知が来ていた


《バイトお疲れ様!》

《こっちはまだ同僚と飲んでる^^》


どっちも彼氏からだった

私をねぎらう言葉。そして彼氏の楽しそうな報告。何も悪いところなんてないはずなのに、ジクジクと胸が痛むのを感じる


《いいね。楽しそう。あまり飲みすぎないようにね》


自分の感情を押し殺し、そんな文章を送ると、スタンプが一つ送られてきた

猫が笑顔でグットをしている


《おやすみ》

《うん。おやすみ》


「はあ」


思わずため息が漏れる。きっとこれで今日の会話は終わりだろう


さみしい


こんな気持ち、彼と付き合う前はあまり思わなかった


毎日つまらない仕事をして、こんな風に一人で過ごす夜の方が多くて、何のために生きているのかわからない


最近はずっとそうだ。満たされない。愛されたい。そばに誰かいてほしい。そんな何かを欲する日々が続いている


「ふう...」


まったく気は進まないけれど、いつまでもスマホの画面を見ていても何が変わるというわけでもない。それどころか、どんどん気分が沈んでいくであろうことは想像がつく。シャワーを浴びてすっきりしよう


そう思った私は息を吐き出すと、そのままの勢いで立ち上がり、足を引きずるように浴室に向かった


でもまあやっぱり、シャワーを浴びてしばらくしても、胸のもやもやはなくならない

まあいつものことだ。慣れたりはしないけど、どうしようもないことはわかっている


彼に大切にされていない訳じゃない

こまめに連絡をくれるし、週に一回は時間を作って会ってくれる

彼は銀行員で、結構忙しいはずなのにもかかわらずだ

きっといい彼氏なんだと思う


私がこんな風になってしまうのは私が悪い。そんなことはわかっている

きっと私は、世にいう、メンヘラというやつなのだろう


変わらなければいけないのは私だ。そんなことはわかっているけど変われなくて、ずっと苦しみ続けている


お風呂を出ると、時計は夜の3時を指していた

背中まで伸びた髪は、洗うのも乾かすのも時間がかかる

今は特にこだわりはないけれど、子供のころからずっとロングにしていたから、惰性でずっとこの髪型だ。いっそのことボブにでもしてしまえば楽になる気がするけど、なんとなく似合わない気がして、踏み切れない


そろそろ寝ないといけないけれど、そんな気分じゃなかった

疲れて瞼は重くて、今すぐにでも眠れそうなのに、いまだ消えない寂しい気持ちが、私を寝かせてくれない


しょうがないから本を読むことにする

読みかけの小説。これはいつ読み始めたんだっけ?


おそらくは二か月前とかだろう。いい加減読み終えたい

そんな義務感にも似た気持ちで、小説をめくっていく


昔は心のそこから読書が好きだった。一日に一冊本を読んでいた日もあったくらいだ

でも今はそこまでの熱はない。仕事が忙しい。休みの日は彼氏に会ったり、家事をしたりしないとだし、あまり時間がない


そんな言い訳を並べて、あまり読書をしなくなってしまった


つまらないわけじゃない。それなりに面白いと思う

だけど、なぜか昔みたいに何時間も集中力を保つことができない。熱中できない。ないならないでいいもの


仕事でつかれているせいか。読書に飽きているせいか。寂しいせいか

たぶん全部なのだろう


ぺらぺらと小説をめくって、集中力がきれたらぼーっと部屋の何もない一画を眺め、また気が乗ったら小説を読む。そんな風に過ごしてしばらく時間をつぶし、ふとスマホを見ると、4時になっていた


流石にそろそろ寝なくちゃな


照明を消して、しぶしぶと布団の中に入る

まだ寂しさは消えていない

目をつむるけど、なかなか意識は落ちてくれない


こういう時、死んでしまいたいと思う

こんな日がこれまで何度もあって、きっとこれからも何度もある

そしてきっと、そこまで楽しいことがある訳じゃない


そう思うと、これから生き続けることの意味が分からなくなる


「はあ」


寝返りをうって、枕元に置いてあったスマホを見る

彼から連絡でも来てないかと思ったけど、何も来てなかった

通知音が鳴ってなかったから知っていたことだけど、少しだけ期待していた


スマホを置いて目をつむる


さみしいよ


そんな気持ちがずっと消えなくて、眠れなくて、きっと長い時間が過ぎて、もう寝れないかもって何度も思った。でもいつの間にか、私は眠りに落ちていたのだった

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