第19話 大魔神の恋人
倉之助は愛音と共に〈エナジーシールド〉に乗って長い通路を移動する。
通路は縦横五メートル。
迷宮化した通路はトンネルのように同じ光景が連続し、天井の明かりは健在なのに正面が不自然なほど暗いので十メートル先を見通すことも難しい。
倉之助は不意の遭遇に備えて周囲を警戒しながらゆるゆると移動していると、落ちないように腕にしがみついていた愛音が口を開いた。
「……あの、コーチ。すみませんでした」
「ん? 急にどうしたんでござるか?」
「せっかくいただいたパーカーをダメにしちゃって……」
悲しそうに言う愛音に、倉之助は笑って応えた。
「なぁに、気にしとらんよ。だから無理に着る必要はないでござるよ」
「無理はしてません。好きで着てるんです」
「しかし胸元や背中が丸見えで犯罪臭がすごいでござるよ」
「実際犯罪ですよ! コーチのプレゼントを破くなんて!」
信じられないとばかりに憤慨する愛音に倉之助は聞いた。
「一体何があったんでござるか?」
「コーチは百股してるって……それにわたしのことも狙ってるから逃げようって言ってました」
「愛音殿はなんと答えたんでござるか?」
「コーチなら恋人の百人ぐらいいるだろうって答えたんです。そしたら純白ちゃんありえないって言い出して……きっとなにか悪いことをして逃げられないようにしてるんだって言い出すからコーチはそんなことしない、って反論したらコーチに洗脳されているって言い出して……」
事実確認もせずに攻撃した純白もヤバいが、根拠のない信頼を向ける愛音もヤバい。これでは純白の勘違いを加速させるだろう。
倉之助は内心ため息を付きながらも言う。
「なるほどなぁ……」
「実際のところ恋人は何人いるんですか?」
「純白殿の言う通り百人でござるな。と言ってもマジの恋人ではなく
「……どういうことですか?」
「今やギフテッドは
「――そのためのニセコイ、というわけですか?」
「その通り。通称――『大魔神の恋人』。評判は悪くないが、そのせいで男たちから恨みを買っていてな。おいどんに消えてほしい者は大勢いるでござるよ。『久世の会』もそのうちの一つ」
「そういうことですか。でも人殺しをするようなカルト宗教なら深夜に忍び込んできそうですし、コーチ一人じゃ大変なんじゃないですか?」
首をひねる愛音に、大魔神は頷いて答える。
「うむ。なので一緒に住んで警備会社にも守ってもらっておる。ちなみにこの警備会社に愛音殿の父親――烈火殿と風魔殿も所属しているでござる」
「――もしかしてわたしとコーチが出会ったのも……」
「お二人の仕込みでござる。愛音を助けてほしいと言われてな」
「そうだったんですか……」
愛音は表情を陰らせる。
「――ショックでござったか?」
「ショックと言うか……誰も信じてくれなかった話を信じて親身になってくれたから嬉しかったんです――それこそ運命の出会いに感じてしまうほどに……」
「クハハ、運命とはな。そう言ってもらえたなら頑張った甲斐があるというもの。あとはご両親に愛音殿を無事に届ければおいどんの役目は終わったも同然でござるな」
「……え?」
「ん?」
愛音は意外そうな表情をする。
「どうしたでござるか?」
「役目が終わったって……どういう……」
「世界がこんな状況ではダイエットなんてしてる場合では無いでござろう? それに愛音殿の悩みの原因も判明したし、あとは〈エリクサー〉を飲めば解決でござるからな。ダイエット計画は終了でござるよ」
「そ、それじゃあわたしはこれからどうすれば……」
「自宅待機でござろう」
「な、なんでですか? これから一緒にモンスターを倒したり、宝物を見つけたり、ラストダンジョンをクリアしたりしないんですか!?」
「そうしたいのは山々だがおいどんは恋人たちを守らんといかん。それに護衛対象の愛音殿を
倉之助が仕方なさそうに言うと愛音は倉之助にすがりついた。
「い、イヤです! わたし、コーチと一緒にいたいです! そ、そうだ! わたしも恋人になりたいです! 百一番目の恋人にしてください!」
「すまぬが恋人は百人が定員。しかも三つの条件があるんでござるよ」
「三つの……条件?」
「そう。そしてそれを守れるものだけが恋人になれる、というわけでござる」
「お、教えて下さい! その条件を……ッ!!」
「…………聞いても無駄でござるよ」
「む、無駄? どういうことですか!?」
「愛音殿と同じように保護を求めるものは多い。しかし先程も言った通り定員があるので順番待ちが発生しているんでござるよ。聞いた話では二百人以上とか」
「に、に、にひゃくにん~~~~~~ッ!?」
「……助けを求める者は全て助けたいが、恋人という建前を使う以上、金は取れん。だから親御さんの支援と寄付で運営されているんで無尽蔵には増やせん。しかも今後は食糧難すら予想される状況。恋人どころか保護すら難しいかもしれん」
「そんな……」
絶望する愛音だったが倉之助は笑いかける。
「安心してくだされ。愛音殿は烈火殿や風魔殿の社宅が有るのでそちらに天花さんと一緒に住めばいい。さすれば個人の家よりは安全でござるよ」
「でも……コーチにはもう会えないんですよね?」
「……まぁ、そうでござるな。そもそもこの一ヶ月は恋人たちと交流時間も減ってるんでこれ以上ほったらかしにしたら面倒事になるかもしれん」
「……面倒事、ですか?」
「うちでは契約書まで作ってルールを決めてあるんでござるよ。百人もいれば絶対面倒事が起きるのでな。その中には恋人のふりをするためにデートや食事なんかを共にすることが定められてるんだが――最近は、愛音殿にかかり切りでござったからな。糾弾される可能性があるんでござるよ」
倉之助は困ったとばかりに笑うが、愛音には理解できなかった。
「ニセコイ……なんですよね?」
ならばそんなことしなくてもいいのではないか?
そもそも、そういうことをしたくない女性が所属しているのではないのか?
愛音が首をかしげていると倉之助は苦笑した。
「ほんとにな。なんでこんな事やってんだろうなぁ……」
「…………イヤ、なんですか?」
「嫌というわけではないが、本来おいどんがしたかったのは悪党の拠点を潰して被害者を救助することでござる」
倉之助は周囲を警戒しながら鼻をら鳴らす。
「しかしそれは現在禁じられておる。拉致監禁されている者を助けるために突入するのは不法侵入だとか器物破損だとか言われてな。早く助けなければ外国に売られたりするのにのらりくらり――挙句の果てに自衛隊や米軍にまで護衛という名の監視までつけられる始末。そういう意味では恋人たちは首輪で警備会社は安全装置なんでござろうな」
倉之助は
「まぁ、そんなわけで仮に恋人になれたとしても今までのように遊ぶことはできん。個人的な自由もほとんどない。愛音殿は自由に生きてくだされ」
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