第33話 文化祭 怒 哀
「杏」
春斗が呼び捨てにした女性は、不遜な態度であった。
そばにいるお付きの女性に、扇子を持たせて仰がせている。
「お兄様! そんなどこぞと知らぬ者と仲良くするとは、青井の恥をさらす気ですか」
「杏。その汚い口をいい加減やめなさい。このままではあの男と同じになりますよ」
「あらやだ。お父様の事を侮辱する気ですかお兄様。それでも青井家の長男ですか」
「いいえ。自分は青井家の人間じゃない。それに父なんていません。養父だけが自分の家族です。それより自分はあなたの事を心配しています」
暗い。深い。孤独を感じる。
それは冷たくて、寂しい。
胸が締め付けられる思いになった桃百は、心配で声を掛けた。
春斗の左耳に口を近づけて、小声で聞く。
「は。春斗さん。どなたで?」
「自分の半妹です」
「妹さん!?」
春斗の半妹【青井杏】
春斗が生まれた翌年に生まれている。
だから分かる。
亡くなった母を捨てた速度が異常な事がだ。
「お兄様ならば、こんな一般人よりも、六家の四葉麗華を落とすべきでは。女の私では出来ませんからね」
「麗華さんを落とす?」
「ええ。お兄様は青井の為。四葉麗華を抱き込み、青井の力を強化するべきです。一井になるためにです」
「自分は、青井の人間じゃないです! それに青井の為に動くことはない。生涯ないです。自分は自分です」
二人の思考は平行線だった。
自分は青井の人間じゃない。
あなたはあくまでも青井の人間でしょ。
この考えの違いは、絶対に交わる事がないのだ。
「それに杏! 自分は許しません。聞き捨てならない言葉がありました」
「え・・・な。なにを?」
春斗が怒り出した事が分からない。
今までもこのような言い合いはしてきたのに、今回ばかりは激しい怒りがある。
「【どこぞ】【こんな】とはなんですか。モモさんは立派な方です。彼女を侮辱する言葉は許しません」
「くっ。お。お兄様」
杏が急に耳を押さえて、膝を突く。
「あなたが謝るまで。自分は攻撃を続けます」
春斗の攻撃は不協和音だ。
人。又はモンスターに、不快な音を聞かせる技。
春斗の場合は、これが精密で、ピンポイント爆撃が可能となっている。
なんと、この人の密集地となっている校舎内で、杏にだけ攻撃を当てているのだ。
「お・・お兄様」
「お嬢様に何を! やめろ!!」
お付きの女性が動き出した。
隠し持つダガーで、春斗の顔面を切りつけるために前に繰り出した。
「あなたは誰です。見た事がない」
「え!? こ。これは!?」
高速で動き出した春斗は、彼女のダガーを持つ手を叩いて、落としそうになったダガーを一瞬で回収しながら、彼女の手を持つ。
彼女が武器所持者だと周りに知らせない配慮をしていた。
「な、中ノ瀬友梨です」
「杏との関係は」
「従であります」
「そうですか。では離します。あなたは関係ない」
「え?」
解放されると思わず口をぽかんと開けて驚く。
圧倒的力の差があったのだから痛めつけていいはず。
「自分はあなたに反省を求めていない。この子に反省を求めています! 謝りなさい。杏!」
春斗は、友梨の手は離した。
その場に崩れる杏のそばに置く。
「お。お兄様・・・これは・・・お父様に・・・」
「お嬢様。お嬢様。大丈夫ですか!」
「ゆ。友梨・・・これはこの男が・・・・ぐっ」
友梨は、杏の痛みが辛そうで、春斗の足元で嘆願する。
「春斗様。どうかお許しを」
「あなたではない。何も悪くないのです」
今までの春斗の怒りの中でも、今回はかなり強かった。
感情が表情にも乗っている。
鬼の形相だ。
「は、春斗さん。何かをしているのなら、やめて・・・か。可哀想です」
こんな春斗は初めて見たから、近くにいた桃百は怯えながら聞いた。
「いいえ。この子に同情は駄目です。そんな甘えは許さない。人を見下すような人になってはいけない。青井栄太になってはいけない!」
「お兄様・・・その言葉! お父様に知らせ・・・」
「ええ。どうぞ。あの男には横から来るなと。娘を介すなと。自分の元に来るのなら、正々堂々。自分の正面に来いと伝えなさい! それでも自分は全てを粉砕しますがね」
「お。お兄様」
いつでも真っ向勝負を受けるつもりだ。
春斗の宣言とも取れる発言に、杏が立ち上がる。
再度の宣戦布告かと思いきや、彼女は桃百に頭を下げた。
「い。いいでしょう。今回ばかりは・・・・そこの人。発言を撤回します。申し訳ありません」
「・・・いいえ。私は気にはしてないので」
桃百が許したので、春斗に聞く。
「これで、どうです。お。お兄様」
「いいでしょう。モモさんが許したら、自分も許すしかない」
春斗は力を解除した。
不協和音が消える。
「お兄様。その力。ここで使ってもよろしかったので」
立ち上がった杏は、友梨に膝の埃を払ってもらう。
その間も春斗との会話を続ける。
「ええ。ここでは、あなたしか分かっていませんからね。それに、あなたもここでバラしたら、連帯責任となり、青井も泥を被りますよ」
春斗は、相手の言い分を先手で潰した。
自分の力を学校の校舎内で出したこと。それが駄目。
しかし、この力を、ここにいる人々にバラしても、それも駄目だ。
双方が駄目ならば、杏は黙るしかない。
「しかし。これで周りは何が起きたかと・・・」
杏が周りを見ると、お客さんや生徒たちが廊下を素通りしていく。
何もなかったかのようだった。
「まさか。お兄様。ここを・・・」
「そうです」
桃百がそばにいるので、答えを言わない。
地面を指差して、この力は知っているでしょうと、顔で言っていた。
そう春斗が行っていたのは、無音フィールド。
それも、この四人の周りにだけ作った極小サイズのもの。
他の人たちにはここ以外の音が聞こえている。
だから、彼らがお話していても、彼らの音だけが無音である事に気付いてもいない。
「お兄様。そんな高度な技を多発的に!?」
「これくらいは余裕です。あなたもこれ以上の厄介は持ち運ばないようにしてください。自分の周りの人たちを傷つける行為はしないでください。したら、この倍で、次もあったらその倍で動きます」
「は。はい。わかりました」
ここは素直に頷くしかない。
杏は頭を下げてまで了承した。
「杏! あなたはあの男とは違う道を・・・・頼みます、あなたは一緒ではいけません」
「・・・・」
妹への情が全くないわけじゃない。
でも、血が半分一緒なだけで、暮らしてもいないし、それに何より、この杏の後ろに栄太が見え隠れするのが気に食わない。
だから、あまり兄妹間の関係は良くなかった。
「それでは、自分はここから去ります。杏。あなたも。気をつけなさい。それと、あなたもです。友梨さん」
「え。私ですか」
「はい。お隠しになっているのは何でしょうか。その力。ダガーを扱う事が力じゃありませんね」
「・・・何の事で?」
「いいでしょう。いずれどこかで」
春斗は彼女の手を握った時に分かっていた。
彼女が身体強化系の能力者じゃない事にだ。
しかもそれなのに、強化系Cランク程度までの力を有していたのだ。
彼女も返事を返した。
「はい・・・どこかで」
◇
妹たちと離れた後。
春斗たちは、屋上の手前にまで移動した。そして到着と同時に春斗が桃百に頭を下げる。
「すみませんでした。自分のせいで不快な思いをしましたね。青井を嫌いなはずなのに。あなたを関わらせた。申し訳ないです」
「いいんです。私の事は・・・それより・・・」
それよりもあなたの様子が。
桃百は春斗の様子の変化が気になって仕方なかった。
「いえ。それではいけません。でも・・・今日は。今日は楽しかったんです・・・でも、そうです。もうここからは、自分から離れた方が良いと思います。あれは、しぶとくてそれに執念深いので、自分と離れた方がいい。また来ると思いますので、今日は解散でお願いします」
「は。春斗さん。ま。待って。今日はじゃ・・・」
「いえ。すみません。しばらく頭を冷やすので、屋上にいきます。また落ち着いたら・・・」
春斗が去ろうとする時にふと感じた。
二度と会わない。二度と話さない。
そんなつもりじゃないかと。
桃百は直感でそんな事を感じながら、彼の背に手をかけられなかった。
あと少し手を伸ばせば、彼に触れられるのに。
もう一歩の勇気が出なかった。
それは、彼の悲しげな声と、怒りの表情が、彼女の勇気を邪魔したからだった。
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