第10話 ダンジョンにアクシデントは付き物。だから攻略が難しい
「準備して!」
「春君?」
春斗からは聞いた事のない大きな声に、香凛は戸惑った。
「香凛。アルト。二人は固まって! イレギュラーが始まってる」
「え?」
香凛は動きを止めたが、アルトは指示に従う。
香凛のすぐ隣に立った。
「アルト。そのまま香凛を連れて。入り口に! 自分と移動です」
「おう。何かあるんだな」
「ええ。急ぎます」
春斗とアルトが移動を開始。香凛はアルトに抱きかかえられて、移動となる。
「ハル。何があったんだ」
「前を見てください。入口が閉じています」
「え? あ。ほ、ほんとだ」
向かっている先の入り口が閉じていた。
閉じる事がありえないから、見間違えたかと思って、アルトは頭を振る。
そして、もう一度見ても、やっぱり入口は閉じていた。
「これがおかしいんですよ。出口が開くのならわかりますが、入口が閉じるのはあり得ない」
ダンジョンはそういう仕組み。
通常通り動くのなら、出口が開いて次へと誘う。
なのに今回は出口が開かずに入口が閉じる。
これは何らかのトラップ。
人間を確実に仕留めるための罠だ。
「ここから何が起こるかわかりません。アルトと香凛は自分の身を守ってください」
「・・・ハルは? どうするつもりだ」
「ここは仕方ない。自分が戦います」
「は? お前が?」
「ええ。やるしか・・・ん!?」
春斗は後ろからプレッシャーを感じた。
そこから振り向いてからは、行動そのものが速い。
戦闘態勢を即座に取る。
「アルト。香凛と入口へ」
「え」
「いいから早く。そのまま急いで。振り返らずに」
「ああ」
自分が止めれば、二人なら入口にまで移動できる。
そう思った春斗は、後ろにあったプレッシャーが消えている事に気付いた。
敵の感覚は二人のそばにあった。
「しまっ・・・狙いがそっちか!」
春斗がここから大加速。
音の力で移動を速くしていく。
「「え!?」」
二人が衝突音に驚き左を見る。
すると、春斗と謎のモンスターが拳をぶつけていた。
互角の打ち合いのせいで、互いが後ろに下がって距離が出来た。
「ハル!」
「いいから。下がってください。自分はこいつから目を離せません」
「わ。わかった」
アルトと香凛が入口にまで移動しても、春斗とモンスターの撃ち合いが続く。
拳と拳が衝突して、爆発音のような音が、ボス部屋に響く。
◇
二人が入口に到着。
春斗の戦いを見た。
「な。なんなのあれ」
「すげえ。ハル。あいつ。Dじゃねえよ。あんな動き・・・」
尋常ならざる速度と、爆発音を生み出す拳の威力。
この二つから考えても、Dランクでは出来ない事だった。
「あのモンスター・・・そういや、資料で見た事が。姿がミノタウロスなんだけど。でもそうか?」
「え。それって赤い体じゃなかったかな?」
「ああ。だから変だ。あの黒い角はいいとして。あの青い体はどういう事だ」
「アルト、調べよう。今の春君に聞くのはよくないもん」
一生懸命に戦っている春斗に質問するなんて出来ない。
二人は学生が使用する特殊デバイスを使って、敵を調べた。
◇
Aクラスモンスター ミノタウロス。
真っ赤な肉体に黒い角がトレードマーク。
体の大きさは大小あるが最低でも3m50cmはあるので、いずれにしても人間からすれば巨体。
武器はこん棒か大斧。それか拳である。
ゴブリン同様、武器を持つ型のミノタウロスだと素早さがない。
拳型だと素早い。
ギフターズの身体系の上位陣とほぼ同じ速度となる。
ここまで強さを強調してきたが、ノーマルミノタウロスはA級の下位層である。
A級のハンターがソロでも倒すことが出来るレベルだという事だ。
しかし、ここから亜種の説明をしよう。
Aクラスモンスター エルテウロス。
真っ青な肉体に黒い角がトレードマーク。
体の大きさもミノタウロスとほぼ同じ。
違いがあるのは色だけに見せているが、攻撃方法が違う。
拳のみである。
一点突破の武人のような戦闘方法に、人間は対処がしにくくなる。
武闘派のギフターズがいてやっと戦いになる。
A級のハンターが複数いて初めて互角に戦えるのが上位層。
ソロで倒すつもりなら、S級でないといけない。
◇
「そんな。S級・・」
香凛の目の前には、そのモンスターと互角に戦えている男がいる。
その男は、速度負けも力負けもしない。
「あいつ。S級がいて、やっとのモンスターと互角だぞ。やっぱ変だ?」
アルトは目で動きを捉えようとしたが、二つの移動を見極めることが出来なかった。
春斗とエルテウロスが撃ち合いをする。
その攻撃動作の為に足を止める時だけが、姿が見える瞬間だった。
「速えよ・・・全然目で追えない」
「うん。あたしたちじゃ。無理だね」
「なのに。なんでハルは・・」
互いの技が、互いに効かない。
それでも春斗とモンスターは拳のぶつけ合いを続けた。
◇
「非常に面白い。あなたの行動は、武道ですね。正々堂々だ」
敵の行動パターンを読む事。
それが宗像の教えでもあったので、ここまでの殴り合いの中で解析していた。
『がああああ』
この咆哮も苛立ちに感じる。
春斗は敵の顔も見つめていた。
互いの拳は空を切らない。
確実に敵の体を目掛けている。
攻撃を攻撃で防がなければ、互いに致命傷となる打撃だ。
エルテウロスの右拳は、春斗のみぞおちに向かう。
「急所狙い! 良いですよ! その一発逆転を狙う精神・・・んんん!?」
拳に気を取られていた。
春斗の右脇腹に敵のつま先が突き刺さっている。
「ぐはっ・・・ふぇ・・・フェイント!?」
敵の行動が変わる事を予知できなかった。
春斗の口から血が零れて、エルテウロスの攻撃力により体が横にズレる。
「・・・ごほっ・・・ん。馬鹿な。ここでそういう動きをしてくるのか!?」
まるで人間のような駆け引き。
敵の次の行動が更に違う。
追い打ちを仕掛けてきた。
エステウロスが、春斗の正面に入って、正拳突きが炸裂。
みぞおちにクリティカルで拳が入る。
「がはっ。な・・・なに」
ここに来ての真っ向勝負。しかも地面を踏みしめた最も力の入る態勢からの一撃だった。
それがもろに入った春斗は、吹き飛んでいく。
部屋の中央から隅。右の壁にまで運ばれた。
吹き飛んだ衝撃のままに背中を強く打って、ぐったりとしている。
「ハル!」
「春君」
今の叫びで、エステウロスの標的が二人に切り替わる。
邪魔な敵はもう倒したと、今度は香凛とアルトに迫る。
ゆっくり。ゆっくりと。
あいつらは自分の足に敵うような身体能力を持っていないはずだと。
敵の強さを測っての行動に出てきた。余裕の態度を見せていた。
その移動が、二人の恐怖心を煽る。
「くっ。なんだこのプレッシャー。これがAの強さ!?」
「やだ。怖い。あ、足が」
まだ遠くにいるはずなのに、香凛の足が勝手にすくんだ。膝が砕けて、腰にも力が上手く入らない。その場にへたり込むようにして倒れた。
「香凛・・・そうだよな。ビビるのはしょうがねえ。俺もだ。でも俺がなんとかする。あれがAなら、紫であれば!」
雷の力を上げれば、勝てるはず。
アルトは今できる精一杯の事をしようと、雷の力を手の平に集中させた。
黄色。青。ここまでは順調に上がるが、赤へと昇華しない。
「なんでだ。おい。俺の雷!」
ギフターズの力を縛るものは、焦燥。恐怖。絶望。
負の感情が力の発動の邪魔をする。
今のアルトはそのどれにも当てはまるために、力のコントロールを失っていた。
「あ・・・アルト! 前。前」
「う・あ・・・ああああ」
力の発動に気を取られていた。アルトの目の前にはエルテウロスがいた。
『があ。あ』
ニヤリと笑った気がした。
嘲笑の笑み。
アルトと香凛を見たエルテウロスの勝利の笑みだ。
完全優位の状態に勝者の気分だったらしい。
『ふっ』
今にも腰が抜けそうなアルトの上から、エルテウロスは鼻で笑う。
その息が更に恐怖を生み出し、雷の力は黄色にまで落ちた。
『が!』
アッパーカットの軌道で拳が動く。
それにアルトは反応が出来ていた。
どんなに恐怖しようとも、アルトは後ろで倒れている香凛を守るために、反撃の行動が出来た。
雷の手を敵の手に重ねる。
「てめえ。これでもくらえ」
拳と拳が衝突して、アルトの拳があっさりと負ける。
黄色の雷では対抗できなかった。
攻撃の勢いを崩せず、アルトは宙に浮いていく。
2m真上に飛んで、アルトの腹が、敵のちょうどいい位置に入った。
「な。くそ。そういうことか」
体を浮かせたのはわざとだ。一番力の入る位置に自分を持ってくるのが今の攻防のやり取りだった。
戦う時に自分よりも良く考えている。
策略があった。
モンスターの癖に!
アルトは、実力不足と、経験不足を感じた。
「でも諦めっか!!!」
最後の力で、雷の力を腹に集中させた。
敵の拳がここを通っても、雷の力で焼いて威力を落としてみせる。
意地を通したアルトは、この時ばかりは集中していて、咄嗟でも赤の力が出ていた。
「受けて立つ!」
腹に一撃貰う覚悟。そして、今が自分が戦っているんだという覚悟。
双方の覚悟を持ってその身に拳を貰う体勢を作った。
『があ!』
エステウロスの拳がアルトの雷に到達すると、エステウロスの顔が歪んだ。
雷の力に拳が若干負けている。
「そっちも痛いけど。俺もだな。がはっ」
エステウロスの威力が減衰した拳が、アルトの腹に直撃。
威力が落ちても、そのまま壁に叩きつけられるまで吹き飛ぶ。
壁にズルズルとなって、地面にまで落ちると、アルトは腹を押さえて立ち上がれなくなった。
「か。香凛・・に。逃げろ・・・お前だけでも。ここは俺が・・・」
「アルト。春君。そんな二人が・・・」
香凛の前へと進むエステウロス。
勝利はもう手に入ったも同然。
そんな油断や慢心が感じられる。その理由は動作が遅い事。
目の前に標的がいて、素早く動けるモンスターであるのだから、さっさと殺せばいいのに。
わざとゆっくりに動いて、香凛に恐怖してもらおうと、楽しんでいるのだ。
『がは!』
鬼の口がニパッと開いた。
喜びの感情が溢れている。
「あ・・・こ・・・怖い・・・・恐いよ。春君。アルト」
顔を上げられない香凛。上げてしまえば、あの青い鬼の顔が見える。
それに今、顔を上げずとも自分の前に足がある。大きな足が二つ並んで待っている。
それだけでも怖いのに。
上を見上げれば、もっと怖いに決まってる。
見たら恐怖でもっと泣くに決まっている。
だから体を小さくして丸めていた。
何も出来ない事も。目の前のプレッシャーから逃れる方法も。
そして何より戦える精神力がないことが。
自分を一番苦しめた。
もっと強くあればと、香凛もアルトと同じような事を思っていた。
でも香凛の方は立ち向かえなかった。玉砕覚悟の心もまだ持てなかったのだ。
心も体も、この状況に追いつかない。
行き場のない世界の中に、たった一つの希望の声が聞こえる。
「ちょっとすみません。自分の友人を泣かさないでもらえますかね」
ここでも淡々とした声は聞こえるわけだ。
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