第9話 一学年にして、いきなりのボス戦
3層と4層に変化はない。
あるとしたら、出てくるモンスターがミックスとなり、スライムとゴブリンが同時に出現したり、4層になるとその数が増えていくという形であった。
ここで二人が、潜り始めよりも戦い慣れしてきたので、苦戦もすることなくここまで楽勝となっていた。
まあ、二人の実力から言えば、もっと簡単に力任せに倒せたりするのだが、春斗が微調整をして、テクニカルに勝ち進む方式を取っているので、二人の疲労度も高くない。
なので、まだまだ進軍が可能となっていた。
この先を進む事はまだ出来る。
春斗は無理をせずに進めると思って、二人の戦いを見守りながら、もっと奥へと進む計画を立てた。
◇
5層。
ここまで来る間に、一年一組の第六班までの班全部とすれ違っているので、春斗たちが先頭となっている。
それで最後にすれ違った四班が4層と5層の間で戻っていくので、この層に何かあるのじゃないかと、春斗が警戒をしていると、ここで驚くべき事態となる。
春斗の想定外が起きていた。
「な!?」
ボス部屋だった。
通常10層区切りのボス部屋が、5層にある。
春斗はイレギュラーかと思い悩んだが、考えを改める。
「そうか。ここであるという事は、さほど強くないボスなのか。他のダンジョンよりも・・・」
今までの敵もEのみ。
通常クラスの難易度だと、ここまでで、Cが出てくる場合もある。
その際は当然に単体となるのだが、このダンジョンではそういった場面に出くわすこともなかった。
「だからこそ。学生が入る事が許されたダンジョン・・・そういうことですか」
春斗の顔が明るい。
ダンジョンの事を考えている時が一番生き生きしているのだ。
「春君。どうするの。この部屋に入る?」
「ええ。入りましょう。いつでも逃げ出せるので、入ってみましょう」
通常ボス部屋は、入口を閉じない。
それがダンジョンの決まりだった。
逃げるのは是となっていて、いつでも離脱が可能となっている。
ゲームやアニメなどであるダンジョンではここが閉ざされているのが多い中で、現実世界のダンジョンは何故か開いたままなのだ。
「じゃあ、いってみようぜ。俺からいくわ」
「いいですよ。ただ敵がどこから出現するか。要注意ですよ」
「ああ。まかせとけ」
アルトを先頭にして、三人は進んだ。
一年にしてここまで順調なのは、彼らの班が初である。
◇
「いないぞ。ハル」
「ええ。出現無しパターンですか。珍しい」
誰かが一歩でも侵入したら、ボスが待ち構えるのが通常。
なのに、登場の気配もない。
「ん? 冷気・・・ああ、そういう事ですか。これは」
背筋がひんやりとする風が出てきた。
徐々に強まる風を感じると、大体だが予測出来た。
春斗が指示を出す。
「これは大変に珍しい。なので二人とも自分のそばに来てください。ちょっと説明します」
「うん」「おう」
二人が寄ってくれると、春斗は説明するための時間を作るために、自分たちの外側に音を出した。
無音フィールドと呼ばれる。
春斗の能力の一種で、目に見えない障壁を作る技だ。
こちらは相手の嫌がる音を出して近寄らせないための壁じゃなく、中にいる人間の音を外に漏らさない防音のようなシステムの技である。
「いいですか。今回の敵はDランク。幽鬼系モンスターの通常レイスです」
「通常? ハル、通常ってなんだ?」
アルトが聞いた。
「はい。レイスにも種類があるんですが。今回のモンスターは通常。ノーマルレイスと言うモンスターで、攻撃も防御も、基本に忠実です」
モンスター解説タイム。
この時の春斗は楽しそうである。
「それで春君。どんな奴なの」
「はい。レイスは自身の攻撃のギリギリまでこちらに姿を見せません・・・香凛。ここらが若干寒いのは気付いていますか」
「・・・そう言えば、何だか肌寒い様な・・・」
香凛が自分の両腕を抱きしめて温める。
手で擦って、体温をあげようとした。
「通常レイスは、出現の際に冷気を出します。人を凍らせるんですよ。珍しいですよね。幽鬼なのにね。人の魂を取るんじゃないんです」
「え、じゃあハル。他のは魂を取るのか」
「はい。レッドレイスと言う赤いレイスがいて、それは魂を吸いに来ます。蜜を吸う蜂のように、人間の体に触れて、魂を取ると言われているんです」
怖いこと言ってんのに、なんで楽しそうなんだよ。
アルトは心の中で思っている。
「・・・魂が取られるとどうなるんだ」
だから戸惑いながら聞いている。
「ええ。まあ。実際はですね。魂を取ると言うよりかはギフターズの力を奪う感じになります。このことからギフターズの力の源は魂とか精神力に直結していると噂されています。まあ現に力を出し切るのに、精神力が重要ですからね。あながち間違いじゃないと思います」
ギフターズの能力は、脳と精神力が重要だと言われている。
脳はその人の出力限界を担当していて、精神力は技の出力を担当しているとされている。
だから、政府にある計測器は、脳波を調べている。
そこで春斗が計測不能になっていて、アルトがS、香凛がAの上位となった。
それで精神力について。つまり技の出力についての計測がないために、政府が二人の事をS級になれる器だと、曖昧にしていたのは、この考えから来ている。
「そうだったのか。心の力。さっきお前が言っていたのはそういうことか?」
「はい。ですから心を鍛える事が、ギフターズの能力を上げる事に直結しています」
「・・・わかった。説明サンキュ。じゃあ、どうやって倒すんだ」
「レイスに物理は効きません。なので香凛かアルトが挑戦しないと駄目ですね」
だから自分は戦えないと、両手を挙げてお手上げ状態ですよと春斗がジェスチャーした。
本来は、彼がここにいる二人よりも早くに倒すことが出来る。
なにせ春斗だと、攻撃のチャンス時にしか姿を出さないレイスの位置を音で把握することが、簡単なのだ。
反響音と呼ばれる技で、音が跳ね返る違いで、敵の移動を察知するという技を持っていて、春斗は、攻撃手段もまた豊富で、音の衝撃波などでレイスを瞬殺することも可能であるが、ここは二人の成長を願っているために、戦う事を放棄していた。
「春君。雷は分かるけど。テレキネシスって効くの?」
「はい。大丈夫。イメージさえあれば、攻撃は通ります」
「イメージ・・・どんな? レイスって幽体なんでしょ」
「ええ。ですからお化けを止めるイメージです」
「それがわからないんだけど・・」
「全体を見る事がお化けを止めるイメージに繋がりますよ。人間は、正体がわからないと、恐怖を止められないんです」
「わ。わかんない」
当てにならないアドバイスに、香凛の笑顔が止まった。苦笑いが続く。
「では、戦いましょう。二人にお任せするので、お願いします」
「おい。ハル。どこに」
「大丈夫。そばにはいますので・・・自分は引きます」
春斗は、無音フィールドを解除。
部屋の入り口に戻る。
◇
部屋の冷気は強まる一方。
それは敵の出現が近い証拠だ。
徐々に周辺の空気が冷え込んでいく。
肌寒いから、冬のような寒さに変化していく。
「さ。寒い。アルト、息がもう少しで白くなりそう」
「ああ。わかってる。香凛。俺の背に、お前の背を合わせてくれ」
「ん?」
「視界を360度にしよう。二人で協力すればなんとかなる。ハルがあっちに行っちまったしさ」
「うん。そうだね」
部屋の中央で二人は背中合わせになった。
入口の方にいる春斗が見えたのは香凛の方。
腕を組んで、こちらを見ている姿はまるで先生のようだった。
「春君。あの様子だと、協力してくれそうにないね」
「ああ。でもあいつ。どこにいるかわかってるみたいだよな」
「うん。なんとなくね。あたしたちと、目先が違うもんね」
春斗の視線の先が移動しているのに二人は気付いていた。
あれは、敵の移動を把握しているのだと。
「アルト。春君って変じゃない」
「ああ。普通の学生じゃねえよな。感覚も考えもさ。達観してるし、俺たちと同学年なんだろうけどさ。ここでの場数も違い過ぎるわ。なんであんなにダンジョンに詳しいんだ」
そこの疑問は、宗像四郎が悪いのです。
春斗が、計測不能の能力者であることが悪いのではなく、宗像四郎が完璧にダンジョン仕様に鍛え上げた事が、彼の今に繋がっている。
S級ハンター以上のハンターがここにいる。
「でもいい人だよね」
「まあ。そうだな。冷静で、他人から一歩引いてるけど、お節介ではあるな。指導してくれるし」
「うん。だからカッコいい。押し付ける気が無いのも。あたしを特別視しないのも。全部カッコいい」
「お前と同じなのが癪に障るけど。俺も同じ意見を持ってる。俺、ギフターズだと言われてから初めてだったんだ。特別扱いをして来ない人間なんてさ」
ハンターランクのS級。A級。
日本の人口から考えても極少数、特別な才を持つ者たちだ。
ちやほやもされるし、怖がられたりもする。
好感。反感。
どちらの感情も持たれるのが、上位のギフターズだ。
その中で、特別なSとAはギフターズ間でも同様の反応となる。
なのに、自分をDだと称する謎の男は、一切その感情を持たずに接してくる。
あの男は・・・不思議な魅力を持っているのだ。
二人は彼に惹かれ始めていた。
「それに、なんか期待されてるんだよな。俺たち」
「え、春君に?」
「ああ。時々さ。あいつの目が違うの。わかるか」
「わかんない」
「俺たちが、上手く戦うとあいつさ。すげえ嬉しそうなんだ。あの仏頂面の表情は変わらないけどな」
「そうなの」
「ああ。俺たちがどんどん強くなっていくのが面白いみたいだぞ。ハルはさ」
「そうなんだ。春君嬉しそうなんだ」
二人とも他人の反応に敏感で、顔色の変化を気にしてきた。
別々なところで育ったとしても、彼らは素晴らしい才を持っているから、似たような境遇で育ってきたのだ。
相手が使ってくるのは、おべっかなのか。それとも嫌味なのか。
綱渡りの人付き合いで、緊張感ある子供時代を過ごしてきた。
そこに現れた春斗という存在が眩しい。
自分を特別視しない人間なんて、今までで出会った事がない。
彼は滅多にいない貴重な存在なのだ。
ちょっと変人であるが。
「だから。倒す。全然見た事ないモンスターでも。俺は倒して! ハルに喜んでもらいたいのさ! それに、あいつが身を引いたってことは、ここを任せることが出来ると判断してくれたんだ。俺はその期待に応えたいのさ」
春斗が入り口に立つ理由は、一つ。
アルトと香凛ならば、レイスは倒せると思っているからだ。
「うん! あたしも同じ」
「よし。やるぜ。香凛。レイスが出たら止めてくれ」
「うん。でもどうやって? 止めるイメージはなんだろう」
「あいつ。お化けを止めるイメージって言ってたよな。それってなんだ?」
「・・・わかんない」
「ハルって意味不明だよな。時々」
「うん」
二人で後ろを振り向く。
春斗と目が合ったら、コクンと頷いた。
倒せますよ。
と言っている気がする。
「そう言えば、ハルの言っていたのは・・・お化けを止めるには、正体を見抜くって言ってたな。恐怖を乗り越えろみたいな感じの言い方でさ」
「ん。うん。そうだったね」
「正体を知らないから恐怖する。つまり。俺たちは、出てくるのがレイスだと認識している。だから・・・知っていて、全体を見たら」
「怖くない! もしかして、分かっていれば、あたしのテレキネシスで掴まえることが出来るのかな」
「かもしれない。お前が落ち着いていればな」
「うん。じゃあ。ちょっと呼吸する」
深呼吸をして、香凛は心を落ち着かせる。
モンスターの姿が見えず、浮足立ちそうな心を鎮めるに有効だ。
ギフターズの力は、心に直結する。
出力がSでも、心がDであれば、Dの力しか出ない。
だからS級の能力を持っていると判断されても、それがS級の心を持っているとは限らないから、人は面白い。
なにせこの場合、出力Bで心がBなら、この能力がBの人間に勝てないのだ。
人間は心で勝てる。
モンスター相手でもそれは同じだ。
「香凛。冷気が強まった。出てくると思う」
ついに息が白くなった。
今話している間でも、白い息が漏れている。
「うん・・・大丈夫。落ち着いてる。私の方に来ても、テレキネシスで掴まえる」
「ああ。お前が固定してくれたら、俺がぶっ放す」
アルトは指示を出しながら、雷の力の準備もしていた。
「うん」
五感を研ぎ澄まして、二人は敵を待つ。
部屋全体に冷気が強まっていく中で一か所。
寒さの頂点とも言える場所を見つけた。
アルトの右。香凛の左だ。
「こっちね」
「香凛。来るぞ!」
パキッと音が鳴って、姿を現したのはレイス。
氷状の鎌を持っていた。
「これで攻撃? でもそんなに」
「速くねえな。動きは鈍い」
「止める! 今のあたしは落ち着いてる!」
お化けが相手でも、正体を知ると怖くない。
これが出るんだと分かってしまえば。
最初からレイスですよと知っていれば。
落ち着いて対処ができるようだ。
敵の全身が見えたら、不思議と止めるイメージが湧いた。
香凛は力を行使する。
「止まれ!」
レイスの振り上げた鎌が止まった。
こちらへの攻撃が完全停止となる。
「アルト!!」
「おう。くらえ赤電!!」
Aクラスの技をここで出せるようになったアルト。
つまりは落ち着いて、普段に近い状態の精神で攻撃が出来ていた。
ダンジョンに慣れ、モンスターにも慣れてきたのだ。
「ゴォォォオオオオオ」
口が開いてもいないのに、断末魔の叫び。
レイスの独特の散り際か。
二人が消滅を確認している間に思った事だった。
レイスを倒すと、部屋の冷気が消えていく。
ボス部屋が通常の温度に変わった。
「倒したよね」「たぶん」
二人が互いの顔を見ると、いつの間にか春斗がそばに来ていた。
「よく出来ましたね。初ダンジョンでDモンスターの撃破は素晴らしい戦果ですよ。ええ。よく頑張りました」
「ハル!」「春君。凄いでしょ」
「ええ。素晴らしいですよ。おふた・・・ん!?」
春斗は後ろを振り向いた。
「どうしたハル?」
「これは・・・なんだ」
誰よりも早く異変を察知した春斗であった。
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