第6話 到達者 その先へ

 白の世界から脱出した直後。

 自分の目に映ったのは、可愛らしいものに溢れている小部屋だった。

 棚に置かれている人形の全てがこちらを見ていて、少々不気味。

 何だか一体一体が自分と目が合っている気がする。

 一番左にあるピンクのドレスを着た人形も、その隣の青い帽子を被った人形も、そのまた隣の馬に乗ったカウボーイの人形もだ。

 それでいくつもある中に日本人形が無かった。

 それが、せめてもの救い。

 あれは怖いでしょう。

 こっちを見ていたらさらにです。

 

 この部屋の奥にあるレースに包まれたベッドが、ピンクに彩られていて女性用のもの。

 こんなところに女性が住んでいるのか?

 そんな事を思いながら中に進むと、部屋中央にあるテーブルに辿り着いた。

 この丸型テーブルは、高貴な人たちが、庭などでお茶をするためのものに見える。

 なぜここに? 

 部屋の中なのに?


  

 「まさか妾の元にまで人が来るとはの。出来立てホヤホヤの迷宮なはず」

 「うわ。驚きましたね」


 テーブルの前に置かれていた椅子のそばに突然赤い目をした少女が現れた。

 小さな体だから、椅子に座るのにジャンプして座った。

 

 「おい人よ。今までとは容姿が違うの」

 「容姿が違う? それは日本人じゃなく外国人を見たという事ですか」


 迷宮の真相をクリアしたのは、バリトンさんとアロウさん。 

 だから二人の事かと思った。


 「外国人? 日本人?」

 「知らないと?」

 「うむ」


 目の前の少女は、世界の人種の違いをわからないらしい。

 口を尖らせて不満そうな顔をした。


 「まあよい。妾が話を聞こう。こちらに座りなさい」

 「はい」


 少女が手で示したのは向かいの席。

 真っ白なテーブルの真っ白な椅子に座る。


 「小僧。名は」

 「青井春斗です」

 「春斗か」

 「はい。あなたは?」

 「妾は・・・ナイショだ」

 「え?」


 自己紹介が水に流れた。

 自分だけ紹介した形になる。


 「では春斗。これより審問を開始する」

 「え・・・は、はい」


 背筋を伸ばして座り直した。


 「春斗。到達者として何を望む」


 到達者とは、攻略者の事だと変換した。

 

 「すみません。あの何を望むとはどういう事でしょうか。もしかして、前の到達者さんと同じお金とかですか?」

 「うむ。望むもの全てを用意するのが我々の役目だ。だから何でもいい。食、睡眠、性。三大欲求でも。それとも支配力などの力の渇望でもいい。望むものをこちらが用意しよう」

 「我々・・・こちら・・・」


 言い方が気になった。

 こんな事をしているのは、一人ではないような言い方だ。


 「あの褒美もなにもですね・・・自分。おそらくですが、到達者じゃないと思うんですが」

 「到達者じゃない??」

 

 本来、深層へと導かれる者は、ダンジョン攻略をして、最奥付近か最奥まで行った者だけなはず。

 自分は光によって深層に運び込まれたので、完全攻略とは言えないような気がした。


 「自分。謎の光によって深層にまで導かれたので、自分は到達したと言えますか。ダンジョン最奥などでそちらに向かったわけじゃないのですが。しかし最奥に向かったとしても、その道はあるのでしょうか」


 昔、最奥に到達したことがあるが、その先が無かったのですが。


 「むむむ。少し待て」


 テーブルに肘をかけて、彼女は顔の前で両手を合わせる。

 赤だった目が、琥珀の瞳に変化して、怪しく光る。


 「・・・・・」


 何かと交信しているのか。

 目がパチパチと光っていた。


 「なるほど。パターン3・・・・ふむふむ。わかった」


 彼女がぶつぶつ独り言を言いだした。


 「春斗。許可が出た。そちの精神に問題がない以上、今回は良しとする。到達者として、十分な能力もあるので大丈夫だ」

 「いいんですか。自分が到達者の仲間入りをしても?」

 「うむ。それで、何を望む」


 頭に浮かぶのは望みよりも、ダンジョン攻略者の仲間入りを果たした事への罪悪感。

 イレギュラーから到達者はズルいかもしれないと思ってしまった。

 どうせ攻略を目指すのならば、偉大な先人二人の様に普通にクリアしてみたかった。


 「しかし・・・自分が望むもの・・・ですか・・・」


 暫し考える。

 今の職業には満足しているし、今の生活にも満足している。

 過去があっても、現状には不満がないから望みがパッと思いつかない。


 「・・・・・」

 「なんじゃ。春斗。望むものがないのか」

 「え・・・まあ、そうですね」

 「それはないだろ」

 「へ?」


 目の前の少女の目が輝きだした。

 今度は、無機質な光ではなく、怒気が含まれている気がした。

 自分の曖昧な答えに怒りを露わにしたということか?


 「生きているのに、欲がないなどありえない。人が欲無く生きるのならば、それはもう死人だぞ」

 「死んでいる? 自分が?」

 「そうだ。心がないに等しい。人は欲がなければ、向上しない」

 「人の欲が、生の源ってことですか」


 少女は頷いた。


 「そうだ。誰よりも強くありたい。他よりも良いものを手に入れたい。これも欲だ。全ての行動の原動力。生きる上で大切な力。その力の一つを叶えるのが迷宮だ」

 「・・・・なるほど。つまり、他の到達者も何かを貰っているんですね。お金以外も」

 「いかにも」


 そうか。到達者は例外なく、この謎の人たちから力をもらえたのか。

 その人の望み。欲望。願望。野望。等々

 望むものを全ての内の一つか・・・。


 「すみません。また質問です」

 「いいぞ」

 「前の二人は何を貰ったんですか」

 「それは秘匿すべきものだから他の人間の望みは言えん。しかし前の二人とはなんだ?」

 「え。もしかして二人じゃない? 今まで、到達者って二人じゃないんですか」

 「到達者は春斗を入れると五人だ。内、妾は三人見た」

 「な!?」


 あの二人以外に、あと二人?

 え。誰だ。

 その人達、誰にも言わないでいたのか?

 いや、しかしだ。

 ダンジョンは攻略してしまえば、塔ごと消えるはず。

 そんな事が起きたら、近隣の人たちにはすぐに分かられて・・・。


 「まさか。到達者が現れてもダンジョンって消えるわけじゃないんですか?」

 「ダンジョンが消える?」


 そんな事は知らないぞ。

 眉間のしわが答えを言っていた。


 「誰かが攻略したら、ダンジョンって消えるんですよね」

 「そんな事ではここは消えないぞ。関係がない」

 「なに?!」


 常識がズレていく。


 「じゃ、じゃあ。消える理由は?」

 「消える理由???」

 「ダンジョン消失現象は過去に二度起きていますよ。その内の二つとも、到達者が入ったダンジョンです」

 「・・・関係ない。ダンジョンは消えていない」

 「消えていない」


 というのは、言葉の裏を返せば。


 「まさか。消失じゃなく・・・移動ですか!」

 「・・・・・」


 表情は変わらないが返答がない。

 

 「各国にあるダンジョンの中身。この細部を詳しく知らないから、自分たちは・・・そうか。世界が連携していれば、この事実に気付くのか」


 今の世界は、全世界が協力関係じゃない。

 だから、誰もこの事実に気付かなかった。

 ダンジョンの中身が移動しているなんて、誰も思わないだろう。

 


 世界がもっと協力していれば・・・。

 でも無理だろう。

 今は第四次世界大戦の停戦状態であるから、各国は防衛に努めているんだ。



 というのは、体のいい言い訳で、本当は他国を攻めるための蓄えを築くための時間だと、自分は考えている。

 だから各国はダンジョン攻略に励んでいる。

 世界情勢から考えると、スイスが頂点だろうが、日本だって負けていない。

 第三次の中立。第四次の敗北。

 これらを経験しても、日本のハンターたちが優秀だからだ。

 世界でも早くギフターズの存在に気付いていた事。

 それと政府公認の直轄組織が早く組織された事が大きい。

 でも他国の情報を抜くまでは、至っていない。

 それらの準備は今している。

 自分らのDAIがだ。


 「それで、春斗はどうする。望みを言って欲しいのだが・・・」

 「望み・・・自分の・・・・」


 それが今の自分の一番の悩みだ。

 望みを持たずして、到達者になってしまった。

 自分は、ダンジョンを攻略しようとして、ダンジョンに入った訳じゃない。

 内部調査をするために入った人間。

 仕事の一環だったから、強烈な目標の元に行動を起こしていたわけじゃない。

 それにダンジョンが好きな自分は、ダンジョンに入れるだけで十分幸せなので、到達することに願いがない。

 何かの望みがあったわけじゃない。

 だから困る。どうしよう!


 「春斗。そんなに望みがないのか。お前はどうやって生きている?」

 「どうやってとは?」

 「望むものがない。欲がない者なのが、どうやってこの世界を生きているんだ」

 「・・・普通にですけど」


 毎日を淡々と。

 日々を一生懸命。

 そう生きるしかなかった。

 多くを望めなかったんだ。

 だから、一般人と変わらない生き方をしている。

 自分では他の人と変わらないんだと思っている。


 「いや、普通じゃないな。異性から好かれたい。誰よりも金持ちになりたい。誰にも負けない力が欲しい。こう言ったものでもいいのに、なぜ欲しない? 普通なら即答するぞ。なんでも手に入れられるのだ」

 「・・・・」


 それらも欲しいものに入るのか。

 自分は思いつかなかった。


 「春斗・・・わかった。妾が、その根の部分に訴えよう」


 しびれを切らした言い方だ。


 「自分の根ですか」

 「春斗よ。ここから試練を与える」

 「え。試練。ダンジョンを攻略したのに・・・」

 「うむ。到達者に試練を与えるのは、春斗が初だ。しかし、春斗自身の本当の望みを知りたいから、妾は試練を与えようと思う」


 少女が席から降りて、自分の隣にやって来た。

 小さな手を二つ。

 自分の右手に重ねる。


 「春斗。ここから戻れ。そして、ここからは自分の心を見ておけ。真なる望みを見つけた時、その時に秘術は発動する・・・眠れ春斗。そして、生きるんだ。新たな世界を作る気持ちで・・・自分の魂を呼び起こせ。やってみせろ。心の迷宮からの脱出をな」

 「え? 最後が」


 彼女の言葉が聞こえなくなって、世界が消失した。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る