第5話 深層 

 「ここは・・・・まさかと思いますが。ここは、バリトンさんの手記に書いてあった深層と呼ばれる場所ですかね」


 自分がいる場所の雰囲気が、さっきまでとは全く違う。

 真新宿ダンジョンは薄暗い洞窟だった。

 なのに今は真っ白な鉄のような素材の通路があるだけ。

 この空間が鉄素材と言える理由は、ここがひんやりとして、少し冷たいのです。

 廊下の壁や地面に肌が直接触れると、ピタッと皮膚が吸い付く感覚もある。


 そして手前も奥も白い。

 分かれ道の先も白い。

 ここの塔の外観と同じような白さを誇っている。

 

 これはつまりだ。

 あのち○こ塔の中にいると実感してしまう場所だ。

 それに・・・っとこれ以上はやめておこう。


 だから、ここは深層。

 ダンジョン攻略を果たした人物がそう呼んだ場所だ。

 バリトン・クルーズさんと、アロウ・フォールドさん。

 この二人だけが深層をクリアした者となっている。


 それで、残念な事にアロウさんはお亡くなりになっていて、しかも彼自身は記録と証言を残しておらずで、しかしながらバリトンさんの方は、ダンジョン攻略の手記を残している。

 それが、あの有名な著書。

 ダンジョン攻略記だ。

 その本の中では、深層と呼ばれる場所を無我夢中で進み、最後まで踏破したと記録が残っている。




―――――――


 どこもかしこも白の世界。

 道も何もかもが白だ。

 世界に己しかいないと思わせるのが深層。

 一人ぼっちだと思わせてくるのが深層。

 心を侘しくさせるのが深層


―――――――




 と書いてあった記憶がある。

 そして、バリトンさんが深層で感じた事。

 厄介だと思った点が、精神の崩壊であると断言していた。





―――――――


 あそこに行くことが出来た人間は、自分の他にも幾人もいただろう。

 深層を訪れた者はたくさんいたはずだ。

 しかし、彼らはこの中で自分を保てなかった。

 強い意志を。

 熱い心を。

 迷わぬ信念を。

 貫き通せなかった。

 あの世界で、自分を持ち続けられなかった。

 判断力を失い。

 永遠と迫る白の強迫に負けてしまった。

 飲み込まれてしまった。 

 彼らは、ダンジョンで自分を見失ったのだ。

 そして彼らは迷宮に囚われてしまった。

 身も心も・・・。


―――――――





 というのが手記に書いてあったと思う。

 それで、稀にダンジョン帰りの人の中に精神崩壊をして帰ってくる人がいる。

 年に、2、3人の割合で、彼らはダンジョンから帰還するのだが、彼らも深層到達者なのではないかと、ここで自分の昔に考えていた仮定が正しいと思った。

 この現場を見れば、確かに精神がいつ崩壊してもおかしくない。

 彼らが精神を崩壊させてしまう気持ちが分かってしまった。


 彼らに起こった病。

 それがダンジョン喪失病。

 言葉も話せず、何に対しても反応が無くなるという恐ろしい病。

 それになった理由は、この深層に到達して、生を諦めてしまった事だと思う。

 

 「なるほど・・・たしかに、ここにずっといれば、頭がおかしくなるのもわかる・・・・・そうだ。彼らはおかしくなってしまったんだ。でもこの場所が悪い! この場所が人を狂わせる」


 白の道を歩く。

 ひたすら真っ直ぐ歩き。

 十字路となる分かれ道。

 そこもまた真っ直ぐ歩いても。

 十字路となる分かれ道。

 また歩いてと・・・。


 「まさか。この繰り返し。ここら辺をグルグル回っているのでしょうか?」


 方向感覚を失いつつある自分。

 見ている先が北? 南?

 どちらだかわからない。

 白の壁のせいか。白の床のせいか。白の天上のせいか。

 全く地形を把握できない。

 全てが真っ白な世界のせいだ。


 「気が遠くなる作業となりますが・・・いいでしょう。ここはやってやりますよ。宗像さん。見ててください」


 ここで自分は胸のポケットにあるグレープ味のチューインガムを取り出した。

 一個食べて、心を落ち着かせる。


 「自分は諦めませんからね。あなたが自分に、いつも教えてくれた事だ。最後まで使い切ってみせます。己の命を!」


 メモ帳を広げた。

 端を破って、番号を書く。

 1.2.3と。


 「ではこちらの最初の十字路に。1を置いて・・・」


 と順番に紙を置いていく地道な作業をしていく。


 「直進を続けてみます」

 

 1から数えて9まで、直進を続けると、1に戻った。


 「ループしていますね。これは迷路。しかも意図的です。明らかに誰かが介入したような感じです。介入・・・」


 介入で思い出した。

 でもここではその感情に囚われてはいけない。

 頭を振って、考えを先へと伸ばしていく。


 「誰でしょうかね。こんな意地悪な設定にしているのが神だとしたら、ずいぶんと。イタズラ好きですね」


 己の精神を保つために独り言を増やす。

 自問自答の時間で、余計な思考を入れない。

 この空間に負けない土台を作るしかない。


 「では次に、赤の数字と。青の数字を混ぜて・・・左右に移動を!」


 深層攻略のために、あらゆる手段を駆使した。

 右に移動する度に赤。左に移動する度に青。

 左右で色を変えて見ると分かる。

 重なり合う場所が生まれた。

 

 「これは・・・・正しい順番の道がある? 三つの選択肢に正解がないのか?」


 前。左。右。

 この三つに正解があるはずだと、ここから歩き回った。

 しかし・・・。


 「無理だ。道が分からない。これはいったい。どれが正解の道なんだ。気が狂いそうになるな・・・ああ。駄目だ」


 駄目だ。駄目だ。

 考え自体が負けてしまえば、この環境に負けてしまう。

 ここでのマイナス思考は、全ての足を引っ張ってしまうんだ。

 自分の心をポジティブに保つんだ。

 糸口はある。

 入口があったんだから、出口だってある。

 あのち○こ塔の・・・。

 って余計すぎる思考に向かっていたので修正する。

 宗像さんみたいになったらまずい。

 全部ピンク思考は、ここではまずい!


 「駄目だ。駄目だ。別な考えを・・・えっと。確かバリトンさんの手記には・・・」





 ――――――



 深層内に正解は必ずある。

 ただし、迷宮はどれが正しいのかを教えてくれない。

 あなたの答えに辿り着かないと、正解を導くことが出来ない。

 だから、心が迷宮に囚われてはいけない。 

 答えはあなたの中に必ずある。

 迷宮にあるのではない。

 あなたの中にある。



 ――――――





 「だったはず。あなたの中に答えがある? どういう事だろうか。ダンジョンに入ったのに、答えはダンジョンの中になくて、その人の中にあるってことか? まさか・・・」


 自分はここで後ろを振り返った。

 ここにも真っ白な道がある。

 当然だ。

 歩いて来た道だからだ。

 まさか、後ろの道?


 「ここは、自分との戦いを示唆している場所なのか。そうだ。ここでモンスターが出て来ないのもおかしい。モンスターの出ないダンジョンなんて誰が想像つくんだ。そうか、バリトンさんは、自分と戦って勝ったからこそダンジョンを攻略したのか」


 ダンジョン。

 これを迷宮と言い換えると大体の予想が出る。

 今までのダンジョンは、肉体の迷宮だ。

 無数のモンスターたちが襲い掛かる環境に身を置く事となる。

 そこでの試練は人間の肉体や技に関係している。

 戦闘技術を磨いていかないと先に進めない。

 だから、戦車や鉄砲などの機械類が、使用禁止のような形になっていると思うんだ。

 人間の戦闘技術に関与しない物は、ダンジョンでは許されない。


 そして、深層はというと、心の迷宮だ。

 真っ白な世界に放り出されて、自分の心を保ち続けられるか。

 そして、この迷路。 

 どこまで進んでも意味がなく、正解が見えない道に、途中で諦めて、ダンジョン喪失病になった人は途方も暮れたわけだ。

 そこであえて戻るという選択肢がここにある。


 つまり・・・・。


 「この深層は自分。青井春斗の人生に答えがあると言いたいのか。でも自分まだまだ若いんですがね。長い道のりって程経験は・・・・してきているか。はぁ。でもこれがこの迷宮の答えかもしれない?!」


 行くしかない。

 自分はこの迷宮を攻略するために、後ろに戻るのに前へと進むんだ。

 

 ◇


 後ろに戻ると自分が記録した紙が置いてあった。

 黒文字で数字の1。

 最初に書いた紙だ。


 「これがスタートライン。だからここから更に後ろに進む」


 後ろの道を歩くと、再びの十字路。

 ここには紙がない。


 そして、また後ろに行くと、紙を発見した。

 黒の1だ。


 「振り出しだ。じゃあ、ない所から左に・・・」


 独り言の通りに移動すると、十字路の脇に紙が存在していなかった。

 正解の道であると確信する。

 だから、置いてない場所を探し続ければ、自分はこの迷宮から脱出できるかもしれないと思った。


 「ここからはメモだな。まずは後ろ。次に左と」


 メモに印をして、紙が存在しない世界を目指す。

 何度も試しては移動を続ける事。

 体感二時間くらい。

 自分、この世界に到達してから通信機器が使えない事に気付いていて、現在の時間が分からない。

 この経過時間というものが、かつてここに挑戦した者たちが、焦っていった原因となっていたんだろう。

 一体どの程度ここに潜っているのかも分からないから、皆、気が狂ったのかもしれない。


 「現代であればあるほど、便利な機械は多い。手放せないデバイスに、依存している人ほど苦しいのか。この環境は・・・」


 でも自分は諦めない。

 最後の最後まで、自分は貰った命を使い切る。

 ここで諦めたら、自分は使い切った事にならないから、絶対に負けない。


 「ただ下がるだけじゃない。曲がりながら下がった。そうか。この深層の道というのは、自分が歩んだ道を表現しているのかもしれない。ふぅ! そうですか・・・いいでしょう。ここからが正解ルートだ。何が来るのか。勝負です」


 自分のメモ帳とにらめっこして、ルートを突き進んでいったら、その先で光に包まれた。

 白の世界がより白くなって、自分の目は何も映さなくなった。

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