-第七夜- フランケン
あいにく、彼の生みの親であるヴィクター・フランケンシュタイン氏は彼に名前をつけずにこの世を去りました。なんとも無責任、なんとも情の無い創造主。
それではこの思慮深く優しい〝理想的な人間〟と語らうには不便です。――故に、私は彼の大きな――8フィート(2.4メートルです)ほどもある背丈に敬意を込めて彼のことをエイトフィートと呼んでいます。
「御無沙汰ですまなかったな、エリオット」
「いやいや、そんなことはありませんよ、エイトフィート。夫人もお久しぶりです」
私はエイトフィートの隣で静かに微笑む女性へ声をかけました。ヴィクター氏がついぞ創造しなかった生涯の伴侶を、彼は長い年月をかけて自分の意志で見いだしたのです。彼が美しい女性と結ばれる顛末はまた別の機会にお話するとしましょう。
「今年もお世話になりますわ、エリオット卿」
丁寧に礼を伝えてきたエイトフィート夫人――彼女も名前を持たざる者でしたが、エイトフィートは彼女のことをエルザと呼び、私も彼女の名前を呼ぶ時はそれに習いました。彼女に礼をし、二人を屋敷に招きます。
「エリオット、少し背が縮んだか? まるで子どものようだ」
エイトフィートの言葉に私は肩を揺らします。彼に隠し事は難しいようです。
「君からすれば誰しもが子どもに見えるでしょうに。じきに戻りますからご心配なく」
階段をあがり、柔らかな絨毯が敷かれた廊下を進みます。そこではいくつもの扉が立ち並び、客人を今か今かと待ち構えていました。目的の部屋へ向かいながら、私は率直な思いを、彼らに伝えました。
「貴方がたが一番乗りだなんて思いもしませんでした。お忙しいのでは?」
「それがな、聞いてくれ、エリオット。先日、我々もようやく〝更新〟したのだよ」
エイトフィート夫妻の住まいは人の及ばぬ地でした。そこで、難しい技術のことを生業として暮らしているのです。こと外の世界に関しては、私よりも彼のほうが先進的でしょう。
「更新、ですか」
「ああ。いつまでも古い〝脳〟では仕事も捗らないのでな。おかげで処理能力が上がった。身体の素材も新しくしたし、生まれ変わったようだ」
「それは……あまり詳しくは分からないのですが、良いことです。私なんていつまでも取り残されていますよ。行き着く先は化石か骨董品といったところです」
ふと寂しさを覚えた私の自嘲に、エイトフィートはにやりと笑いました。昔の彼は随分と無表情といいますか、ムスっとした無愛想な顔だったのに、ここ数年で表情が豊かになった気がします。これも技術の進歩なのでしょう。
「お前はそれでいいんだよ、エリオット。ここに来るとな、俺たちは安心するんだ。実家――実家なんてもう無いが、そういったものに帰ってきた気分になる」
「そう言われると悪い気はしませんね。さて、どうぞ」
彼の言葉に少々気恥ずかしくなりながら、廊下の一番奥にある扉を開き二人の客人を促しました。夫妻の部屋はここと決まっています。何故ならばこの部屋は彼らの為に特別な設備を誂えているのです。身をかがめて扉をくぐり(これに関してはいつか、夫妻用に大きくしようと思っています)、エイトフィートは嬉しそうに、手にしていた大きな旅行鞄を床に置いて、彼の為にあつらえた大きな椅子に腰掛けました。夫人もその傍らの椅子に座り、長旅を終えた安堵にほっと、息を吐いています。
「お茶をもってきますので、少々お待ちを。お二人のお話を聞かせてくださいよ」
「ああ、是非聞いてくれ。もちろん君の話もだ」
私は笑って、キッチンに向かいました。天井でお遣いを終えた数匹のコウモリが羽を休めています。棚からティーカップ、ソーサー、キャンディ瓶にビスキュイを出して、お茶の準備を始めます。――夫妻の話はとても長いので、充分なお茶と菓子が必要でした。今年はゆっくりと、語らうことができそうです。
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