第4話 意外な武器

 翌週の金曜日。

 社内でちょっとした懇親会が開かれた。

 普段は憂鬱でしかない飲み会だったが、岸は少し違う気分で席に座っていた。


 「いやぁ、今日の資料、正直分かりにくかったよなぁ」

 上司が苦笑混じりに言うと、場の空気が少し重くなる。


 その瞬間、岸の口が自然に動いた。

 「じゃあ次は、パワポじゃなくてエンママに説明してもらいましょうか。きっと炎で丸焦げにされますよ。ぼわぼわ〜って」


 一瞬の静寂のあと、テーブルはどっと笑いに包まれた。

 「岸、お前急に面白いこと言うな!」

 「誰だよエンママって!」


 名前を出してしまったことに内心焦りながらも、笑いが広がっていくのを見て、岸の胸は少し軽くなった。



ゲイバー仕込みの技


 思えば、あの店で散々ツッコまれ、茶化され、そして笑わせ合ってきた。

 エンママの毒舌、タンタンの軽口。

 その中で自然と身についた「場を和ませる術」が、ここで生きている。


 「岸くん、意外と盛り上げ上手だね」

 隣の同僚にそう言われて、思わず苦笑する。

 ――いや、“意外と”じゃない。

 あのゲイバーで培ったものなんだ。



新しい視線


 その夜、帰り道。

 「岸って、明るいやつだよな」

 そんな言葉が背中越しに聞こえてきた。


 会社で初めて、自分が“ただの空気”じゃなく、人として見られた気がした。


 もちろん、本当の自分を知っているわけじゃない。

 でも――ゲイであることを隠したままでも、ここで培った力で少しは認められる。


 そう思うと、不思議と心が温かくなった。

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