第3話 税理士協会への返事
『沈黙の夜』
夜更け。
机の上には一枚の紙が置かれていた。
宛名も、宛先も、もう記してある。
比陸税理士会 会長殿。
彼は何度も、その文面を読み返していた。
冷静な言葉で、ただ事実だけを並べた一通。
——「情報共有が実際に行われていない場合、それでも“共有”とみなされるのか?」
返事を出すか、出さないか。
たったそれだけのことなのに、指先は何度も止まった。
送れば、また何かが動くかもしれない。
沈黙を選べば、何も変わらないかもしれない。
けれど、何も言わなければ、嘘が真実として残ってしまう。
窓の外には、街灯の光がにじんでいる。
コーヒーの香りが冷め、静寂が重く降りていた。
頭の片隅で「穏便に済ませたほうがいい」という声が囁く。
しかし、その声の奥で別の自分が反発する。
——穏便に、という言葉で隠されたものが、どれほど多かっただろう。
彼はペンを取り、再び書き直す。
語調をやややわらげ、感情を抑え、法と制度の確認という形に整える。
「攻撃ではなく、確認だ。」
そう言い聞かせるように。
時計の針が午前零時を回る。
プリンターが小さく唸り、白い紙が吐き出された。
印字された文字は、どこか凛としていた。
出すか、出さないか。
答えはまだ決まらない。
ただ、彼の中で一つの確信だけが形になり始めていた。
——正しさは、誰かが声をあげなければ、いつまでも埋もれたままだ。
その夜、机の上の書類は封筒に入れられず、
静かに、月明かりの中で眠っていた。
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