第24話 シグナル

「キューブに適合しても、戦場には出せないって、言われたのが……せっかくスペランツァになったのに、役に立たないって、言われてるみたいで……」


 床の一点をを見つめたまま、ツカサは消え入りそうな声で言葉を紡ぐ。


(ツカサが入隊してから、もう二年か……)


 あの日のことは、アキトもよく覚えていた。

 国のデータベースから選出されたスペランツァの候補生が軒並み大した成果を出せない中、度重なる入隊の延期を経てようやくやってきた少女。

 エントランスに横づけされた車から降りた、否、彼女の姿に、期待の声が一瞬で落胆のため息へと変わる。


「こんな状態で、はたして使いものになるのか」と。


 少女は車イスに座ったまま、点滴の管につながれていた。

 だぼだぼのカーディガンの上からでもわかるほどに痩せ細った体。

 くぼんだ目の下は色濃く影を落とし、半開きになったカサカサの唇からは細い呼吸音が漏れていた。

 生まれてからのほとんどを病室で過ごしていたという少女に基礎体力はなく、身体機能も万全とは言えない。さらには余命宣告を受けているという。

 それほどまでに、少女の健康状態は芳しくなかった。

 事前に彼女の状態を聞いていたアキトでさえ、少女のありさまには悲観せざるを得なかった。

「今回もはずれか……」と言う誰かの言葉が、やけに重く響いたのを覚えている。


 それでも少女は生きるために、わずかな希望を胸にいだいてこの決断をしたのだ。

 うつろな瞳の奥に、まっすぐな光を宿して。

 とはいえそんな状態では、体が適合テストに耐えうるかもわからない。

 当然、最悪の事態も想定されていた。


「実験が危険だってことも、たくさん言われました……こんなことやめようって……何度も何度も……」


 うつむいていた顔をゆっくりと上げる。


「だけど、思ったんです」


 ツカサはまっすぐに前を向く。

 六階への到着を知らせるエレベーターのドアが、ゆっくりとひらく。


「どうせ死ぬなら、賭けてみようって」


 一歩を踏み出したツカサの顔には、笑みが浮かんでいた。

 小柄な体には似つかわしくないほどの大きな覚悟を、彼女はその心に秘めているのだろう。

 日々の鍛練を欠かさないのは、その覚悟に見合う自分になるため。


「わたし、後悔はしていません。やっと戦場に立てるようになったんです。足手まといにはなりたくない。ホノカさんとハルさんの負担を減らすためにも、わたしは強くならなきゃいけないんです。そのための努力なら惜しまない」


 たった一年で自身への評価を前言撤回させた少女。

 彼女の瞳に宿る光は陰りを見せず、さらに輝きを増しているようにも思えた。


「まあ、ほどほどにね」

「あ! マリア先生には、トレーニングしてたってこと内緒にしてくださいね!」


 振り向いてそう言うツカサに、アキトは「どうせバレると思うけどなぁ」と思いつつも返事をして、たどり着いた検査室のドアロックを解除する。


「せんせー! 遅くなってごめんなさい!」


 元気よく声を上げたツカサを見るなり、マリアは盛大にため息をついた。


「まったく、あなたって子は……」


 マリアが腰に手をあて仁王立ちになっていた。

 その出で立ちに、ツカサもアキトもおもわず苦笑する。

 一瞬で怒られることを悟ったツカサが、そそくさとアキトのうしろに身を隠す。


「またやったわね?」


 アキトを盾にして顔だけ覗かせたツカサは、ごまかすようにへらっと笑ってみせた。


「まったくもう……いい? 時にはしっかり休むことも大切なの。それでなくても、あなたはもともと体が弱いんだから」

「はぁい、ごめんなさぁい」


 一応謝罪の言葉を口に出してはみるものの、行動を改める気がないのはマリアにもお見通しである。


「あさってまでトレーニングルームには出入り禁止! 瀬田せたさんにも伝えておきますからね!」

「ええ~!? そんなぁ!」


 ツカサにとっては悪夢のようなひと言である。

 トレーニングを禁止されたら、あさってまでどうやって過ごせというのか。

 しかも病院勤務をやめ組織にまでついてきてくれた、親代わりのような存在である専属の看護師にまで告げ口されてはたまったものではない。

 それこそ部屋に軟禁されたあげく、あれやこれやと世話を焼かれるに決まっている。

 彼女はことツカサに関しては、誰よりも心配性で過保護なのだ。


「無理です無理です~。動いてないと死んじゃいますぅ!」

「マグロじゃないんだから平気よ」


 なんとかマリアの許可を得ようと上目づかいでねだってみるが、どうやら彼女は聞く耳を持ってくれなさそうである。

 淡々と検査の準備をするアキトに助けを求めてみても、彼も笑顔で首を横に振るばかり。


「せんせぇ~、お願い~」

「そんな顔してもダメなものはダメ。ほら、始めるわよ」


 ツカサの気持ちもわからんでもないが、マリアも監督者として彼女に無茶はさせられない。

 子犬のように丸い目を潤ませて見上げてくるツカサをぴしゃりと遮って、マリアは検査用のヘッドギアを手渡した。


「せめて瀬田さんには黙っててください~。ぜったい怒られるもん!」


 泣きつかんばかりの勢いでそう言われ、マリアは「はいはい」と返事をする。


 ヘッドギアを受け取り「約束ですよ!」と念を押して、ツカサは医療用のリクライニングチェアに体を沈めた。

 ゆっくりと呼吸を整え、最下層の保管室で眠るキューブに意識を同調させていく。


(もっと……もっとがんばらなきゃ……)


 閉ざしたまぶたの裏側で、七色の光がチカチカと不規則にきらめいていた。

 思考が精神の奥深くに引っぱられる。

 頭の上から巨大ななにかに飲み込まれるような感覚に身をゆだねる。

 チクリ、と痛んだ胸の違和感に、ツカサは気づかないふりをした。



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