【旅ブログ】月陰村で迎えた春祭りと、不思議な一夜

 これは、今でもたまに思い出して、なんだったのかモヤモヤする体験談です。

 数年前、友人と二人である地方を旅行していたときのことでした。ガイドブックには載っていない山間の小さな村に、古い温泉旅館があると聞いて、のんびりするつもりで一泊したんです。


 そこが「月陰村つきかげむら」でした。


 到着してみると、村は静かで、人もまばら。古い木造家屋と狭い道が入り組んでいて、観光地らしい派手さは全くありません。ただ、どことなく「村全体がひとつの宿場町みたいに時間が止まっている」感じで、それはそれで趣があるな、くらいに思っていました。


 チェックインのとき、女将さんに「今日はちょうど明けサカヅキという祭りの日なんです」と言われました。初めて聞く名前でしたが、「冬を終えて春を迎える、村の人たちのお祝い事です」と説明してくれました。


 ちょっと興味が湧いて、「夜になったら見に行ってもいいですか?」と聞いたんです。すると女将さんは、急に表情を曇らせて「いえ…申し訳ありませんが、祭りは村の者だけのものなんです」と言いました。その口調が妙にきっぱりしていて、笑ってごまかす余地もなかったのを覚えています。


「外から来た方には参加をご遠慮いただいておりますので、今夜は旅館から出ないでください」


 女将さんはそう言って、言葉を強調するようにこちらを見ました。すると、僕の反応を見て「外では……その……準備をしていますから」と、言葉を選ぶように、女将は目を逸らした。


 最初は「田舎の閉鎖的な風習かな」くらいに思いました。観光地じゃない土地だし、そういうこともあるんだろうと。けれど夜になると、そのは想像以上に徹底していることを思い知りました。


 友人が「ビールが足りないから買いに行こう」と言い出したんですが、女将さんが慌ててフロントから飛び出してきて、「夜は外に出てはいけません!必要なものは私どもが買ってきますから!」と強い口調で止められたんです。


 僕らは戸惑いながらも「じゃあお願いします」と財布を渡しました。部屋に戻ってお待ちくださいって強い口調で言われて部屋で待ってたら買ってきてくれたことを覚えています。


 窓は磨りガラスになっていて外の景色は見れなかったのですが、旅館の周りは妙に静かで、人の気配はありませんでした。太鼓や笛の音だけが、遠くの方から風に乗って聞こえてきました。


 まるで村全体が祭りの会場になっていて、外部の人間は見られないように締め出されている。そんな感覚が、次第に胸をざわつかせました。


 深夜になっても、外からの音は途切れませんでした。ドンドンと響く太鼓と、聞き慣れない笛の旋律。それが一定のリズムで繰り返されるたびに、体の奥にまで響いてきて、寝つけませんでした。


 結局その夜は一睡もできず、翌朝になってようやく静かになったと思ったら、村はまるで何もなかったかのように昨日の姿に戻っていました。女将さんも「昨夜はご迷惑をおかけしました」と、にこやかな顔に戻っていて、あれほど強い口調で外出を禁じていたことなど、まるで忘れてしまったかのようでした。


 当時は「余所者を祭りに参加させたくなかっただけ」と思っていました。けれど、あの徹底ぶりを思い返すたびに、単なる排他的な風習ではなかったのでは…という疑念が消えません。


 あの夜、旅館の外で何が行われていたのか。なぜ、旅館が余所者を外に出さないようにしたのか。再びあの村を訪れる気にはなれないので、今となっては確かめようがありませんが、思い出すたびに、あの夜の太鼓の音だけが今でも耳の奥に残っているような気持ちになります。

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