サカヅキ様 ─ある村で行われている儀式について
SHIKOH
失踪した兄貴について
これは、兄の失踪について俺が調べた記録だ。警察に言わせれば「ただの失踪」で済むらしい。財布もスマホも見当たらない。だから「自分の意思で出て行った可能性が高い」と。事件性は低い。警察はそう判断したらしい。
……そんなはずがない。
俺の兄、優介は、そんな無責任な人間じゃなかった。子どもの頃から、真面目すぎて周囲から浮いてしまうような人間だった。教師になるのが夢で、大学に進んで、教員免許を取って、それを叶えた時は電話越しに泣き笑いしていたくらいだ。
「俺、本当に教師になったんだよ、直哉」
あの時の兄貴の嬉しそうな声は忘れられない。俺はその場しのぎのバイト暮らしで、兄貴とは対照的だった。だから余計に、兄貴が自分の夢を叶えたことを誇らしく思ったし、羨ましくもあった。
両親を失ってからは、なおさらだ。俺たち二人だけになって、兄貴は「弟の分までちゃんとしなきゃいけない」って顔で前を向いていた。俺がフリーターとしてふらふらしていても、兄貴は責めなかった。いつも笑って「直哉は直哉でいい」と言ってくれた。けれど本当は、俺の分まで自分が背負おうとしていたんだろう。
そんな兄貴が、着任から一年も経たずに忽然と姿を消した。生徒の前からも、同僚の前からも、何の前触れもなく。
──失踪の連絡が入ったのは、警察からだった。
「ご兄弟の優介さんが、勤務先に現れなくなりましてね。お宅には戻っていない様子で」最初に聞かされた時、俺は何かの冗談かと思った。けど、警察の口ぶりは淡々としていて、俺の狼狽なんて意に介す事はなかった。
「所持品は確認しましたが、財布とスマートフォンが見当たりませんでした。おそらく自ら家を出たのでしょう。特に事件性は感じられません」
それで済まされていいわけがない。兄貴が財布もスマホも放り出して、勝手に姿を消す?そんな馬鹿な話はない。兄貴は几帳面で、どんな時でも連絡を欠かさない人間だった。
だからこそ、余計に納得できなかった。俺は試しに兄貴のスマホに電話をかけてみた。けれど、返ってきたのは冷たい機械音声だけだった。
《おかけになった電話の電源は入っていないか、電波の届かない場所にあるため——》
その声を聞いた瞬間、心臓が締めつけられた。兄貴が電源を切るなんて、考えられない。いつも充電を欠かさず、仕事で生徒や同僚から連絡が入るかもしれないからこそ「切らしたことはない」が口癖だった。
そのスマホが、今は沈黙している。その事実だけで、俺には十分すぎるほど不気味だった。
警察の言う「失踪届」は三日目にしてようやく届けられたそうだ。宿直の夜から姿が見えなくなり、翌日も翌々日も学校に来ず、ついに同僚が警察に相談したらしい。表向きは「先生を心配している」と口々に言っていたようだ。だが、その言葉が本心かどうか、俺には信じられなかった。
兄貴がいなくなったのは、三月の終わり。村ではちょうど「明けサカヅキ」という春祭りが行われていた夜だった。
地元では古くから続く行事らしく、「冬を越え、盃を交わして豊穣を祈り、春を迎える祭り」だと説明された。村の中心である学校の校庭で、太鼓や笛の音が鳴り響き、子供は原則参加出来ないが、村の大人が集まり、酒を酌み交わすそうだ。
聞くところによると、「明けサカヅキ」は兄貴が宿直していた学校の校庭で行われていたらしい。しかし、兄貴は祭りには参加していなかったそうだ。宿直中、つまり業務時間中なのだから不自然では無いが、祭り中の村人が兄貴の姿を一切見ていないことなどありえるのだろうか?
人が集まる行事の最中だ。俺は、酒でも入って、何かトラブルに巻き込まれたんじゃないか――最初はそう考えた。けれど警察によると、同僚に尋ねても「祭りは滞りなく終わった」「祭りの最中に特に問題はなかった」「優介さんの姿は見ていない」としか返ってこない。
ネットを漁っても、その祭りの詳しい説明は出てこなかった。村の公式行事のように扱われていながら、「明けサカヅキ」という祭りは、そもそも外部に伝わる情報はあまりに乏しい。
それなのに村人たちは誰もが「昔からある祭りだ」「心配するようなことはない」と笑って済ませる。
警察は「ただの行事の夜に偶然いなくなった」としか言わなかった。けれど俺には、どうしても偶然だとは思えなかった。
── あの夜の祭りと兄貴の失踪は、きっと無関係じゃない。そうとしか思えなかった。
そう考えるしか、俺には納得できる説明が見つからなかった。兄貴が姿を消したのは「明けサカヅキ」の夜。警察にはただの失踪だと片付けられたが、俺は調べてみることにした。
古い新聞記事や掲示板、SNSに残された噂。
兄貴の暮らしていたという
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