第24話

 目を覚ますと、ソファに横になっていた。

 室内を見回してもレイラの姿はなく、レースカーテン越しに外の明るさに気づく。

 なんとなく窓の外を見ると、庭に佇む背中があった。

 玄関ドアを開ける音に振り返ったレイラに駆け寄り、その肩に彼女のジャケットをかける。


「風邪ひくよ」

「……ありがと。忘れてた、ここは寒暖差が酷いんだった」


 早朝で人気がないからか、サングラス無しで遠くを眺める視線を追うと、山の向こうに朝焼けの空が見える。

 まばらに雲が浮かぶ空は、一ヶ所だけ鮮やかな赤に染まっている。それはみるみるうちに滲むように広がり、次第に赤みが薄まってオレンジの空に変わった。

 ウォルターは時々あの赤を気味悪く感じる。レイラはやはり、綺麗だと思って眺めているのだろうか。そんなことを思って隣を見ると、彼女は苦しげな顔をしていた。


「トビー、イーサン・デイビス、マイルズ・ガルシア……どうして彼らだったの。私はどうして、彼らが憎いの……」

「動機か……」

「前に言ったでしょ? 私はエスパーでもサイキックでもない。どんなに共感しても、なにを考えているのかわかるわけじゃない。相手の言動で察することも多いけど……」


 こんな所で何をしているのかと思ったが、ノイズの無い、ひとりになれる場所で頭の中を整理していたのかもしれない。


「あのサイコ野郎、神の〝代行者〟として罪人を捧げるって……ふっ、馬鹿馬鹿しい。この強い殺意にそんな口実は相応しくない」

「君、言ってたよね……犯人がなにか言ってたのを思い出せないって」


 レイラはウォルターの目をじっと見て、


「〝なぁ、知ってるか? 悪人は――〟」

 抑揚のない声でそこまで言うと、視線を空に戻した。


「思い出せたのは、それだけ。異常者の思考回路なんてきっと意味不明だし……なんか、思い出せたところでって気がしてきた……」


 考えることにうんざりしていそうな横顔を見ながら、ある結論に思い至った。


「考えまではわからない……なるほど、読み間違えたのか」

「……なんの話?」

「クロエが好きなのは俺じゃなくて、レイラだよ」

「……は?」


 否定されるかと思ったが、レイラは根拠も訊かず黙り込むと、眉間にしわを寄せた。


「知ってたなら、どうして教えてくれなかったのよ」

「自信満々に〝男を漁る目〟なんて言うから、確信が持てなくて」

「あの纏わりつくようなねっとりした愛情……吐き気がする」

「それ、本人には言わないであげてね」

「そこまで無神経じゃないつもりだけど」

「……ねぇ、俺の感情も、そういう不快なのあるの……?」

「あんたの感情は鈍いから平気って言ったでしょ」

「そっか、よかった……」


(鈍いって……前は静かとか言ってたのに)


「あんたって、やっぱり変わってない。子犬のままね」

 いつの間にか、レイラの表情は柔らかくなっている。


「子犬につきまとわれるのは嫌?」

「どうかな。私、猫派だし」

「犬は番犬になれるじゃん」

「まずは成犬でしょ。ていうか、番犬なんていらない。ただ可愛いままでいてくれればいい」


 姉が弟にするように頭を撫でられるのは少し変な感じだが、なんだか凄く安心する。


「そういえば、クロエにレイラのこと訊かれて、本人に訊いてって返したらウキウキしてたから、次会ったら絡まれるかも……ごめん」

「……丁度いい。向こうから来てくれるなら手っ取り早い」

「平気なの?」


 レイラは杞憂だと言わんばかりに不敵な笑みを浮かべた。


「ハニートラップ作戦のお手本を見せてあげる」


(やっぱり、レイラは強いな)


「シャワー借りるね」


 家に入っていく後ろ姿を眺めていると、ふと考えてしまう。

 クロエは、怖くないのだろうか。

 大切な人ができるのは、きっと幸せなことで、心のよりどころになったりするのだろう。

 だけどいいことばかりではないと、ウォルターはリスクを恐れてしまう。

 存在が大きいほど、不安や後悔に囚われる。

 誰にも何にも夢中になれなくたって、べつに不健全だとは思わない。

 だから、そういう生き方を選んできた。

 なのに、今は怖くて仕方がない。

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