case2 ロケットペンダント
第12話
シフトが終わる午後四時。
昨日の、我ながら責任感に欠ける行動を反省して、今日はもう少し雑用を手伝いたいと申し出たのだが、即座に断られてしまった。
「お前を待ってるって言ってたよ」
伯父の視線の先に、見慣れた腕章がついたグレーのジャケットが見えた。
「署長さん、いらしてたんですか。呼んでくれればよかったのに」
「ついさっき来たとこだよ。もうすぐ上がる時間だって聞いたから待たせてもらった」
署長はそれなりに賑わう店内を見回して、外で少し話したいと言った。
ドアを開けた瞬間、冷たい空気が流れ込んできて、まだ明るいからと油断してウェイター姿のまま外に出てしまったことを後悔する。
きっと話の内容的にも都合がいいだろうと車に乗り込んで、暖房をつけた。
「何度もすまないね」
「いいえ、構いませんよ。それで、今日は?」
「少し捜査が進んでね。被害者のイーサン・デイビスが、失踪者家族の会のメンバーだったことがわかった。確か、トビーも参加していただろう?」
一応身構えていたつもりだが、昨日話題に上がったばかりのグループセラピーの名前が出てきて、一瞬どきりとした。
「……はい。そうでしたね」
「君は行ったことあるか?」
「何度か兄についていきましたけど、子どもには退屈なだけの場所でした」
単に自分が、他人への興味が薄い子どもだっただけな気もするが、実際周りは大人ばかりで、兄が最年少だったと記憶している。
「そうか……そこでのトビーの交友関係を覚えてないか?」
なんと答えるか。タトゥースタジオのダニエルがあの会にいたことは昨日まで忘れていた。
忘れたままという設定で話そうとして、ある懸念が頭をよぎった。
もしも警察がすでにタトゥースタジオに聞き込みをしに行っていたら?
タトゥーの件で兄の話をして、ウォルターの名前が出たかもしれない。
昨日店を訪ねたことがバレてはいないだろうか。失踪者家族の会の話は……。
署長の口ぶりからすると杞憂だろうが、下手に嘘をついて後々詮索されたら厄介だ。
「それって、あの会のメンバーが容疑者になるってことですか?」
一先ず、被害者の弟らしい質問を投げかけて誤魔化すことにした。
「いや、まだそういうわけじゃ……」
言いながら、ジャケットの胸ポケットから取り出した一枚の写真を見せてきた。
「この男の人、誰ですか?」
「身元の確認ができた二人目だ。七年前に捜索願を出した両親はすでに他界していてな。人付き合いを避けるタイプだったようで、当時の私生活がまるでわからない。もし彼が同じ会に通っていたら、君の言うように、被害者はそこで犯人と会っていたと考えるべきだろう」
警察は、着実に犯人に迫っているのだろうか。
「……ごめんなさい。思い出せません」
「謝らなくていい」
あの集まりにいた大人たちのことを、全くと言っていいほど覚えていないことが歯がゆい。
「名前はマイルズ・ガルシア。七年前当時は、自動車整備工場勤務の三十四歳――」
署長は被害者の個人情報を次々と口にするが、途中から話が頭に入ってこなかった。
「……あの、タトゥーはありましたか?」
動揺を気取られまいと努めながら尋ねる。
顔に出てしまっていないだろうか。
「ああ、それだが、当時同僚だった男が見ていたよ。失踪の五日前、首に黒一色のリアルなウサギを彫っていたそうだ。タトゥーを入れるタイプに見えなかったから意外で、よく覚えていると言っていたよ」
ウサギ。墓標のマスクにあった獣だ。
首に獣を彫るのが流行っているのでもなければ、やはり被害者のタトゥーからは、犯人の干渉が感じられる。
獲物にしるしでも付けたのか、儀式的なもののルールでもあるのか。
異常者の拘りは、他にもあるのだろうか。
バックミラーをちらりと見ると、こんな時でも優しい笑みを浮かべたトビーと目が合った。
「気になってたんですけど、死因はわかってるんですか?」
兄は、椅子に縛り付けられ、手首を切られて死んだ。
「四人のうち三人は白骨化しているからな……。ラボからの情報だと、三人に骨折やひびはなく、発見時死後数日の自称学者のほうも目立った外傷はない。薬毒物検査でもなにもわからなかった」
署長は渋い顔をして、「まったく、気味が悪いよ……」と零した。
店内に戻ると、伯父に呼び止められた。
「さっき、またあの子が来たぞ。……銃の子だ」
迷惑そうに言われて店内を見回したが、レイラの姿は見当たらない。
「声をかけたら帰ったよ」
「……なに言ったの?」
「べつに、うちの店は銃の持ち込み禁止だって、念を押しただけだよ」
まだ近くにいるだろうか。もうどこかでヒッチハイクをして車に乗ったかもしれない。
(とりあえず、電話するか)
昨日連絡先の交換をした。署長から聞いた話も早く伝えたいと思い、更衣室に向かおうとして、「ああ、そうだ」とまた呼び止められた。
「伝言がある。森に行くって言ってたよ」
「森……?」
(あんなところに、どうして……)
胸騒ぎを覚えながら、ふと伯父を見ると、ウォルターが嫌いなあの目をしていた。
子どものレイラに、町の人たちが向けていたあの目。
「ウォルター、あの子は呪われた子だ」
確信をもった口調で言い切った。
「さっき名前を聞いて、ぞっとしたよ。レイラ・フローレス……あの子は、八年前のあの日、お前と一緒にいた子だろう?」
「そうだけど、レイラは呪われてなんかないよ」
ウォルターは呪いも、森の神だとかいう存在も信じていない。
こんな話、客に聞かれでもしたら、また妙な噂が広まってしまうかもしれない。
伯父の腕を掴んで、慌てて更衣室に移動した。
他に誰もいないうちにドアを閉めていると、伯父の怯えたような声がした。
「ずっと頭から離れないんだ。トビーを殺したのはあの子なんじゃないかって疑いながら生きてきた……そしたら四人もの遺体が出て、あの子が戻ってきた……銃を持ってだ!」
「……十二歳の女の子にあんなことできないよ」
「あの子ならやりかねないっ! いつも一緒にいたお前はよく知ってるだろう! きっとあの子は、まだ幼いから帰されたんだ……だけど、その身に呪いを受けている」
霧の森に入った者には、神の裁きが下る――
伯父は、霧に惑わされ連れ去られるのは〝悪人〟だと考えている。
レイラのことも、特例で見逃された悪人だと思っているようだ。
人を殺したのに見逃すなんて、神様というのはそんな人間臭いのだろうか。
伯父の信じる〝守り神〟とやらは、兄の命を軽んじているとしか思えない。
「兄さんは、森で殺された……。それって、神様に連れ去られたってことにはならないの? 伯父さんは、自分の甥も悪人だと思ってる?」
「なに言ってるんだ、あれは殺人だ。守り神様は関係ない。〝お前のこと〟だってっ……あの時、俺がいなかったら……」
「ねぇ、俺も伯父さんもレイラのことをよく知ってた。〝やりかねない〟って言い出す大人が出てくることも。だからこそ、伯父さんはあの時、納得してくれたんじゃん」
――殺してやる。
押し倒されて首を締められながら、自分はなにを考えていたのだったか。
小さな手で、言葉で、目で、微塵も隠さない殺意をぶつけてくる大好きな友達。
レイラの手首を掴む手に力は入らなかった。
酸素が足りていないのか、頭が回らなかった。
苦しくて、早く意識が途切れることを祈っていると、霧の中から現れた伯父がレイラを引き剝がした。
そして、レイラを守るためウォルターが第一発見者になるというプランに、伯父は口裏を合わせてくれた。だけど伯父は、その判断を後悔している。
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